第11話 予定外の帰還

 ●○●


 数日間、アルタンに滞在しつつ、連日ハリュー邸を訪ねたわえらの前に、しかし終ぞハリュー姉弟の姉が現れる事はなかった。本当に、全然地上に顔を出さないらしい。モグラかっての……。

 ジューはなんとか姉とアポが取れないか粘っていたが、吾は相手が女では意味がないのでそっちはノータッチだ。ハリュー姉弟とアポイントメントを取ろうとすると、基本的に二月先だと言われるらしい。そんで、ジューは二月先には国外だって点を言って、無理を通そうとしたらしいが、ハリュー家の使用人にピシャリと断られていた。

 どうやら、似たような無理を通そうとする商人が多いらしい。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! クッソ、ムラムラすんなァ!!」


 吾は宿の天井に向かって怒鳴る。【雷神の力帯メギンギョルド】と二級冒険者のネームバリューでとれた宿だが、下手するとこれで叩き出される惧れもある。そこそこ高級そうな宿ではあるが、吾が泊ってから明らかに客足が遠のいてっからなぁ……。

 だが、こればかりは、兎人族の生態なので仕方がない。無理矢理男を連れ込んだわけでもないのだから、切実に許して欲しいところだ。別に、実際に男に手を出したわけでもねえのに、町を追い出される謂われもねえし。

 このアルタンに着いてから、ジューは旅の準備とハリュー姉とのアポ取りで相手してくれねえし、娼館は案の定断られっぱなしだ。おまけに、質の悪い街娼すらいねぇ。

 どういう理由があんのか調べてみれば、裏はウル・ロッドっていう、デカいマフィアが仕切っているらしいが、いまはそこが畜産に人手を取られているらしい。そのせいで、体を売るようなオッド・ジョブは下火どころか、完全に休業状態だとの事。

 それで貧困層は我慢できんのかって話だが、どうやらいまのアルタンはかなり好景気で、貧民でも一、二週間粗食に耐えれば、表の娼館に通えるくらいの稼ぎはあるんだとか。


「勘弁してくれ……」


 この町の住人からしたら万々歳だろうが、吾からすれば地獄でしかない。


 本来なら、そんな状況では別の裏組織が勢力拡大に触手を伸ばしてくるのだろうが、いまのアルタンの裏はウル・ロッドの単独一強。ぺんぺん草一本も残ってない有り様のようだ。

 まぁ、その話も一応聞いている。最初はハリュー姉弟とウル・ロッドとの対立に端を発する、各マフィアのハリュー邸襲撃だった。そこでかなりの数の裏組織が町から消え、外部から入ってきた組織も次々と消えたらしい。そして、件の【扇動者騒動】でトドメ。胡乱な輩はそこで完全に一掃され、アルタンの裏社会はウル・ロッドが牛耳り、浮浪者や寡婦、浮浪児までもが畜産業に駆り出され、ほとんど表の商人と変わらないらしい。

……勿論、裏に余計な輩が入り込もうとすれば、きちんと掣肘を加えるだけのは残しているだろうが……。


「いっそ、弟が帰ってくるまでウェルタン辺りにまで繰り出すか? ウェルタンは港湾都市だけあって、旅人用の設備が整っている。獣人用の娼館も、たしかあったはずだ」


 男娼のがあったかまでは、記憶が定かじゃねえが……。


「それがいいかも知れないな。お前がいる事で、アルタン全体が委縮して経済活動が低迷しているようだ。為政者も商人たちも、さっさと出ていってもらいたがっている。……まだ、なにもしてないうえに、お前が二級冒険者だから口には出せんようだが」

「いたのかジュー。ったく、ウサギ一匹相手に、そこまで逸物を縮こまらせなくてもいいだろうに……。もう、オマエでいいから相手してくれ」

「隣から、一応は同じパーティの人間が、山賊紛いの雄叫びをあげていれば、確認くらいする。悪いが、俺も旅の準備に忙しい。夜の相手をしている時間はない」


 二十代後半の男は、疲れたようにため息を吐いて大きく肩をすくめた。まぁ、コイツがハリュー姉弟と会いたい理由は、己の身を守る為なのだから、なかなか諦めきれないのも無理はない。

 とはいえ、相手の手の内を晒せというにも近い話だ。アポを取れても、上手くいくかどうかわからない。勿論、コイツも術師の端くれである以上、それなりに誠意は尽くすだろうし、すべてを詳らかにして欲しい、などという恥知らずな事は言わんだろうが。

 などと思っていたら、ジューは意外な事を言い始めた。


「というか、グラ・ハリューとも会えず、ショーン・ハリューの帰還予定が、最短で一週間先なら、俺はもうウェルタンに移動して、船を待ちたい。冬のトルバ海は天候が安定しているから、予定通りに船便が動く可能性も高い」


 まぁ、言ってる事はもっともだが、なんとも諦めがいいというか……。まぁ、海路の予定があるのだから、ある程度余裕をもって予定を立てるのは当然か。吾なら、絶対別の船を探してでもゴネるが。とはいえ、ジューの提案は吾にも都合が良かった。


「じゃあ、まぁ、河岸を変えるか」

「そうだな。明日、フォーンやィエイトに挨拶をしたら、この町を出よう。流石に居心地が悪い……」

「へぇへぇ、悪かったな」


 バツの悪そうな顔をするジューだが、それも仕方がないだろう。吾と同行したせいで、コイツも針の筵のような扱いを受けているのだ。吾はこんな扱いは日常茶飯事だが、ジューとしては慣れていないせいで、辟易しているようだ。

 まぁ、吾もムカつかないといったら噓になるが、一応は同族のやらかしが原因だ。吾にも、動揺の性質がないわけでもない。只人ヒューマンが蚤の心臓で小心翼々するのも、仕方がないといえるだろう。


「ま、吾も町中より、外の方が気楽だしな」


 北大陸では、町に住むより野宿の方が、よっぽど気楽だ。そんなわけで、荷物を纏めて旅の準備をする。元々、基本的に根無し草の身。ジューのように長旅の予定もない。準備はすぐに終わる。

 なんつーか、元々そこまで期待してたわけでもない。どうせなら、ジューに付き合って、西に行くのも悪くないか、などと考えながらその日は床に就いた。


 翌日、ハリュー邸に別れの挨拶に赴いた吾とジューの前に、どういうわけか目的の人物――ショーン・ハリューがいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る