第51話 ィエイト君の過去とフェイヴの思い
「ィエイト、起きてたんすか?」
「もう間もなく交代の時間だ。僕は元々、中番のときは完全に眠りにつかず、目を瞑って横になるだけにしている。でないと、見張りの最中に眠気が強くなって、余計イライラする」
「あー、たしかにそういう人、いるっすね」
のそのそと歩み寄ってきたィエイト君は、僕を挟むようにして焚火の側に腰を下ろす。周囲への気遣いというのはわかるのだが、なにが悲しくて男三人、肩を寄せ合って焚火を囲まなければならないのか……。ここが洞窟でなければ、もう少し距離を開けてもいいってのに……。おのれバスガル、こんな上の姉が好きそうな状況に僕をおくとは……ッ!
「それでィエイト君、人間とエルフとの敵対関係についてなのですが……」
「その前に、なんで貴様、僕に対してだけ君付けなのだ? さっきはうやむやにされたが、僕は納得していない」
「まぁまぁ、そんな事より、俺っちも話の続きが気になるっす。間違いってどういう意味っすか?」
声を潜めつつも、ィエイト君は神経質に、フェイヴは呑気に雑談を交わす。ヒカリゴケがぼんやりと赤く染める、まるで地獄か悪夢かといわんばかりの洞窟を、ここだけは焚火のあたたかなオレンジ色の明かりが照らしてくれていた。
そんななか、男三人でこそこそ話をしていると、中学生の頃に友人たちと、大人や教師の目をかいくぐって、アホな事をしていたのを思い出す。そして、そのたびに自分が化け物の道を歩むと選択したのだと思い出し、胸がぎゅうと痛む。
「まったく……。僕も里の長老や老人連中に聞いた話だから、詳しくは知らん。なんでも、昔のエルフやドワーフなんかの妖精族は、人間よりもダンジョンと友好関係を結んでいたらしい。当時の人間どもは、妖精族はモンスターがルーツだなどと、ふざけた事を言う連中もいた程だ」
「え……――」
まったく自分の言い分を取り合おうとしないフェイヴに呆れたように話し始めたィエイト君の言葉に、僕は絶句してしまう。それだけ、その内容は衝撃的だった。
「へぇ!? ダンジョンと友好関係っすか!? それってつまり、ダンジョンの主とって事っすよね? ンな事、できるんすか!? 連中、基本的に俺っちたちの事、大嫌いじゃないっすか!」
僕以上に話の内容に食いついたフェイヴが質問をする。たしかに、ダンジョンコアはかなり人間――というか、地上生命に対して嫌悪感を抱いている。グラなんて、僕が元人間だと知った途端、自爆しようとした程だ。
フェイヴの問いに、ィエイト君は肩をすくめて左右に首を振る。
「話の真偽は僕にもわからん。というか、その長老や老人連中も、ほとんど信じてはいなかったんじゃないか。僕も子供の頃の話だから、そこまで詳しく聞いたわけでも、鮮明に覚えているわけでもない。これは単に、エルフにも人間たちにも『そういう伝承』が、かつてあったという、ただそれだけの話だ」
「その長老さんや、ご老人たちにお話を聞く事は可能ですか?」
できるだけ不自然にならないよう、あくまでもいち研究者としての好奇心からの質問のように聞けたと思う。だが、僕の質問にもィエイト君は首を振る。
「僕の里は既に滅びている。長老も大人たちも、里が落ちた際に落命した。父も兄もそうだ。母と妹は、いまはどこでどうしているかも知れない。襲ってきたのは大規模な山賊集団で、エルフの見目と魔術適正が高い点に目を付けられて、人買いに売られた。その後の事は、よく知らない」
「あ……、その、ご、ごめん……」
僕が踏み込み過ぎた事を謝ると、ィエイト君は意外そうな顔をした。
「なんだ、さっき微かに僕の出自について話していたのが聞こえたが、この事は伝えていなかったのか?」
「んな超デリケートな話、おいそれと吹聴するわけないっしょ? っていうか、ィエイトは俺っちを、そういう事をする人物だとでも思ってたんすか?」
「まぁ、概ね」
「ヒデぇ!」
かなりヘビー級の過去を、さらっとバラしたィエイト君だったが、どうやらその事に鬱屈した思いはなさそうだ。闇落ちしてもおかしくないような内容だったと思うんだけど……。
「はぁ……。この話をすると、なぜか空気が重くなる……。鬱陶しい」
「いや、そりゃそうっしょ。なんでこれで重くならないと思えるのか、むしろこっちがわかんねーっすよ」
「人攫いに襲われて、小規模な集落が全滅するのなんて、人間の間でもよくある事だろう。なぜ僕だけ、そんな可哀想なものを見るような目で見られねばならない?」
「いやまぁ、それはそうっすけど……」
それはたしかにそうだが、人間がエルフの里を壊滅させたとなると、たぶん同族として心苦しい思いを抱くのだ。だからといって、人間が標的になればいいと思っているわけでもないし、そちらの被害を軽視しているわけでもないのだが、やはり心のどこかで『迷惑をかけてしまった』という思いがあるのだろう。
人間をやめると決意した僕ですら、そんな思いを多少は抱いてしまうのだから、その話を聞いた人たちの心中は、きっともっと心苦しかったのではないかと推察される。
あと、たぶんここにいたのがィエイト君じゃなくて、昔人攫いに里を滅ぼされて生き残った、肉親とも生き別れになっている人間だったとしても、空気はあまり変わらないと思う。そういう点では、別にィエイト君を特別憐れんでいるというわけでもない。
「ま! そうっすよね!」
ことさら明るい声で、フェイヴはそれまで漂っていた重たい空気を拭い去る。
「なんつーか、特別ィエイトを悲劇のヒーロー扱いするのなんて、バカバカしいっす。お前なんて、ちょっと剣を使えるだけのクソガキっすから」
「愚昧なフェイヴの分際で、たわけた事を言う。憐れまれるより、軽んじられる方が不愉快だ」
「いやぁ、わかるっすよ? 上から目線で可哀想とか思われると、ムカつくっすよね~。俺っちも、そういうヤツ嫌いっす」
「待て。なぜかそんなまとめ方をされると、僕がお前と同レベルの器に思える。訂正しろ。僕は別に、見下されているから嫌なわけではない」
「ええー、でもそういう事なんじゃないっすか? いるっすよねぇ、慈悲だの憐憫だので、ナチュラルに人を下に見る連中。俺っちも孤児だったから、そういうヤツの『優しさ』ってのには、反吐がでるんすよ」
どうやらフェイヴのヤツにも、それなりに重いバックグラウンドがあるようだ。とはいえ、これ以上この二人の事情に関わるつもりもない。できれば、僕とは関係ないところでドラマを展開して欲しい……。
「僕はそこまでは言っていない。教会関係者などは、本心から炊き出しや孤児の救済に血道をあげている者もいるだろう?」
「いるっすね。そういう人には、普通に感謝してるっすよ? でもいるんすよ。自分は三食温かい飯を食って、フカフカのベッドで眠って、なんなら使用人に傅かれるような生活をしていながら、そのときの気分で俺っちたち孤児に『あら、可哀想』とか言っちゃうクソが」
「…………」
それ、僕の事じゃないよね? 僕、孤児の事を可哀想とか言った事ないし。……その方が酷いような気がしてきた……。でもそれ以外の部分では、まさにいまの僕の状況だろう。
あれ? 僕って思ってた以上に、フェイヴに嫌われてた?
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