第10話 頓挫する目的と不屈の欲求
「やっぱそうかい……。でも残念だったね。ハリュー姉弟の弟の方――ショーン君は、セイブンと同じ用事で、いまはトポロスタンだよ。戻ってくるには、同じだけかかるだろうね」
「えぇえぇ……」
じゃあなにかい?
というかトポロスタン? ほとんどすれ違いじゃねえか……。
「姉弟というのだから、姉の方はいるのか? 俺も魔術剣士として、少し死神姉弟には興味がある。だから、ティコティコのついでに、話を聞こうと思っていたのだが……。特に、たった一つの術式で数百人を殺したという、死神召喚の術に関しては、身の安全を確保する意味でも話を聞いておきたい」
吾とは別の意味で、名残惜し気なジューがフォーンに取りなしを求める。コイツはとかく、未知のものを追いかけるのが好きなヤツで、ウチの中で一番冒険者って感じの男だ。
吾がフラウジッツ双伯爵領でコイツに会ったのも、パティパティア山脈の人跡未踏の地に、なにかがないかと探索していたところだった。王冠領を探索していた辺り、大方アジッサ・バウデルの三宝でも探していたのだろう。
「……正直、噂話では眉唾なものが多すぎて、まったく参考にならない。すべてを詳らかにして欲しいとは言わないが、せめて敵が同じような術を行使してきた際に、どうすれば身を守れるのか、ヒントだけでも欲しいのだ。なんとか、話を聞く事はできないか?」
「グラちゃんはグラちゃんで、ショーン君がいない間は地上に出てこないんじゃないかね。ハリュー家の維持は使用人たちがやってるだろうし、あちしもちょくちょく顔は出してるけど、一度も顔を見てないよ」
「あれ? フォーンって、ハリュー姉弟の家を頻繁に訪ねる程仲がいいのか?」
吾の疑問に、なにをいまさらと呆れたような顔をするフォーンだったが、隣のジューもそれなりに驚いていたので、これは吾が特別無知だったわけじゃない。吾、悪くない。
「それも知らないで、いきなり訪問して子種をくれだなんて頼むつもりだったのかい? それでどうして、受け入れられるとでも思ってんだか……。それとも、ウサギ流でいくつもりだったのかい? だとしたら、悪い事は言わんから止めときな」
フォーンの言うウサギ流ってのは、要は攫って繋いで、一生種馬にするって意味だろう。んな、北ウサギみてぇな真似、するはずがねぇ……――とも言い切れないか。鎖に繋がれる弱い雄は趣味じゃねえと言いたいとこだが、噂じゃ、ハリュー姉弟って術師だもんなぁ……。
だがフォーン、その忠告はむしろ逆効果だぜ?
「ほぉ……。強引に攫おうとすれば、吾でも手痛い反撃を受けるって事かい? だとすれば、逆に食指を誘われるんだけどねぇ……?」
「いや、ショーン君に手を出そうとすると、自然とあちこちを敵に回すから、やめときなって話だよ。ついでに、その『あちこち』の一つに、あちしら【
「あん? なんだいそりゃ?」
聞けば、どうやらハリュー姉弟っていうのは、随分と広い交友関係を持っているようで、下手な真似をすれば領主、国、大商業ギルド、アルタン内の有力商人、そして【
【
姉の方は、近々正式に伯爵家の家臣入りするというのだから、たしかに手を出すのは面倒が過ぎるか……。
「あと、ショーン君は十を少し過ぎたばかり少年だ。下手をすれば、子作りはまだできないかも知れない」
「はぁ? そんなガキだったのかよ!?」
「そんな事も知らないで来たのかい……」
仕方ないだろう。吾の情報源は、酒場の噂話なのだ。それも、吾がウサギだと知れるまで、聞き耳を立てて得たものに過ぎない。これで正確な情報を得ている方が不自然というものだ。
ジューならもう少し情報収集もできたのかも知れないが、コイツもコイツで周囲に壁を作るタイプだからな。あまり、酒場での情報収集が向いている男ではない。そういうのは、フォーンの弟子のフェイヴ辺りが上手かったはずだ。
そういえば、いっつもフォーンの尻にくっついているフェイヴがいねぇな。そっちも、セイブンの方についていったんだろうか?
「まぁ、力尽くで追い返されるってのも、あり得ない話ってワケじゃないケドね……」
最後にボソッと、小さくこぼしたフォーンの台詞を、しかし吾のこのウサ耳は聞き逃さなかった。んだよ、結局、期待はできるんじゃねーか!
再び満面の笑みを浮かべた吾に、鬱陶しそうな顔をしたフォーンが再度忠告をしてくるが、その大半を聞き流した。
優秀な男の子種を宿したいという思いは、女の本能だ。
そこに他の女の意思を介在させるなど、敵に補給を任せるようなものだ。つまりは、バカの極みである。
「
いや、その間の吾のこの滾りをどうするかって問題はあるが……。
吾の単純明快な答えを受けて、フォーンが疲れたようにため息を吐く。それから、ジト目をこちらに向けつつ、改めてという調子で注意を促してくる。
「言っとくけど、シッケスちゃんも同じ目的で、ショーン君の近くに侍っているからね。二人して迷惑をかけるようなら、セイブンに本気で叱ってもらうからね」
「あいつのガチの拳を受けんのも、またいいねぇ……。まぁ、子種が貰えねえ強い男と拳を合わせるってのも、生殺しなんだよなぁ……」
「はぁ……」
冬の曇り空に、繰り返されるフォーンのため息が呑み込まれていった。
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