第20話 すれ違いと大馬鹿者

 爆乳褐色美女が、その穂先を僕のいる方へと、正確に突き付けてくる。間に鉄格子があるからと、全然安心できない。


「こそこそ覗き見しやがって。気に食わねえから、てめえもついでに死んどけ」

「時間の無駄だ。口上など述べず、さっさと殺せ。これだから貴様は愚鈍だというのだ」

「ああ!? いまなんつった、このクソエルフ!?」

「愚鈍だといったのだ。いつからダークエルフは、頭だけでなく耳まで悪くなった? これ以上、僕の時間を無駄に浪費するな。さっさとやれ」

「こっちに命令すんじゃねえよ!! やりたきゃてめぇでやりやがれ!!」


 どうやら、爆乳褐色美女はダークエルフだったらしい。パイロットキャップのような兜で、耳が見えなかったからわからなかった。とはいえ、おそらくはセイブンさんの知り合いらしいこの二人に、ここで襲われるなんてごめんだ。


「ちょっと待ってください。僕はこの家の家主で、セイブンさんの――」


 僕が声を出すと、幻術で認識から外れていた姿が、彼らの目にも映ったのだろう。微妙に外れていた視線が、僕に合う。


「うるせぇ! 姿を消して覗いてた時点で、怪しいんだっつの!」

「自分は無関係、誰それの知り合い。盗賊どもの常套句だな」

「いや、この状況で問答無用はないでしょ……」


 こいつら、ここが僕の家だってのを忘れてんじゃないの? ここにいる人間を皆殺しにでもするつもりか? ここには使用人だっているのに。


「……まぁいいか。死んでも恨まないでね」


 事情も聞かずに殺しに来るんだから、別に反撃してもいいよね。まぁ、死んだら死んだで、そっちの責任だよ。

 僕は手のひらの魔力に理を刻み、幻術の用意を始める。僕と二人との間には、鉄格子がある。少しは時間稼ぎになるだろう。


「ハッ! 化けの皮が剥がれるのが早えじゃねえか!!」


 爆乳褐色美女が、マフィア連中と戦っていたときにも見せた踏み込みで、一気に距離を詰めてくる。いや、それ以上か。

 彼女は鉄格子の前にたどり着くと、その突進のエネルギーをすべて乗せて、突きを放つ。ギュオ、という動物のうめき声のような音を響かせて風を裂き、その槍は僕へと向けてまっすぐ伸びてくる。だが、ここは鉄格子の向こうだ。届くはずが――


「――っぶなっ!?」


 この女、あっさりと槍を離しやがった。まっすぐ飛んできた槍を、僕は転がって避ける。取りにも行けない場所に得物を離すとか、思い切りが良すぎるだろ。


「どけ、役立たず。死にたくないのならな」

「チィッ、このクソエルフがッ!!」


 エルフ剣士の声が聞こえた途端、こんどは爆乳褐色美女の方が僕と同じように地面を転がる。その瞬間、弾けるように鉄格子がバラバラに切り刻まれた。鉄片になった残骸が降り注ぎ、ちょっと痛い。


「【幻惑ドローマ】」


 とりあえず、男の方に幻惑をかけておく。敵意は、煽らなくても十分だろうしね。


「ふん。幻術か。生命力の理で対処可能だ、愚か者」


 あ、そっか。幻術はモンスターには効きにくいという弱点があるのだが、その分人間には効きやすい。ただし、そのかわり人間は、幻術に対抗する手段をいくつか持っている。生命力の理で心を守るのも、その手段の一つだ。


「カラト一刀流……――」


 エルフ剣士は剣を担ぐように、フォムタークに構えると、その細身の剣に青白い炎を宿して剣技を放つ。


「――一擲乾坤いってきけんこん


 そのまま振り下ろした一刀をなぞるように、青白い炎が飛んでいく。……屋敷の奥へと。こいつ、我が家に火を放ちやがったな。


「バカエルフ! しっかり幻術にかかってんじゃねえか!!」

「ふん。愚かなダークエルフめ。いまのは敵を褒めるべきところだ。あの一撃を避けた身のこなしは見事だ。次はないがな」


 いや、避けてないけど。なんなら、まだ床に転がったままだけど。まぁいい。どうやら、生命力の理による抵抗レジストに失敗したようだから、いまはエルフ剣士の事はおいておこう。爆乳褐色美女の方は、得物こそなくなったものの、おそらくはいまだに僕よりも戦闘力は高い。

 僕は再び魔力に理を刻み、こんどはほとんど間髪入れずに幻術を発動させる。かなり初歩的なものだったので、理を刻むのも一瞬だ。


「【憤懣シモス】」


 たぶん、こいつらには効くと思って使った、相手の不満、苛立ちを煽る幻術。案の定、ただでさえイライラしていた二人は、目に見えて態度も動きも荒く大雑把になった。恐らく、多少は生命力の理で抵抗しているのだろうが、それでも効果を完全に消せてはいない。

 元から苛立っていたせいで、抵抗しきれなかったのだ。


「クソ、クソ、クソ。ちょこまかすんな、このガキ!」


 雑な動きで僕に掴みかかってくる爆乳美女。その腰から抜いた短剣を、もう片方の手に持っている。掴まれたら、あれで刺されてしまうだろう。


「【監禁カルケル】」


 いつだったか、グラが冒険者に使った、害意に応じて相手を拘束する檻の幻を見せる幻術を使う。害意が強ければ強い程、狭い檻を作る。これだけこちらに対する敵意が強ければ、まず間違いなく身動きは取れまい。

 そう思ったのだが、爆乳褐色美女はこちらを見て、にやりと笑う――しまった!?

【憤懣】を抵抗されていたのか、それとも【監禁】の方を破ったのか。どちらかはわからないが、この人は幻術に惑わされていない。爆乳褐色美女は動きを止める事なく、僕の懐へと入り込み、胸倉を掴みあげる。左手の短剣を喉元に突き付けられ、完全に万事休すだ。

 そして、背後からも剣が肩に当てられる。どうやらエルフ剣士の方も、【幻惑】の抵抗に成功したらしい。完全に万事休す。

 仕方がないので、ここは奥の手を――と思った瞬間、まるでトラックにでも跳ねられたように、真横に吹き飛ばされた――僕の前にいた、爆乳褐色美女が。


「この……――大馬鹿者どもがッ!!」


 屋敷全体が揺れるような大音声を発したのは、盾を構えたセイブンさんだった。



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