第52話 完全包囲飽和攻撃

 〈12〉


「ぬぅぅぅううううううううううううううんんッ!!」

「落ち着きなよ、バスガル」

「黙れ!!」


 薄暗い洞窟内に、我の咆哮が轟く。それに合わせて室内は煌々と照らされ、ぶわりと我が怒りの波動が伝播する。

 我が息吹に炙られた岩肌は赤熱し、融解し、どろどろと地面へと流れては、冷えて固まっていく。その過程で、黒く固まった石と、いまだ赤く光る溶岩とのコントラストが、まさしく我がダンジョンの象徴である。しゅうしゅうと音を立てて固まっていく姿が、まるで我が心の深奥に秘められた怒りを表しているようですらある。


「許さぬ!! 絶対に許さぬ!! 我ら、ダンジョンコア同士の闘争に地上生命輩を介入させるなど、地中生命としての矜持も羞恥心もないのかッ!?」


 我が絶叫は、このどうしようもない憤りの発露である。あまりの熱に、ゴーレムの表面すらも溶け出し始めた。

 侵入者たちを迎撃する為の兵を生み出しつつ、我はそのゴーレムに問う。


「敵のダンジョンコアは、間違いなく人間どもと我を討つ気である! その証に、我のモンスターは着実にその数を漸減されておる。これを討たねば、計画の破綻は必定! 早速に兵を差し向ける!!」

「まぁ待ちなよ、バスガル。まずは落ち着いて」

「ならん!! なによりも我は、地中生命としての誇りを失った同胞を、一刻も早く破壊したくて仕方がない!」

「はぁ……」


 我の言葉に、呼吸の必要もないくせに、ゴーレムはため息を吐くような仕草をしてから、くるくると左右に首を回す。


「私も、もう連中に容赦しようなんて事は言わないよ。だからこそ、ここは冷静になって確実に相手を倒さなければならない。もし失敗して君が討たれでもしたら、この世に人間の味方となるダンジョンコアが生存するという、最悪の事態に陥りかねない」

「なんだとッ!? 許さぬ! 許さぬぞ、ダンジョンコアの面汚しめぇッ!!」

「ああ。そんな存在が現れれば、今後のダンジョンコアにとっては災厄だ。既に超プレート級に至っているダンジョンはともかく、それ以下のダンジョンは、現状ですら、人間たちの組織だった攻略においては、不利な立場を強いられている」

「……そうだな」


 我の落ち着いた声音が意外だったのか、ゴーレムはこちらを窺うように仰ぎ見た。だが、その声は必ずしも我の内心を反映してはいない。落ち着いてなどいない。

 それまでの火砕流のような怒りから、落ち着いたマグマの水面のような怒りに変わっただけだ。その熱は、確実にそれまでよりも増しており、いまかいまかと爆発する機会を待っているに過ぎない。

 ゴーレムの語る内容は、我も身に積まされている話だ。その攻略法とやらのせいで、我も窮地に立たされていたのだから当然であろう。いや、その話の内容には、より一層の危機感を覚えているといっていい。

 もしも、一つであろうとダンジョンコアが敵側に寝返ったとするなら、その脅威は計り知れぬ。これより先、生まれる浅いダンジョンを、根絶やしにされかねない。

 それだけ、人間という地上生命どものやり口は、執拗で陰湿だ。


「ならば、以前は通用した方法で、まず敵の手駒であるモンスターを破壊するのはどうか?」


 我がそう提案するも、ゴーレムはくるくると首を回す。


「以前は、人間二人にその手駒一体で、人間二人には逃げられたんだろう? となると、人数も多い今回も同じ手で同じ成果が得られるとは思えない。向こうのダンジョンコアもいる事だしね」

「むぅ、なるほど……。では、より数を増やせばどうか!?」

「単に数を増やしただけじゃ厳しいだろう。以前いた【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバーは、斥候だったらしい。今回は戦闘に長けた者も含まれている以上、ただのビッグヘッドドレイクでは心許ない。いや、正直人数分の下級竜を用意しても、目的のモンスターの排除が成功するかは五分五分じゃないかなぁ……」


 あまりにも成功率の低い想定に、我は呻吟する。だが、それは当然の話でもある。以前上手くいったからといって、今回も同じ手が通用すると考えるのは愚かだ。

 良きにつけ悪しきにつけ、敵方は我に勝つつもりなのだ。であるなら、晒したこちら側の手札に対しては、最低限対処の算段くらいは講じてくるはず。そうでないと思うのは油断であり、怠慢である。


「ならばどうする? 他の冒険者たちへ割いている手駒も含めて、完全包囲での飽和攻撃でも仕掛けるか?」

「ふむ……」


 我の提案に、ゴーレムはしばし考え込む。洞窟という形状は、敵の退路を断つという戦法に秀でている。また、モンスターによる飽和攻撃は人間どもにとって、もっとも厄介な戦い方である。

 どれだけ弱いモンスターであろうと、倒さねば傷を負う。だが、人一人には対処能力の限界というものが存在する。飽和攻撃とは、モンスターの強さではなく、そういった対処能力を削ぐ戦い方だ。

 一騎当千の強者であろうとも、数千数万の雑兵に囲まれては、常に処理能力の限界までの酷使を迫られ、やがては傷を負い、嬲り殺される。人間どもが、ダンジョンの氾濫スタンピードを恐れる理由である。


「……まぁ、悪い手ではない、と思う」」


 しかし、そんなダンジョンと人間との闘争において、最終奥義とも呼ぶべき手段を取るという提案に、ゴーレムの返答はなんとも歯切れの悪いものだった。


「なんだ? なんぞ気がかりでもあるのか?」

「……まぁ、そうだね。わかっていると思うけど、ダンジョンにとってのモンスターは、人間に対処する為のリソースだ。それを一極集中させるという事は、それ以外への対処が疎かになる――いや、完全に対処ができなくなるといっていい。比重をそちらに向けすぎると、別方向からの攻略に対処できなくなってしまう惧れがある。たしかに、飽和攻撃という選択は悪い手ではないが、それ相応のリスクもあるのだという点を念頭におくべきだ」


 なるほど。それはたしかにそうだ。

 だがどうだ? 今回の攻略における強者は、ほとんどが敵方のダンジョンコアと行動を共にしている。であれば、飽和攻撃でダンジョンコアとその強者どもを釘付けにできるなら、その他の有象無象などどうとでもなろう。


「そうだな……。こちらに向かう道に、中級竜でも配しておけば、臆病な人間どもは大事を取って攻めてはくるまい」

「ふむ……。たしかに、中級冒険者は危険を冒すのに消極的だ。ここまで辿り着く為に必須の通路に、それだけ強いモンスターがいたら、無理に奥まで進もうとする者は少数だろう。そして、少数なら中級の竜種の敵じゃない。人間にとってあれは、大人数で対処すべきモンスターだからね」

「うむ。それでは、左様に事を進めようぞ。ダンジョンコアの裏切り者を、我がダンジョンの兵の餌として貪ってくれる!!」


 我が咆哮を挙げると同時に、生み出した数多の竜どもも雄叫びをあげる。ビリビリと洞窟の壁が共鳴し、白熱した壁や天井がドロドロと流れ落ちる。

 ゴーレムもいよいよ原型をとどめていられず、足から融解して崩れていく。その末期、我の耳には彼の者の言葉が聞こえた気がした。


には、気を付けるんだよ――」


 とぷんと溶岩の海に消えたそれに、問い返す事はできなかった。



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