第50話 エルフについて

 夜番といっても、せいぜい九時から十一時くらいまで、二時間夜更かしをすればいいだけの役目だ。起きているだけなら、この程度の夜更かしなどなんら問題はない。

 僕とフェイヴは、周りの迷惑にならないよう、焚き火の側らに肩がくっつくような近さで座っている。そして、横になっている人たちの迷惑にならないよう、小声で話し合う。


「ショーンさんが使ってる杖についてる金剛石ダイヤ、すんごいっすね。よくもまぁ、あんなどデカい青ダイヤを見付けられたもんっすね」

「まぁね」


 見付けたわけじゃないんだけどね。だが、わざわざ人工的にダイヤが作れる事を、他者に知られるメリットはない。今後困窮する事があれば、それを用いて糊口を凌ぐという状況もあり得る。そんなとき、人工ダイヤの価値を下げておく意味は皆無だ。

 まぁ、そのうちバレるだろうが、それまでは精々儲けさせて貰おう。


「ショーンさん的には、グラさんやダゴベルダ博士がなにを気にしてるのか、わかってんすか?」

「いえ、僕にもまだわかりません。ダンジョンの中じゃ話せないっていう理由はわかるんですけど、やっぱりモヤモヤしますよね」

「そっすよねぇ。まぁ、頭の悪い俺っちはそういうの慣れっこではあるんす。ですが、やっぱ町の直下にできたダンジョンが相手ともなると、手の届く場所にある情報を得られないってのは、ヤキモキするっす……」


 たしかに。万が一にも、この状況でダゴベルダ氏やグラが命を落とせば、彼らが気付いてた事象が完全に闇に葬られてしまう。それでは本末転倒に思える。

 だが、もしも僕らの事をバスガルが注視していたら、その情報は筒抜けになってしまうだろう。グラたちの懸念が正鵠を射ており、バスガルがそれを人類社会に認識されるのを恐れれば、なりふり構わずこちらを襲撃してくる可能性がある。以前のような、モンスターの波状攻撃を受けて、一網打尽にされる惧れとてあるのだ。

 やっぱり予定通り、明日は適度なところで探索を切りあげ、一旦地上に戻ってダゴベルダ氏やグラの懸念を聞きつつ、作戦を練るのが得策なのだろう。

 とはいえ、この話題をこれ以上ここでしていても仕方がない。もし万が一、フェイヴと議論を交わしている内に、グラやダゴベルダ氏の懸念している結論に至りでもしたら事だ。それがバスガルの思惑と合致していた場合、二人が口を噤んでいる意味を無にしてしまう。ここは話題を変えよう。


「そういえば、ィエイト君なんですけど……」

「ィエイトっすか? ショーンさんに戦い方を教えてる件っすかね。クッソ生意気でしょう? ムカついたら、死なない程度に幻術かけていいっすよ」

「いえ、流石にそれは……」


 扱いが雑すぎる……。フォーンさんは師匠だからわかるし、シッケスさんは女性だからか、フェイヴの当たりは柔らかかった。だが、それを差し引いても、フェイヴのィエイト君に対する態度は素っ気ない。いや、素っ気ないというか、半人前扱いというか……。


「ィエイト君は、見た目的には大人ですよね?」

「あー……、もしかしてショーンさん、エルフについてはあまり知らない感じっすか?」

「人種に関してはかなり無知です。人族以外の人種に出会ったのは、我が家の使用人であるダズが初めてでした。お恥ずかしながら、それまではまったく調べた事もなく、師匠もその手の話をしなかった為に、少々驚いてしまいました」

「へぇ、意外っすね」


 フェイヴは薪を足しつつ、気のない相槌を打つ。どうでもいいのだろう。


「ィエイトは、今年でたしか七五だか六だかって歳だったはずっすけど、それってエルフの中では、まだまだクソガキっすから。当然、中身はやっぱりクソガキなんすよ。人間で言えば十三、四くらいって話っすけど、どう見ても精神年齢はそれよりも下っすよね?」


 キヒヒと笑いながら、フェイヴは彼について教えてくれる。

 どうやらィエイト君は五十代くらいの、かなり若い年齢でエルフの里を離れたらしい。詳しい事はフェイヴにも話すつもりはなさそうだったので、なにか事情があるのだろう。

 エルフ的には、百歳にも満たない子供を里の外に出すという事は滅多にない事のようで、その状況はかなりのイレギュラーな事態だったらしい。また、彼を保護した人間たちも、人間よりも成長の遅いエルフの少年をどう扱っていいのかわからず、持て余してしまったようだ。

