第53話 朝駆けの襲撃
夜番を終え、就寝してから少し。僕はィエイト君の鋭い声に起こされた。
「敵襲!! 総員起床!!」
常の彼らしくない切羽詰まった声音に、緊急性を感じて飛び起きる。即座に荷物と武装を確認し、押っ取り刀ならぬ押っ取り杖で焚火の近くへと駆け寄った。
既にィエイト君とダゴベルダ氏、フェイヴとシッケスさんは戦闘態勢で集合しており、ここにいないのはグラだけだ。慌てて彼女が寝ていた辺りに向かおうとしたら、すぐに完全武装の状態で駆け寄ってきた。
まだ、見える範囲にモンスターの姿はない。だが、僕にもわかる。遠くから、無数の足音が聞こえてくる。それも、恐らくは十や二〇ではない。
「フェイヴ、どうだ?」
「……ヤベェっす……。足音の数が多すぎて、敵の総数は見当も付かないっす。というか、進行方向からも、俺っちたちがきた方向からも、足音と振動が届いてるっす」
地面に耳を当てていたフェイヴが、冷や汗を垂らしながらそう報告する。
退路を断たれた……。恐らくは、そういう事なのだろう。フェイヴだけでなく、ィエイト君やシッケスさんの顔にも、深刻そうな色が浮いている。フェイヴが見当も付かないという程の敵に囲まれ、文字通り進退窮まった状況では、いかに実力者の彼らとて、生存は絶望的だという判断なのだろう。
だったら――……
「最悪、また僕が敵を引き付けつつ、皆さんにはグラを護衛して撤退してもらいたいのですが……」
深刻そうな顔で見つめ合っていた三人に、僕自身を囮として撤退する案を提示する。だが、フェイヴの顔色はいっそう悪くなる。どうやら、前回の事を思い出しているようだ。
「同じ手が二度も使えるとは限らないっす。というか、たぶん敵方も対処法は考えてると思うっすから、まず通じないと考えた方がいいっす……」
「あと、話に聞く限りじゃ、前回とは物量が違う感じだし。下手すると、一〇〇〇超えてそー。だとすると、いくらショーン君の幻術がすごいっていっても、流石に対処しきれないっしょ」
「……当初から懸念されていた、モンスターの処理能力の低さが問題だ。そこの二人が、どれだけの【魔術】が使えるのかが、生き残るカギだ」
ィエイト君が視線を向けた先にいるのは、ダゴベルダ氏とグラの二人。ダゴベルダ氏は相変わらずローブで表情が窺えず、グラに至ってはまるで常と変わらない無表情である。現在の危機的状況をどう見ているのか、僕らの殲滅能力の
「グラ、大丈夫だと思う?」
とりあえず、とっつきやすい方から聞いてみる。
「有象無象であれば、特に問題ないでしょう。幸い、洞窟というのは、寡兵でもって多数を殲滅するのに適した地形です。前衛が持ちこたえられるのであれば、幾千幾万のモンスターが群がろうと、問題はありません」
「「「…………」」」
あんまりといえばあんまりな大言壮語に、流石の【
「吾輩としては、【魔術】は本領ではない。しかしながら、自身にも危険が迫るこの状況で、手を抜くつもりはない。グラ君のように、幾千幾万を相手取れるとまではいえんが、まぁ、幾百程度は屠ってくれようぞ」
こちらも、常となんら変わらぬ口調で請け負い、杖で肩を叩くダゴベルダ氏。二人で並んでいると、なんともすさまじい強キャラオーラである。
「じゃ、じゃあ、とりあえずは、俺っちたちは前衛としてお二人を守りつつ、元来た道を戻る形で、撤退という事でいいっすか?」
「否。吾輩の考えが正しければ、このまま下がるは悪手であろう。恐らくではあるが、敵方は我らの包囲を企図しておる」
「そうですね。当然、出口方面の敵の層は厚いはずです。退くか進むかであれば、進む方が利口でしょう」
ダゴベルダ氏の推測に頷きつつ、グラが補足する。その理屈はわかる。たぶんこれは、僕らを狙ったバスガルの攻撃だ。だとすれば、当然退路は断ってくるだろう。むしろ、進路の方に活路の目はあるという予想には頷ける。
「このままでは我らは、進路と退路、常に二正面を強いられる。場合によっては、戦線の数はさらに増えよう。故に吾輩は、本来の進路を維持して、袋小路を目指そうと思う」
……いや、どうなんだろう。素人考えなんだけど、それってかなり悪手なんじゃ。あ、フェイヴやィエイト君、シッケスさんもかなり嫌そうな顔をしている。
「いや、博士。それって敵に襲われた際に、一番選んじゃいけない進路っすよ? なんで自分から、行き止まりに向かおうとしてるんすか? 追い詰められるだけっすけど……」
「追い詰められるのではない。防衛能力を一方面に集中させる事で、継戦能力の維持を図るのだ。考えてもみよ。昨日一日かけて、特に苦もなく進んだ道を、無数の敵に囲まれ、戦闘をしつつ退くなど、まず不可能であろう?」
ダゴベルダ氏の言葉に、グラを除いた全員が頷く。グラ、こういうときは君も頷いておこう。いまダンジョンコアの内包しているDPなら、たぶん一日中【魔術】を放ち続けても大丈夫なんだろうけど、人間はそうはいかないんだから。
幸い、そんなグラの様子を誰も気にかけるような事はなく、ダゴベルダ氏は話し続けた。
「ここから撤退というのは、あまりにも成功の見込みに乏しい判断である。であれば、恐らくはそうであろうという理由で恐縮であるが、この先はそう続いておらんと吾輩は推測しており、故に先を目指したいと思うのだ。とはいえ、吾輩は探索の素人。いち意見として、判断はそちらで下してくれて構わん」
最後に丸投げするような形で、ダゴベルダ氏はプロ組に判断を委ねる。とはいえ、プロ組としても、このまま戻るのはほとんど自殺と変わらないという意見のようで、明確にダゴベルダ氏の意見に反対する声はあがらなかった。そうこうしている内に、暗闇の奥から聞こえてくる足音や唸り声はだんだんと大きくなる。
三人はその危機に、判断を急かされ、やがて決断を下したように頷き合った。決定を口にしたのは、フェイヴだった。
「進みましょうっす……」
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