第8話 ダンジョンの討伐

 いやホント、すごいわ……。

 元人間として言わせてもらうけど、セイブンさん、あなた完全に人間のカテゴリから外れてますって。ガツンガツンというよりも、ガインガインみたいな音をたてて、巨大ヌートリアと殴り合うというのは、もう英雄とかを通り越して、超合金ロボットだろう。

 セイブンさんが、黒いナックルダスターを握り込んだ右手で、ヌートリアの横腹にリバーブローを突き立てる。まぁ、その奥に肝臓レバーがあるのかは知らないが……。

 またも、鉄板と鉄板がぶつかり合ったような、硬質でありながら重たい音が洞窟内に響き渡った。苦悶の呻きをあげたヌートリアは、憤怒の瞳でセイブンさんを睨み付けると、その齧歯で左肩に食らい付く。

 普通の人間であれば、まず間違いなく肩口から大きく肉体を齧り取られてしまうだろう。いや、ある程度生命力の理で肉体を強化できる者でも、大ダメージは免れない。

――が、響いたのは肉を毟り、骨を砕く、湿り気のあるものではなく、やはり鉄板同士をぶつけたような、硬質なものだった。


「――グゥ!? この、下等生物がァ!!」


 齧歯類にしては、実に聞き取りやすい発音でダンジョンコアがセイブンさんを罵る。彼からしても、人間と一対一で押し負けるとは、思っていなかったのだろう。

 ダンジョンコアは、その頑強な肉体と、内包できる膨大なエネルギーが、一個の生命体としては破格の域に達している。ほぼ、地形そのものが生命を持ったような存在だ。グラを含めたダンジョンコアが、人間を下等生物と捉えるのも、無理からぬ事だろう。

 人間が、アリやトカゲを対等な生物と認識できないように、ダンジョンコアだって小さく脆弱な存在を、対等な生き物だとは考えられまい。そんな小さな存在が、自分たちの命に関わるような害悪となるのだから、それに対する嫌悪感、危機感は、日本人がスズメバチとかに抱くものに近いと思う。

 そんな相手が、真正面から自分に対抗してくるとは、露とも考えていなかったのだろう。いや、【基礎知識】があるのだから、完全に知らなかったという事はないか。ただ、どこか現実味のない、伝説や怪談のような話の一種だと考えていたのかも知れない。


「ぉおあぁあッ!!」


 セイブンさんが、常の印象からは程遠い雄叫びをあげて、ヌートリア型ダンジョンコアの横っ面に、思いっきりフックをお見舞いすれば、その巨体がノーバンで壁へと激突する。あんな小さな腕からこれだけのパワーが発揮されているというのは、物理法則にばかり捉われた僕の思考では、違和感しか抱けない。

 いくらなんでも強すぎだろ……、この人……。ダンジョンコアとの直接対決なんて、十分な交代要員がいても幾名かの落命を覚悟しなくてはならない大事だ。僕や【アントス】の面々には、いざというときの交代要員という役割もあるのだ。

 まぁそれは、十分に育ったダンジョンコアが相手の場合だけどさ……。


「クソ……ッ! どうして、この我が地上生命ごときに!? ニスティス大迷宮にできた事が、どうして我にはできぬというのだ!?」

「しみったれた泣き言をほざく暇があれば、眼前のわたしに集中しろ。無様な末期を晒したくなければ、な」

「ぐぅ……っ! 下等生物ごときが栄辱を語るか、下郎。良かろう! 我の全霊をもって相手になろうぞ!!」


 四足歩行で吶喊するヌートリアを、両腕を交差して待ち構えるセイブンさん。そして、交通事故のような衝撃と音が轟く。普通なら、体重の軽いセイブンさんが飛ばされるところだが、彼は微動だにせずその場にとどまり、ヌートリアの体当たりを受け止め切った。

 恐らく、この激突でヌートリア側も、かなりのダメージを受けたのではないか。勿論、セイブンさん側にもそれなりの衝撃があっただろうが、その辺りが外から見ている分には、かなりわかりづらい。もしかして、ノーダメージだったりするのだろうか……?


