第9話 ウサギと魔術剣士

 ●○●


「カァ~……、シケてやがんなぁこの町も。どいつもこいつも、タマなしかっての」

「仕方ないだろう。お前はもう少し、自分が北大陸では忌み嫌われている兎人族とじんぞくであるという自覚をしろ」

「自覚はあんぜ? だがよぉ、それはそれとして『ウサギなにするものぞ! ヤれるもんなヤってみやがれ!』っつー、気概のあるオスはいねーのかって話よ!」


 わえの言葉に、隣を歩くこいつはため息を吐いて肩をすくめた。

 アルタンの町は閑散としており、時折見受けられる人影は、すべて女のものだ。当然だろう。いまここに、兎人族の女がいるのだから。


「どうせ、そんな雄も犯すのだろうに……」

「あ? 当然だろ? むしろ、そんなオスだから犯すんだよ! タマなしどもの種なんぞいる、かっ! ての!」

「じゃあ、そういう雄じゃなきゃ襲わないのか?」

「…………。それとこれとは、また別の話だわな? オマエだって目の前にパンとステーキが落ちてたら、パンにステーキ挟んで食うだろ? どっち食うかなんて悩まねぇはずだ」

「そもそも、落ちてるものなんぞ食わん。特に、落ちてるステーキなんぞ絶対に食わん」

「ハン! そーかい、そーかい!」


 元々、ノリの悪い男だが、例え話くらいスッと受け入れろや。そこは論点じゃねーだろうがよ。


「まぁ、お前が兎人族の中では、まだ理性が利くマシな部類であるのは知っている。俺がこうして、表を歩けている時点でな」

「ま、吾としても、気軽に相手してくれるオマエみてーなヤツは貴重だからな! とはいえ、テメーみてぇなモヤシは好みじゃねえが」

「俺だって、お前のような阿婆擦れは好みじゃない。性病になったら、その瞬間から以後絶対に抱かんからそのつもりでいろ」

「へぇへぇ。ったく、ねやにいる間中生命力の理使うのも、しんどいんだっつの!」


 テメェだって、それなりに楽しんでいるだろうに……。いや、北大陸じゃ兎人族ってだけで、男娼買うのも苦労するし、下手すりゃ性病持ちしか回って来ねえから、こんなヤツでもありがたいっちゃ、ありがたいんだけどな……。

 二十代前半に見える、ヒューマンとしては中肉中背の男を見下ろしつつ、吾は悪態を吐く。魔術剣士なんだから、こいつにも生命力の理の心得はあるだろうに……。いやまぁ、使ってんだろうけどよ。

 そもそも、獣人ってなぁ、結構病に強いんだぜ? じゃなきゃ今頃、ウサギ半島は性病で全滅してらぁな。

 そんなやり取りを続けつつ、吾らはアルタンの町を歩く。普段は賑わう宿場町という話だが、それが信じられないような閑散とした街並みは、つまらないの一言だ。

 だがまぁ、どうせいつもの事だ。とかく、北大陸の人間どもにとって、ウサギというのは畏怖の象徴だ。これには、北大陸南西部のコネホ半島の情勢が深く関わってくるのだが、面倒なので割愛。

 北ウサギの連中と一緒にされるのは業腹ではあるが、北大陸の只人ヒューマンどもにとっちゃ、知ったこっちゃねえのだろう。ぶっちゃけ『全然違う』と抗弁できる程、こっちの氏族だってご立派なもんじゃねえ。

 面白い街並みが見てぇなら、端から南大陸の各部族の集落を歩けばいいだけだ。獅子真王国以外なら、ウサギだろうと大手を振って歩けるってもんだ。まぁ、獅子真王国だと袋叩きに遭うだろうが、それはそれで面白ぇ。

