第58話 サニーデイ・サンデイ
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防御陣地に飛び込んでくる、チッチとペラルゴニウムの二つの影。いくら斥候といえど、この攻略班を指揮する首脳たる二人が、戦闘要員すら連れずに偵察に出ていたのは、あまり誉められた真似ではない。ただ、それくらい人手が足りないのと、斥候のみの方が動きやすく、むしろ斥候技能の乏しい随伴は邪魔だと切って捨てられた。
「来るぞ!! 準備はいいかぁッ!!?」
前線に飛び込んだチッチの、がなり立てるような大音声が薄暗い洞窟全体に響く。それに答える数十人の冒険者たちの応答が、ビリビリと体と鎧を震わせた。
「『
「おうよ!! 任せとけやッ!!」
「ヒヒヒ。こんだけのマジックアイテムがあれば、大活躍間違いなしだ! チッチ! ギルドにはきちんと、俺様の勇姿を報告しろよッ!!」
小鬼らの動きを阻み、その動線を定める為の、魚の背骨のような
なお余りの三人は、脱落者が出た際の交代要員として、すぐ側で控えている。
狭い洞窟内だから、使用者が九人しかおらずともなんとか運用できそうだが、本来のこの装具は、数百、場合によっては一〇〇〇以上も並べて使うのを想定したものだ。だからこそ、できるだけ安価に、また簡便に作れるように工夫されているのだ。
「来たぞ! 小鬼だ!! 数、三〇以上! まだまだ増える!!」
誰かが叫ぶのに合わせて、洞窟の奥を見る。暗がりに幽かに見える影は小柄で、それでいて多い。逸る事なく、ジワジワと闇から染み出すように、横並びの小鬼たちがこちらに迫ってくる様子が窺えた。
ゆっくりとこちらに迫り来るその数は、刻一刻と増え続けている。
「先走ってるヤツがいねえだと!? とても小鬼の動きじゃねぇ!!」
「わかってただろ、ンな事ぁ!! くっ
「おい! テメェの持ち場はこっちじゃねぇだろ!? 邪魔だ!!」
にわかに前線の冒険者どもが色めき立つ。間近に迫った闘争の気配に、良くも悪くも興奮しているらしい。恐れから逃げ出すような輩がいない点は幸いだが、ギャアギャアと騒いで浮き足立つ様は、落ち着き歩き進む小鬼よりも低劣に見える。
「落ち着けェ!! みっともなく騒いでんじゃねぇ! 小鬼よりも情けねぇ姿晒して、恥ずかしくねぇのか!?」
幾つもの喧騒を、たった一つの怒声が塗り潰す。その大音声は、味方どころか小鬼らにすら届き、わずかながらその足取りを乱させる程だった。この場の全員が、声を発した者に注視する。
普段はどこかおちゃらけた、小物臭い言動の多い小男。だが、いまそこにいるのは、間違いなくベテラン冒険者の風格漂う、この攻略班の指揮者である男――チッチであった。
「『閉傘隊』、テメェらは浮き足立ってねぇな!?」
「勿論だ!」
「なら構えろ。もう間もなく、連中が突っ込んでくるぞ! 小鬼どもにビビって、屁っ放り腰だったなんて、ギルドに報告されてぇか!? それで昇格してぇか!?」
「「「ざけんな!!」」」
「なら構えろ。さっき教えた通りに構えろ! 左脚はァ!?」
「「「前ッ!!」」」
「右脚ィ!!」
「「「後ろォ!!」」」
チッチの号令に合わせて、六人の男たちが前後に脚を開いて軽く腰を落とす。
「右手構えぇ!! 左手は右腕に添え、上体を安定させろ!」
「「「応ッ!!」」」
男たちが一様に、ショーンの言うところの『ロケットパンチの構え』を取る。正直、その名付けの意味はわからないが、これが傘を構えるうえで、一番安定する体勢なのだ。
男たちの自信に満ちた様子が、周囲の冒険者たちの安心につながったのか、敵の接近で浮ついていた味方は落ち着きを取り戻しつつあった。代わりに『閉傘隊』の面々には、否が応でも期待が集まっていく。そして、その期待を一身に受ける男たちもまた、生まれて初めて立つ晴れの舞台に、男臭い笑みを湛えて敵の来襲を待ち侘びているようだった。
こちらの準備が整うのを待っていたわけではないだろうが、そのタイミングで小鬼集団の先頭にいた小鬼――他の小鬼に比べて少しだけ体格が良く、身形もスッキリとした印象を受ける個体――ゴブリンの号令一下、彼らは弾かれたように駆け出す。
「まだだ! まだ引き付けろ!! 魔力とマジックアイテムの効果は有限だ! 『閉傘隊』の周りの連中はフォローに専心! 前線を崩すな!」
「「「応ッ!!」」」
「来るぞッ! マジックアイテム【
小鬼らの疾走に合わせて、チッチが号令する。そこに焦りは見えない。
「「「『固定』、完了ッ!!」」」
「柄の座標を『安定』!! ぶっ飛ばされたくなけりゃ、きちんとイメージしろよッ!?」