「すごいですね……」

「生命力の理である【ガイ】の一種、【ヘキ】ね。盾持ちなんかには必須の技能だけど、セイブンさんのそれはもうほとんどカウンターよね」

「ええ。敵からすれば、全力で城門に体当たりしたようなものでしょう。いえ、この場合、体格差を思えば鉄柱の方が適切でしょうか……」


 フロックスさんの言に、僕もただただ頷いた。なお、周囲のモンスターは既に殲滅済みである。

ヘキ】というのは、要はノックバックを起こさせない、あるいは軽減させる為の生命力の理である。僕も一応使えるが、人間よりも巨体なモンスターを相手にする場合は、必須といってもいい技能である。物理法則にお任せだと、残念ながら盾でガードしたところで、盾役タンクが吹き飛ばされてパーティとして機能しなくなる。

 とはいえ、いかに【ヘキ】を使おうと、ダメージが軽減されるわけではない。むしろ、吹き飛ばされる事で分散できる衝撃やダメージを、直に肉体で受け止めなければならない。その為、下手な者は【ヘキ】のせいで大ダメージを負ったり、最悪その場でしまったりするらしい。


「――はッ!」


 だが、そんな推定体重二〇〇キロ程度の、巨大ヌートリアの突撃を受けたセイブンさんは、これまでに見た事のないような満面の笑顔で、敵であるヌートリアに笑いかけている。ダメージなど、微塵も窺わせない……。


「っていうかセイブンさん、普段とキャラ違いません……?」

「ええ。いいわよねぇ……。普段は冷静沈着、大人の色気が漂う渋いおじ様、戦闘中は闘争心剥き出しで、まるでヤンチャな少年のような顔、なんて……♡」


 血にまみれた斧槍ハルバードによりかかりつつ、うっとりと恍惚の表情を浮かべるフロックスさんから、一歩離れる。隣にいたサイネリアさんが、僕から距離を取るように、さらに一歩移動した。流石にちょっと傷付く……。

 どうやらフロックスさんは、ギャップ萌えの民らしい。まぁ、フェイヴの話では、セイブンさんも生まれはスラムらしいし、戦闘中はそちらの地が出るのかも知れない。


「らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ! らァ、らァ、らァ、らァ、らァ、らァ、らァ、らァ、ら、ら、ら、ら、ら、ら、ら、らァ!! おらァ!! おらァ!! おらァ!! おらァ!! おらァ!! おらァ!! ぅおらァ!! ぅおらァ!! ぅらァッ!! ぅおらァッ!! ぁらァ!! ウラぁ!! コラァ!! とらァァアッ!!」


 などと雑談を交わしていたら、あっという間に戦闘は一方的なラッシュに移行していた。勿論、攻めているのはセイブンさんである。一発一発が、まるでハンマーが振り下ろされたような衝撃と轟音をたてて、ヌートリアを連打に打ちのめされる。ヌートリア側も反撃は試みているものの、一切避ける様子のないセイブンさんに受け止められ続けている。

 暖簾に腕押し、糠に釘というよりは、蛙の面に小便というか……、むしろ火に油といった風情だ。いや、この場合は火に油というか、火事に強風って感じか。

 蝋燭程度火なら風で吹き消す事もできようが、大火にとっては火の勢いを強めるだけでしかない。

 勝敗は既に火を見るより明らか。生まれたてのダンジョンコアでは、ここから逆転できる手、あるいはこの場を逃れる保険などは打っていないだろう。つまりは、詰みである。


「おぉお……」


 ズドンと、まるで蹲るように四肢から力を抜き、地に伏すダンジョンコア。その目が、最後に僕に向かう。経験不足であろうと、僕が普通の人間でなく、同じダンジョンコアの眷属であると気付いていたのだろう。

 あるいは、手助けしなかった事をなじられるかと思ったが、どうやら高潔なダンジョンコアにそのつもりはなかったらしい。どころか、なにかを託すような視線で、まるで遺言のように言葉を紡いだ。


「な、なにが、ニスティスの再現だ……。たしかに深い渓谷よりマシだったが、このような攻勢を受けるなどとは聞いておらぬぞ……。よりにもよって、このような末路となろうとは……。とはいえ、己の選択の責は己にある。まったくもって、不甲斐なし……ッ」


 心底悔しそうにそう言い捨てて、どうと地に伏すダンジョンコア。その後は、ピクリとも動かない。

 どういう意味だ? まさか、こいつを他所から誘導してきたダンジョンコアがいたのか? その意図は……?


 ともあれ、僕らは難なく、生まれたてのダンジョンを攻略してみせたのだった。



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