第10話 頓挫する目的と不屈の欲求

「やっぱそうかい……。でも残念だったね。ハリュー姉弟の弟の方――ショーン君は、セイブンと同じ用事で、いまはトポロスタンだよ。戻ってくるには、同じだけかかるだろうね」

「えぇえぇ……」


 じゃあなにかい? わえは最悪二週間も、お預け食らうって事かい!? 流石にそれは、我慢できる自信がないぜ?

 というかトポロスタン? ほとんどすれ違いじゃねえか……。


「姉弟というのだから、姉の方はいるのか? 俺も魔術剣士として、少し死神姉弟には興味がある。だから、ティコティコのついでに、話を聞こうと思っていたのだが……。特に、たった一つの術式で数百人を殺したという、死神召喚の術に関しては、身の安全を確保する意味でも話を聞いておきたい」


 吾とは別の意味で、名残惜し気なジューがフォーンに取りなしを求める。コイツはとかく、未知のものを追いかけるのが好きなヤツで、ウチの中で一番って感じの男だ。

 吾がフラウジッツ双伯爵領でコイツに会ったのも、パティパティア山脈の人跡未踏の地に、なにかがないかと探索していたところだった。王冠領を探索していた辺り、大方アジッサ・バウデルの三宝でも探していたのだろう。


「……正直、噂話では眉唾なものが多すぎて、まったく参考にならない。すべてを詳らかにして欲しいとは言わないが、せめて敵が同じような術を行使してきた際に、どうすれば身を守れるのか、ヒントだけでも欲しいのだ。なんとか、話を聞く事はできないか?」

「グラちゃんはグラちゃんで、ショーン君がいない間は地上に出てこないんじゃないかね。ハリュー家の維持は使用人たちがやってるだろうし、あちしもちょくちょく顔は出してるけど、一度も顔を見てないよ」

「あれ? フォーンって、ハリュー姉弟の家を頻繁に訪ねる程仲がいいのか?」


 吾の疑問に、なにをいまさらと呆れたような顔をするフォーンだったが、隣のジューもそれなりに驚いていたので、これは吾が特別無知だったわけじゃない。吾、悪くない。


「それも知らないで、いきなり訪問して子種をくれだなんて頼むつもりだったのかい? それでどうして、受け入れられるとでも思ってんだか……。それとも、でいくつもりだったのかい? だとしたら、悪い事は言わんから止めときな」


 フォーンの言うウサギ流ってのは、要は攫って繋いで、一生種馬にするって意味だろう。んな、北ウサギみてぇな真似、するはずがねぇ……――とも言い切れないか。鎖に繋がれる弱い雄は趣味じゃねえと言いたいとこだが、噂じゃ、ハリュー姉弟って術師だもんなぁ……。

 だがフォーン、その忠告はむしろ逆効果だぜ?


「ほぉ……。強引に攫おうとすれば、吾でも手痛い反撃を受けるって事かい? だとすれば、逆に食指を誘われるんだけどねぇ……?」

「いや、ショーン君に手を出そうとすると、自然とあちこちを敵に回すから、やめときなって話だよ。ついでに、その『あちこち』の一つに、あちしら【雷神の力帯メギンギョルド】も入ってる」

「あん? なんだいそりゃ?」


 聞けば、どうやらハリュー姉弟っていうのは、随分と広い交友関係を持っているようで、下手な真似をすれば領主、国、大商業ギルド、アルタン内の有力商人、そして【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバーからも反感を買うとの事。もっといえば、帝国ともそれなりの誼を通じ、彼の【暗がりの手】とも親交があるらしい。

雷神の力帯メギンギョルド】としても、装備の面でかなり世話になっているらしく、あの物持ちが悪すぎるセイブンの鎧も特注しているらしい。作ってもすぐ壊すだろうに……。

 姉の方は、近々正式に伯爵家の家臣入りするというのだから、たしかに手を出すのは面倒が過ぎるか……。


「あと、ショーン君は十を少し過ぎたばかり少年だ。下手をすれば、子作りはまだできないかも知れない」

「はぁ? そんなガキだったのかよ!?」

「そんな事も知らないで来たのかい……」


 仕方ないだろう。吾の情報源は、酒場の噂話なのだ。それも、吾がウサギだと知れるまで、聞き耳を立てて得たものに過ぎない。これで正確な情報を得ている方が不自然というものだ。

 ジューならもう少し情報収集もできたのかも知れないが、コイツもコイツで周囲に壁を作るタイプだからな。あまり、酒場での情報収集が向いている男ではない。そういうのは、フォーンの弟子のフェイヴ辺りが上手かったはずだ。

 そういえば、いっつもフォーンの尻にくっついているフェイヴがいねぇな。そっちも、セイブンの方についていったんだろうか?


「まぁ、力尽くで追い返されるってのも、あり得ない話ってワケじゃないケドね……」


 最後にボソッと、小さくこぼしたフォーンの台詞を、しかし吾のこのウサ耳は聞き逃さなかった。んだよ、結局、期待はできるんじゃねーか!

 再び満面の笑みを浮かべた吾に、鬱陶しそうな顔をしたフォーンが再度忠告をしてくるが、その大半を聞き流した。おとこ漁りに、他の女の話を真剣に聞くなど愚の骨頂。

 優秀な男の子種を宿したいという思いは、女の本能だ。

 そこに他の女の意思を介在させるなど、敵に補給を任せるようなものだ。つまりは、バカの極みである。


只人ヒューマンの男は、十代前半には生殖可能になんだろ? だったら、然して問題はねえってこったな!」


 いや、その間の吾のこの滾りをどうするかって問題はあるが……。

 吾の単純明快な答えを受けて、フォーンが疲れたようにため息を吐く。それから、ジト目をこちらに向けつつ、改めてという調子で注意を促してくる。


「言っとくけど、シッケスちゃんも同じ目的で、ショーン君の近くに侍っているからね。二人して迷惑をかけるようなら、セイブンに本気で叱ってもらうからね」

「あいつのガチの拳を受けんのも、またいいねぇ……。まぁ、子種が貰えねえ強い男と拳を合わせるってのも、生殺しなんだよなぁ……」

「はぁ……」


 冬の曇り空に、繰り返されるフォーンのため息が呑み込まれていった。



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