「「「『安定』、完了ッ!!」」」
「よし――唱えろ!!」
小鬼らが突撃してくるタイミングを見計らい、チッチが命じる。六人の男たちは、それに合わせていっせいにキーワードを口にした。
「「「天晴れッ――【
直後、小鬼どもの絶叫が洞窟内に轟き、血肉が爆ぜ、液体が床を打つ音が、『閉傘隊』の男たちの耳に届く。
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【
その名の通り、頭上からの攻撃、落下物に対して、傘のように展開して術者やその周囲を守る【結界術】である。
ショーンが初めてこの術を知ったのは、以前【
その後もいろいろあって放置していたのだが、伯爵家次代のディラッソと今後の戦術について話し合った際に、思い出したようにこの【
そして出来あがったのが、この【
元々【
【閉傘】の名の通り、閉じた傘状に細く、鋭く結界の形状を変え、そして術者の任意に展開する方向を定められるよう、多少理を弄るだけの仕事であった。
だがその結果は、作業の時間と労力とは裏腹に、劇的なものだった。
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「「「おぉぉおおッ!!」」」
先程とは違った意味で、冒険者どもが色めき立つ。六人の男たちの眼前に形成された結界は、鋭く、長く、敵小鬼らに向けられて構えられる。その先端には、それぞれ数体の小鬼が串刺しにされており、それ以外の集団を完全に受け止めていた。
その姿は最早、結界ではなく巨大な突撃槍であり、それが居並ぶ様は槍衾である。
たった六人の横陣によって、一〇〇に届かんとする小鬼らの軍勢が持っていたはずの衝撃力は受け止められ、ギィギィという悲鳴とギャアギャアという号令が、敵陣の前後で響き渡っている。
かつて、ショーンの希望で使っていた【
もしも武器として作ろうとすれば、どれだけ材料を工夫しても総重量は数百キロにも及ぼう。総鉄製ならば、一トンに届くかも知れない。炭化ホウ素で作っても、とても実用的な重量には収まるまい。
しかし、結界術で補えば術者が感じる負担は、一定のポーズを保つ為の労力と、インパクトの際に最低限の衝撃に耐える程度のものだ。その代わり、武器のように振り回す事もできなければ、一度発動させれば術者は一定範囲から動けなくなるが。
そんな事を考えている間にも、後続に押された小鬼は構えられた傘の先に自ら突き刺さり、そして既に刺さっていた傷を押し広げられた小鬼が、上下に分たれたのちに霧散していく。また、槍の先を逃れた小鬼らも、傘と傘の間に挟まって身動きを封じられる。
突撃槍と同じく、手元に向かって広がる形状の結界は、押し寄せる小鬼の身動きを封じ、場合によってはその圧力だけで自滅を誘う。
勿論、眼前で詰まった仲間を踏み越えて、陣内に飛び込む小鬼がいないわけではない。あるいは、足元を縫ってくる者とている。
ただし、その数は少ない。それはもう、【軍】でも【群】でもない。ただの、小鬼の一個体だ。つまりは、下級冒険者にお誂え向きの討伐対象である。
『閉傘隊』の傘の合間を縫って陣に入り込んだ小鬼らは、一体につき二、三人の冒険者に群がられて霧散していく。これは決して余裕があるのではなく、『閉傘隊』にちょっかいをかけられる前に駆除しようと、前線の冒険者たちが慌てて駆除にかかるからだ。
「地形と柵によって、敵を上手く誘導できたのが良かったですね。前線の消耗は、極めて軽微なようです。現状は、負傷者すらほとんど見受けられません」
「ええ、そうね。突撃の衝撃力を、結界で完全に殺せたのは大きいわ」
後方で前線を俯瞰していた私の言葉に、同じように隣りで戦闘を眺めていたフロックス・クロッカスが応じる。その言葉に頷きつつ、私はさらに【
これが人間同士の戦場であれば、『閉傘隊』の間から投射兵器を用いての遠距離攻撃を行い、敵騎兵戦力の無力化を図る戦術と組み合わせるのだと、ショーンは語っていた。敵からの遠距離攻撃も、傘の形状によって上下に逸らせる、攻防一体の結界槍なのだ、と。
残念ながら、多くの冒険者は弓などを使わず、遠距離攻撃と呼べるのは【魔術】か投石くらいしか選択肢がなかった為に、その戦術の実証は叶わなかった。だがそれでも、十二分な成果だろう。
重騎兵突撃の威力まで受け止め切れるのかは、流石に小鬼では役者が足りないが、少なくともある程度の衝撃力を殺せるのは証明された。後々、この実験結果を伝えれば、きっと喜んでくれるはずだ。
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