 また、エルフというのは生命力を魔力に変換する効率がいい、言い換えれば【魔術】に非常に高い適性を有する代わりに、肉体的な頑強さは人間に劣るという人種らしく、常によからぬ事を考える連中に付け狙われる事になった。

 そんな彼を引き取ったのが、セイブンさんだった。まぁ、引き取ったといっても、当時から有望な冒険者だったセイブンさんに、体だけ大人な中学生を育てる余裕なんてなく、知り合いの道場に預けたらしい。それが、剣術と【魔術】の双方の融合を目指す、カラト一刀流という流派の道場で、ィエイト君が得意とする剣術らしい。

 うーん、要約しても長い……。まぁ、いい時間潰しにはなったけど、肝心な部分はフェイヴが言葉を濁して語るせいで、いろいろと気になってしまう。ィエイト君の精神が、中学生真っ只中だという事を伝えたいなら、そこだけ教えてくれればいいのに、そんな話し方をされたら詮索するつもりはないのに気になってしまうじゃないか。


「へぇ。エルフって人間よりも身体能力が低いんですか?」


 僕はとりあえず、聞いても答えてくれそうな無難な質問をする。無難な質問をしている内に、どうでも良くなるかも知れないし。


「まぁ、そうっすね。といっても、鍛えてないただの人と、野山を駆けていたエルフとなら、確実にエルフの方が動けるっすね。身体能力が低いっていっても、それは最終到達点の話であって、一定水準以上の身体能力を持っている人数が多いのは、確実に人よりもエルフっす」


 なるほど。部活で例えるなら、鍛えれば全国大会出場レベルの身体能力を得る事はできるし、普段から山で生活しているエルフの身体能力の平均値は、一般人よりも高いのかも知れない。だがしかし、全国優勝レベルのエルフはいないし、世界大会レベルのエルフもいない、という事か。その代わり、【魔術】というか魔力の理における適性が高い、と。

 まぁ、物語にあるような、魔法に適性が高くて、弓が得意で、なんなら剣とか使って並以上に動けて、理知的で、長寿が故に博識で、おまけのように美形揃いなんていう、完璧超人じみた人種じゃなくてちょっと安心した。なんていうか、やっぱりファンタジーモノのエルフって、ちょっと欲張りセットすぎるよね。逆吸血鬼だ。

 そのくせ、大抵迫害されて可哀想ポジにいるし。なんでそれだけ能力高いくせに、いつも迫害されてんだろ。あ、ィエイト君思い出したらわかったわ。人付き合いがド下手クソなんだ。


「……なるほど」

「なにを納得したのか、なんとなくわかるっすけど、ィエイトを基準にエルフを見るのは、流石にその他大勢のエルフが可哀想っす」


 そうなのか? なんというか、他者を見下すィエイト君の態度は、僕の中にあったエルフのイメージ通りだったのだが、どうやら種族的にはもう少しコミュ力が高い人たちらしい。つまり、ィエイト君の中学二年生的な感じは、彼独自の個性という事だ。うん、いいと思う。僕にもそういう時期はあった。小学校高学年くらいのときに。

 ともあれ、フェイヴの言葉は為になる。そういう、必要最低限の常識というものを記している本って、意外と少ないんだよね。万が一記していても、その種特有の風習くらいのものだし、古い本だとその風習が廃れていたりもする。

 エルフでいうなら、かつて人種とエルフは敵対関係にあって、その理由がダンジョンだったという点だ。ダンジョンが絡んでいる為に、僕も覚えていた。


「かつてエルフと人種って、敵対していたんですよね。本で読みました」

「あー……、なんかそうらしいっすね。もう数百年も昔の話っすから、俺っちもよく知らねっすけど」

「理由は、エルフは木の上に住むから、ダンジョンの脅威を軽視していると記されていましたが、本当なのでしょうか?」

「えぇ!? そんな理由だったんすか!?」


 あ、ダメだ。こいつ、役に立たん。本に記されていない一般的な知識には長けているが、本に記されているような知識には、とんと疎い。そういう面でこいつに期待した、僕がバカだったのだ。


「それは間違いだぞ」


 見れば、のそりと体を起こしたィエイト君がこちらを見ていた。



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