――と、そこで、代わり映えしなかった街並みに、ようやく吾の目を楽しませる存在が現れる。


「……いきなり兎人族が現れたってんで、呼び出されたケド……――やっぱりアンタかい……。ギルドの職員も、事情わかってるだろうに……」

「久しぶりじゃねえか、フォーン!」

「トゥヴァイン……。あんたの赴く先は、いっつも騒動が絶えないねぇ」

「そこは、北大陸の男どものふぐりの小ささを嘆いてくれ。吾のせいにされても困るぜ!」

「まぁ、アンタが割と理性的だってのは知ってるさ。少なくとも、冒険中はできるってだけでも、ウサギとしちゃあ十二分に珍しい自制心の持ち主さね。じゃなきゃ、仲間にしてないよ」

「おうさ。あ、あと毎回言うけど、トゥヴァインってのは氏族名で、吾の名はティコティコだ! トゥヴァイン・ラヴィッティ・ティコティコ。付き合いも長いんだし、いい加減覚えろよな!」


 まぁ、吾らの名前は【氏族名・家名・個人名】の順だから、北大陸の人間には馴染みがないってのはわかるんだけどよ。だからって、氏族名で括られんのはどうかと思う。只人ヒューマンでいえば、第二王国人、帝国人で括られてんのと同じだろうが。


「ああ、そういえばそうだったね。悪かったよ。で、そっちも久しぶりだね、ジュー」


 まったく悪びれる事なく謝ったフォーンが、吾の隣の優男に話しかける。まぁ、コイツのこういう、飄々としたところは嫌いじゃない。少なくとも、隣にいるモヤシよか、よっぽど面白ぇ。


「ああ。副リーダーに伝えておくべき事があってな。途上で、こいつに会って同行した」

「セイブンに? あいにく、いまはトポロスタンまで出ているよ。向こうの状況次第ではあるけど、一、二週間もすれば戻ってくるだろうさ」

「そうか……。残念だが、船便の予定もあるからそれ程滞在はできん。フォーンに伝言を頼む。一応手紙も書くが、俺はそこまで字が書けんからな……。内容に齟齬があっては事だ」

「あいよ。船便って事は、国外に出るのかい?」


 フォーンの質問に、ジューはこくりと頷いてみせた。そうだったのか。となると、またぞろ夜の相手がいなくなるな……。どうしたもんか……。


「少し西がキナ臭い。予定ではパーリィに滞在するつもりだが、場合によってはウサギ半島にまで出張るかも知れん」

「ふーん。あんな年がら年中戦してるような場所に、なんの用があるんだか。まぁいいさ。余計な詮索をするつもりはないよ。伝言も了解さね。必ず、セイブンに伝えとくよ」

「ああ。よろしく頼む」


 その黒髪頭を下げて、フォーンに頼み込むジュー。こういう、ペコペコ頭を下げるコイツの性格が、どうにも吾の性に合わないんだよなぁ。実力もない癖に傲岸不遜もどうかと思うが、変に卑屈なオスの種になんぞ、絶対に胎に宿したくないね。閨で生命力の理を使い続けているのは、それも理由だ。

 北ウサギだったら、その辺絶対に考慮しないだろうが。


「で? ジューの用件はわかったけど、そっちの理由は? 律儀なジューと違って、自分の居場所をセイブンに伝えに来たってわけでもないんだろ? ……まぁ、なんとなく想像はつくけど……」

「あん? 決まってんだろ! このタイミングで吾がこの町に来てんだぜ!」


 吾はそう言って、鞘に収まったままの二メートルはある直剣を担ぐ。己の背丈とほぼ同じ大きさの剣が、ガチャリと鳴ったせいか、こちらを窺っていた町の女どもが悲鳴をあげていたが、知った事か。雌なんぞ、腑抜けのオスよりもどうでもいい。

 吾は堂々と、この町を訪った理由を述べる。


「先の戦で名を成した、死神姉弟ってのの弟が、吾の子の親に相応しいか否かを、見極めに来たんだよ!!」


 兎人族は、南大陸における九大氏族くだいしぞくの一つ。いまは真っ二つに分裂しているが、それでも老若男女の別なく戦士である戦闘民族だ。故にこそ、吾の胎に宿る種は、有数の戦士のものでなくばならない。

 ワンリーやセイブンの種もいいのだが、正式に断られてしまっているからなぁ……。


 だからこそ吾は、より良い戦士の種を欲するのであるッ!!



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