第57話 冴えない秘密兵器とモンスターの軍勢

 ●○●


 地下三層の防御拠点に辿り着いたところで、冒険者どもの慌ただしさに気付く。足を早めつつ、密かに三層全体の様子を確認するとその理由がわかった。

 どうやら、いよいよもって小鬼集団の攻勢が確実視され、またその時期が差し迫っていると、チッチら攻略班首脳陣が判断したようだ。一層二層にいた人員までも、防衛に動員しようと招集し始めているらしい。騒がしさはこれが理由だ。

 小鬼らもまた、厄介な敵対者たる冒険者どもの拠点に対して、大規模な攻撃を仕掛ける為の準備を進めている。これ以上小鬼の数を減らされるのも、その数を増やす為の胎を減らされるわけにもいかないという、ゴブリンらの判断だろう。

 因みに、ゴブリンは他種の胎で増えるような、鬼系特有の習性はない。ショーンがきちんと生殖能力を定めて生み出した為に、雌雄が分かれて個体が存在する。

 グレイに言わせれば、これもまた人に寄った考えであり、鬼系モンスターの人類社会に対する脅威軽減と見られるのかも知れない。だが、そのコンセプトは極めてダンジョンに因り、またどこまでいっても私たちの生存に寄与する。少なくとも、私はそう判断している。


「チッチ! なにがあったのです!?」


 私はようやく馴染みの顔を見付けて、慌てたような振る舞いで駆け寄る。


「グラ様! ああ、良かった……! 実は――」


 チッチから告げられたのは、案の定小鬼集団がこちらに対して警戒を強め、さらには攻撃の為と思しき部隊を整えている様子が確認されたというものだった。

 この防御拠点を落とされては、様々な点で差し障りが生じる。強行偵察の範囲、難易度、取得情報の精度に加え、二層の掃討状況や、最悪の場合ゴブリンを地上に逃がしてしまう危険性が増してしまう。人間社会にとっては、由々しき事態だろう。

 我々がとれる選択肢は、防衛一択だ。


「少し前にグラ様の帰還は知らされていたんでやすが、その割にはなかなかこっちに来られないんで、ちょっと焦ってやした……」

「戦況に特に変化はないと聞き、一、二層の状況をこの目で確認してから参じましたので、少し遅れました」


 私がそう言って軽く目を伏せると、チッチが慌てて両手を振る。この程度の事で下げる頭はないが、不安にさせた点に関しては心苦しく思っている、というポーズだ。


「い、いえいえ! 大丈夫でやんす! グラ様の行動は誰に責められるようなこっちゃないですから! こっちが勝手に浮足立っちまっただけでやす!」

「そうですか……。それで? こちらの陣容と、敵の攻勢時期の見立ては?」

「はいっ! ひとまず、五、六級連中での簡易防御陣地は構築完了。いまはその陣に人を配す為に、七、八級連中を呼び寄せていやす。配置が完了すれば、なまじな攻撃なら跳ね返せるはずです!」

「わかりました。では、最前線の兵にはこれを配備してください」


 そう言って、私はサイタンから持ってきた荷物から、フィレトワ製の腕輪の入ったケースを取り出す。大型の盾程もあるケースだというのに、この中に入っている腕輪は九個しかない。

 装具は、雑多な保管法では【魔道陣】が干渉し合って壊れてしまう為、腕輪程度の代物を運ぶのにも手間とスペースを食う。二人分ですら、身に着けて運搬するのが一番なのだから、本当に面倒である。


「これは?」

「ショーンが次期伯爵の為に用意していた兵器の試作品です。試作品故に、実用に耐え得る耐久度があるか、また効果そのものも敵への有効打足り得るのかは未知数ですが、下級冒険者程度の装備と比べれば剣と小枝程にも違うでしょう。きちんと使い方さえ覚えれば、それなりに役立つはずです」

「伯爵様の……? そ、そんなえらいものを、こんな場所で使っちまっていいんですかい?」

「我々の作ったものを、緊急避難として使うのです。このダンジョンから新種の小鬼が逃げ出したり、それ以前に我らが潰走して管理そのものができなくなったりするなら、試作品のマジックアイテムの流用程度には目を瞑ってもらいます」

「…………」


 私の断言に、しかし心配そうな表情を浮かべるチッチに嘆息する。

 人間社会における庶民というものは、富貴層の怒りを買うのを殊更に恐れる。まぁ、社会構造的に覆しようもない強者と弱者の構図だ。安寧を享受しようと思えば、無闇矢鱈に軽んじるなど自殺行為なのだろう。

