第21話 真・三級冒険者の実力
大きなラウンドシールドを左手に構えたセイブンさん。常に柔和な表情を湛えていた彼が、いまは憤怒の表情で仁王立ちしていた。
怒っている……。それもかなり激怒しておられる……。
壁に叩き付けられた爆乳褐色美女は、呻きつつ上体を起こそうとしてた。すごい音で叩き付けられていたけど、大丈夫だろうか。冗談でもなんでもなく、交通事故のような吹っ飛び方してたけど……。
いつものギルド職員用のお仕着せ姿だったが、左手には大きなラウンドシールド、右手には鞘に入ったままの、それもあまり質のよろしくなさそうな剣を装備している。
いつもの姿を見慣れている僕には、それがすごく違和感だった。常とは違う表情も含めて、セイブンさんを視界に収めて、たっぷり三秒は彼が誰だかわらなかったくらいだ。
そんなセイブンさんが、憤りも露な口調で二人に言い放つ。
「バカだバカだとは思っていたが、よもやお前らがここまでのバカだとは……。挨拶に行かせたら、まさかそこの家主に襲い掛かるまで、頭が空っぽだったとはなッ!!」
「ご、誤解だ、副リーダー。僕はこの家が盗賊どもに襲われていたから、それを倒していただけで……」
エルフ剣士がなにか言い訳をし始めたら、セイブンさんギロリと睨み付ける。次の瞬間、ぶおんと風が過ぎたと思った瞬間、背後にあった気配が消え、ドォンという衝撃音が聞こえた。それから慌てて振り返れば、壁に叩きつけられたらしくぐったりと倒れているエルフ剣士君がいた。
そして、いままでエルフ剣士がいた辺りには、セイブンさんの長い脚が真横に伸びている。恐らくは、エルフ剣士君を蹴り飛ばしたのだろう。
しかし、あのどこにでもいそうな普通のおじさんであるセイブンさんが、ここまで苛烈な武力を行使するとは思っていなかった。いや、彼も三級冒険者なのだから、当然戦闘能力が高いのだという事は、頭ではわかっていた。
だが、本当にごくごく平凡な外見で、特にイケメンというわけでもなければ、ワイルドとは真逆の雰囲気のセイブンさんが、あっという間にあの二人を制圧してしまった事が、なかなか信じられない。目の前で見せられた光景だというのに、である。
スーツを着せて満員電車に放り込めば、ウォーリーを探せ並みに発見困難になりそうな、あのセイブンさんが、天下一武道会出場者に様変わりしてしまっているのだ。にわかには信じられないのも、当然だろう。
まぁ、たびたび怖さの片鱗は見せ付けられてきたけど……。
「セ、セイブン……、こ、こっちは……」
「ただの言い訳だったら、もう一発食らわす。それを覚悟したうえで、己の行動に非はない、あるいは情状酌量の余地があると思うなら、発言しろ」
「…………」
壁を支えに立ち上がった爆乳褐色美女は、冷たい目のセイブンさんにそう言われて押し黙る。僕の話を聞かず、問答無用で襲いかかった自分たちに理がない事くらいはわかったようだ。
「セイブンさん」
とりあえず、僕を中心に置いたトライアングルで、この空気を維持するのは勘弁して欲しい。ピンポンダッシュをした子供を、親が目の前で𠮟り付けている場面を見せられているような、こちらは全然悪くないのにいたたまれない気分になる。
「できれば、マフィア連中の拘束を手伝っていただけませんか? 避難した使用人たちを解放させるにも、このままでは危険ですので……」
マフィア連中は、床で死体になっているか、呻いているか、直立してこちらに敵意はないと示しているかの状態で、まだロビーにいる。たぶん何人かは逃げただろうが、別にそれは構わない。逃げたヤツまで追いかける程、彼らに興味はない。
だが、こんな状況になったからには、当局なりなんなりに引き渡さずにはおけないだろう。まさか、生命力が勿体ないので、地下に持って行ってくださいとは言えない。
「そうですね……。シッケス、お前は衛兵の屯所まで行って、人を呼んで来い。ィエイト、お前は賊の捕縛をしてから、死体の片付けだ」
「わ、わかった!」
「うぐぅ……。りょ、了解、した……」
ぴゅぅんと効果音まで付きそうな勢いで駆けだした爆乳褐色美女は、廊下のかなり先まで飛んでいっていた槍を拾うと、すぐさまUターンしてきて、玄関からでていった。
倒れていたエルフ剣士の方は、まだ本調子ではないみたいだったが、腹をさすりつつよろよろと立ちあがると、剣を鞘に納めて賊の方に向かって歩きだした。
どうでもいいが、好機と判断したマフィアの一人がエルフ剣士に襲い掛かたら、抜き打ちで首を落とされていた。そんな剣士が、あの爆乳褐色美女と二人して恐れるセイブンさん……。
別に必要もないのに争うつもりはなかったが、その覚悟を新たにする。
そんなセイブンさんはこちらに向きなおると、深々と頭を下げてきた。
「本当に、申し訳ございませんでした! 完全にこちらの監督不行き届きです!」
その姿は、本当に手の焼ける部下に振り回されている、有能な中間管理職といった雰囲気で、実に哀愁を誘う。いや、たまに
ギルド職員としても、パーティの副リーダーとしても、苦労性な人だなぁ……。
そんな事を思いつつ、セイブンさんの謝罪を受け入れ、僕は依代の自爆シークェンスを中断するのだった。
以前のような、抜き差しならない状況に陥った場合の保険に、新たに依代に持たせた機能だ。まさか、こんなにも早く使いかけるとは思わなかった……。
結局のところ、弱者が強者に対抗する手段なんて、差し違えるくらいしかないんだよねぇ……。情けないけど。
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