第19話 爆乳褐色美女と、エルフの剣士

 そこで繰り広げられていたのは、戦いなどではなく、蹂躙だった。


「おらおらぁ!! どうしたどうした、三下どもぉ!? こっちを犯すんじゃぁなかったのぉ!? んな腰使いじゃ、ちっと良くねぇぞおらぁ!!」


 朱柄の槍を携えた、褐色肌の銀髪女性。格好は、まるで野球帽のような目庇まびさしのある、鉢金付きのパイロットキャップ型の兜が一番に目に付くが、それ以外もすごい。丈は短いくせに襟ぐりの深いシャツは、豊満なその体付きを全然隠せておらず、薄く腹筋の浮くおなかは丸出しだった。なにかのモンスターの革で作られたと思しきファー付きのジャケットもまた丈の短いもので、両腕とその大きな胸を守る以外の役目はまったく果たせそうにない。

 そして下もまた、軽装備というにも心もとない姿だった。ホットパンツに踝丈のブーツ。つまり、その小麦色の脚線美は、余すところなく衆目に晒されている状態だったのだ。

 彼女が躍動するたびに、その美しい銀髪がたなびき、豊満な体付きは揺れ、健康的な脚線美が地面を蹴る。なんというか、戦っている姿が実に絵になる女性だった。


「ぎゃぁあああああ!?」

「な、なんだ!?」

「足!! 俺の足が折れたぁ!?」


 だが、その戦い方は苛烈を極める。

 朱柄の槍を携え、疾風のごとき踏み込みで敵の懐に入り込めば、十人二〇人の男たちはなす術なく蹴散らされる。

 いま悲鳴をあげている連中は、まだ運のいい方だ。なにせ、大抵は急所から血を流しつつ、地面で事切れているのだから。


「うぎゃ!?」


 近すぎる敵を槍の柄で叩き伏せ、適度な間合いの敵を突く。突く。突く。ミシンかとツッコミたくなるような速さで、幾人もの男たちは物言わぬ躯へとジョブチェンジを果たしていった。


「な、なんだこれ!? ち、近付けねえ!!」

「く、くそ! なんなんだこりゃあ!?」


 もう片方の男性も、これまたすごい。

 金髪ロングという、一見すると女性にも見える髪型だったが、その体付きはどう見ても男性。なにより、彼の両耳は所謂笹穂耳というやつで、外見は正統派エルフといった姿だった為、髪型にも違和感はなかった。

 騎士風の出で立ちではあるのだが、ジャケットもパンツもシャツもタイまでもが、白黒のツートンカラー。しかも左右で。なんと革製の剣帯までもが黒、鞘は白と色分けされている徹底ぶりだ。

 スマートな騎士姿だというのに、そのカラーリングだけで彼のセンスというものが、並みからは外れているというのがよくわかる。もしかしたら、この世界のエルフたちの間では、こういうファッションセンスが主流なのかも知れないけど……。たしかに、モノクロファッションのなかにあって、その金髪と碧眼は良く映える。

 そんなエルフ青年の使う武器は、細身の直剣だ。その奇抜な格好から受ける印象からは反して、実に堅実な戦い方である。


「うがっ!?」

「く、くそぉ!? 腕が、腕がぁ!?」


 近付くチンピラたちの武器を受け流し、弾き、躱し、ときに防ぎつつ、その持ち手を傷付けていく。武器を取り落とした男たちは、もはやできる事もないと逃げ出すのだが、背を見せた瞬間に青年に斬り捨てられる。


「誰が逃亡を許した、カスども。僕が貴様らゴミに許したのは、そこで立ち尽くし、絶望する事だけだ。許可なく動くな。殺すぞ?」


 神経質そうな声音で命令され、腕から血を流す男たちは、誰一人として動けなくなる。中には利き手ではない方の手で武器を取ろうとする者もいたのだが、すぐさまそちらの腕も斬り付けられ、動けなくなってしまう。

 そんなとき、僕は一人のチンピラがひそかに魔力を練り、そこに理を刻んでいる事に気付いた。珍しい。

 普通、マフィアやチンピラに、魔力の理を修得している者は少ない。なにせ、修得の為には、それなりの勉強をして知識を蓄えないといけない。それができるなら、わざわざならず者なんぞに落ちぶれなくても、生きる道ならいくらでもあるのだ。

 とはいえ、珍しいだけでいないという事もない。それらを投入する前に、和睦して退いただけで、たぶんウル・ロッドにもいただろう。

 そんな事を考えている間に、チンピラの一人がエルフ青年に【魔術】で火の矢を打ち込んだ。

 それに気付いた青年は、つまらなそうに顔の前で剣を構える。左腕を背に回し、直立する姿はまるで騎士の敬礼だ。


「カラト一刀流、一竜一猪いちりょういっちょ


 正直、彼がなにをしたのか、僕にはわからなかった。それでも端的に目の前で起きた事を言葉にするなら、エルフ青年が火の矢を切り裂き、二つに割れた火の矢が使い手のチンピラにUターンしていったように見えた。

 いや、Uターンというよりは、巻き戻しか? 一刀の元に斬り捨てたと思った瞬間、一瞬一時停止をしたように火の矢は停止し、そのまま術者の手元まで戻っていき、彼を火だるまにした。

 おそらくこれは、ただの剣術というよりも、なんらかの魔力の理を用いた現象だ。まだ僕には、その仕組みまではわからない。だが、わかった事もある。

 彼はたぶん、魔術剣士だ。

 一見すると、ただ剣を振るっているだけのように見えるが、きっとこちらにわからぬよう、魔力の理や生命力の理を駆使して戦っているのだろう。もしかしたら、独自の複合的な術式も行使しているのかも知れない。

 ああ、惜しいなぁ。もしここにグラがいれば、いろいろと聞けたのに。そうでなくてもダンジョン内だったら、のちのちグラに聞く事もできただろう。


「ちょっと」


 そんな事を考えていたら、いつの間にか家の玄関ロビーには、屍山血河ができあがり、戦闘は終わっていた。まともに立っているのは二人だけで、当然それは爆乳褐色美女の槍士とエルフの魔術剣士だった。

 そんな二人の視線は、まっすぐ僕に向けられていた。


「そこに隠れてるヤツ、でてこいよ。もう残りはてめぇだけだぜ?」

「早くしろ。僕は忙しい」


 あれ? これ、ちょっとヤバくない?



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