 婚約だの折衝だのの煩雑さを甘受してなお、ショーンがそちらに食い込もうとするのも頷ける。社会に根ざすうえで、とれる選択肢の幅が違うのだ。


「はぁ……。まぁ、文句を言われたら実地試験と言い張ります。別段、伯爵家側から資金提供を受けている話でもないので、問題は本当にありませんよ。壊れたら作り直せばいいだけの事です」

「そ、そうですか……。あ、あの、一応攻略に際して消耗したものは、状況次第ではギルドが補償してくれる事もありやす。各々の装備とかだとその限りじゃないんでやすが、作戦の為に供与されたものの場合は結構な割合で負担してくれたはずっす。一応、申請してみてはいかがでやすか? 及ばずながら、あっしも口添えはいたしますんで」


 正直、そんな事はどうでもいい。私は嘆息しつつ頷き、話を先に進める。


「……ならそれで。それよりも、このマジックアイテムの機能と使い方について説明します。知っているでしょうが、私は情報伝達が不得手です。あなたに説明しますので、前線の冒険者らにはあなたから使い方を伝えてください」

「へ、へい! して、どのような代物なんでしょう?」

「基本は【結界術】の【ウムブレラ】を応用したものです」

「【結界術】、ですか……」


 あからさまにガッカリとするチッチ。その顔は、面白い程に期待が失望に変わっていく過程が表現されていた。

 恐らくは、敵陣を焼き払うような【魔術】が宿っていると期待していたのだろう。多くの人間どもが【魔術】に求める役割とは、そういう大打撃による敵陣の破壊だ。

 だが、当然ながら【結界術】にそのような効果はない。どころか、【結界術】は実戦において、あまり使える代物ではない。

 鉄板以上の強度のものを作ろうとすれば、放物線並みに比例して魔力消費が跳ねあがる。そのうえ、その調節すらマジックアイテムにおいては不可能だ。

 必然、【結界術】が付与されたマジックアイテムというのは、木製の盾程度の防御力しか見込めない。あった方がマシだが、貴重な資材や魔力を消費してまで用意するような代物ではないというのが、一般的な見解だろう。

 実際、以前ショーンに渡した装具も、その身を守るのに毛程の役にも立たなかった……。我ながら、あれは失敗だった……。


「安心なさい。ショーンが、次期伯爵にお披露目しようとした代物だと言ったでしょう? ただの板の方が、コスト面でマシといった代物ではありません」

「そ、そうでやすね! あの【白昼夢の悪魔】、帝国においては【死神】とまで恐れられる旦那のご発案でやすもんね! して、そこにはどんな絡繰りが?」

「それをいまから話します。といっても、見ての通り使われているのは木材のみで、貴金属や宝石の類はなし。当然、リソースに見合った機構しか備えていません。その代わり、門外漢でも理解は容易いはずです」


 まぁ、細かな理について知らずとも、キーワードさえ唱えれば使えるのがマジックアイテムの利点だ。とはいえ、六級のマジックアイテムは術者の魔力を使う関係上、その意識もまた、術式に影響を及ぼし得る。理解があるのとないのとでは、実戦での効果には大きく差が生まれるだろう。

 問題は、下級冒険者にわずかなりとも魔力の理を理解させられるのかだが……。そこはチッチの手腕に賭ける他ない。頑張ってもらおう。


「基本はただの【ウムブレラ】です。理の詳細については説明を省きます。その点は理解が及ばないでしょうから。あなたが理解しておくべきは、術式の『固定』と『安定』を司る理です。この二つは、似ているようで違う代物なので、しっかりと覚えなさい」

「へ、へいッ!」


 そこから、一時間程『固定』と『安定』の理について、実際にマジックアイテムを起動しながら教え込んだ。大元たる【ウムブレラ】の理を無視していいのだから、然したる苦労もあるまい。

 それなりに熱心な学習意欲を見せたチッチだったが、しかし一時間後にはフラフラとした足取りで離れていった。ショーンが相手であれば、こんなもの話のさわり程度でしかなく、もっと突っ込んで【結界術】そのものの学習と研究につながるところだったのだが……。


 やはり、ショーン程熱心に学習に努められる者というのは、人間社会においても稀らしい。……ふふん♪



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