第56話 ダンジョンコアとダンジョンマスター
「
別地域における『ダンジョンの主』の呼称だろうか? いや、この状況で人間社会における、我らダンジョンコアの呼称の差異などに言及しても、意味はあるまい。別言語で我々を表す単語など、いくらでもある。それをどのように翻訳するかなどを、眼前の男は論いたいわけではあるまい。
私はグレイの次の言葉を待つ。
「そうか……。そうだな……。うん、質問を変えよう。君は、いまの君らのダンジョンについて、どう思う?」
「どう、ですか? 無論、現環境下における最適解かつ、いずれ惑星のコアに至ると確信できるだけの代物であると、自負していますよ」
私はなおも胸を張りながら、堂々と言い放つ。先程腕組みしていなければ、いましたであろうという、自信に満ちた態度である。
だが、そんな私の自負に、グレイは水を差すように質問を重ねた。
「本当に? 本来ダンジョンコアは、ダンジョンをより深くしようとするものであり、広げるという点には、然程興味を示さないものだろう。にも関わらず、話を聞くに君らのダンジョンは、既に一層ダンジョンよりも広大になっている。そこに、君の――すなわち、ダンジョンコア・グラの意志はどの程度介在していた?」
「……なにが言いたいのです?」
話題の向きが不快な方向に動いたと察し、無意識に刀の柄に手が伸びそうになるのを、なんとか自制する。ようやく、話の核心に触れたのだ。以前の二の轍を踏まぬ為にも、気を強く保たねば……。
「なぁ、グラ殿? アルタンのハリュー邸地下にあるという工房も、このダンジョンも、どれだけ君が関与して作られたものなんだい? ましてや、まるで人間どもの為に用意されたとでもいわんばかりの、あの隧道だ! アレが――あんなものが、君のダンジョンコアとしての意志で誂えられたとは、とても思えん!」
言いながら感情が昂ってきたのか、表情にも声音にも苛立ちと、それ以上の憎悪が窺える。
「落ち着きなさい、グレイ。あの隧道は、いざというときの我々の避難所です。その維持を人間どもに邪魔されぬよう、彼らの社会に食い込む形で用意したのです。バスガルのダンジョンに侵攻された経験から、最悪の場合に備える為に用意した代物です。私も、その必要性を認めています」
「つまり、提案したのはショーン・ハリューで間違いないのだろう?」
その問い返しには、イエスとしか答えられない。この計画の発案が、ショーンであったのは間違いないのだから。狡兎三窟、だったか。いまはまだ二つしかないが、一つ用意するだけでも莫大なDPを要するのだから、仕方がない。
「工房における一フロアは、丸々私が考案したものです」
「それはつまり、それ以外はショーン・ハリューが考案したものという事だろう?」
「いいえ。我々が、合同で考案したものです。互いに最適を模索した結果、出来上がったのが我々のダンジョンです」
「グラ。気付いてくれ……。ダンジョンコアは、
「…………」
黙したのは、彼の言い分を認めたからではない。苛立ちから、眼前の人形を斬り捨ててしまわぬよう、心を落ち着ける必要があったからだ。
以前の人形も、ショーンを貶めた瞬間、有無を言わせず破壊してしまった。後々になって、その浅慮を指摘されてしまったものだ。
『いい気になって話している相手は、最後まで喋らせてから倒そう。あとから、もっと話を聞いておけば良かったと後悔しない為にもね』
その言葉に、私は私の意志で頷いた。その言は実に正しく、また早々に人形を斬り捨てた私に対する、的確な指摘だったからだ。そこに間違いなどない。
しかし、私の沈黙を肯定と受け取ったのか、グレイは切々と語りかけてくる。
「君が、人間どもに混じって生きていこうとしているのは、ショーン・ハリューの影響だろう? そうでなければ我ら誇り高き地中生命が、地上の事情に煩わされて生きるなど耐えられまい」
「あなたはどうなのです? 随分と人間社会に馴染んでいるようですが? グレイ・キャッツクレイドル。人間どもの、我らダンジョンに対する学術に対する妨害とは、なるほど良く考えたものです。
私の当て擦りじみた問いにも、さらりと肩をすくめて応えるグレイ。そういう飄々とした態度が、やはりどうにも鼻につく。
「それだけじゃないさ。私はこう見えて、人間どもの社会に、それなりに上手く潜り込んでいるからね。既にわかっているかも知れないから明かすが、私は君と同じく人型ダンジョンコアだ。連中を同じ姿形をしているというだけで、虫唾の走る思いだが……」
「ほう……」
やはり、ショーンの言う通り、意気揚々と話す相手は放置するに限る。気になるのは、この者が私を人型ダンジョンコアであると確信している点か。
私やショーンの姿形、さらにはその立ち居振る舞い、未だにアルタンのダンジョンを維持している点を鑑みてそう判断したのかも知れないが、確証とまではいかぬはず。あるいは、これもまた己の経験を踏襲したが故の先入観か……。
この者が人型ダンジョンコアであるというのは、それなりに信憑性が高く思える。少なくとも、我らを煙に巻く為の、ただの
「たった二例しかない事を確信的に言うのは少々憚られるが、
「つまり、あなたもまた二心同体の存在がいたのですね? そして、それが
そういえばと、軽く記憶を浚ってみる。ショーンも、生まれた直後は己を『ダンジョンマスター』と自称していた。すぐにダンジョンコア、あるいは人間どもに合わせてダンジョンの主と呼称するようになったが。
どうやらこの者の中では、我らダンジョンコアと
「二心同体? やめてくれよ……、虫唾が走る。我々は完全に別個体だ。君もきっと、
「ふむ。あなたは既に、その縛めを解いたと? つまり、その支配者とやらを殺したのですか?」
私の問いに、しかしグレイは今度こそ、隠しようもない渋面を浮かべた。どうやら、殺してはいないらしい。
「やはり良くわかりませんね……」
「実際に、君も魂を己がものとして取り戻せれば、きっと私の気持ちがわかる。だからこそ、私は君を助けたいと思っている。ショーン・ハリューという人間から」
私はいま、ちゃんと表情を隠せただろうか。
そして私は確信する。やはり、この者の言う呪縛など、私にはかけられていないのだと。
「そうですか……。あなたのところの――……なんと呼べば満足なのか……、
「ああ。
「そうですか……。であるならば、その
さて、ここからさらに情報を得る為には、どう質問をするべきだろう……? こんなとき、我が弟であればどのように相手の手札を透かすのだろうか……?
「グラ殿、ショーン・ハリューを信用するな。奴らは所詮、人間だ。我らとは違う、地上生命だ。その価値基準はどうしても地上のそれであり、どうしようもなく日の当たる場所を目指し、他者からの評価を望む。孤高たる我らダンジョンコアとは、どこまでいっても相容れない」
「あなたがそれを言いますか……」
私は鞘と
しかしまぁ、以前に比べれば随分と我慢できるようになったと自負している。この私が、ショーンに対する侮辱ともとれる言葉を、何度もスルーできたのだから。無論、それが多大なストレスを伴う行為であったのは、言うまでもない。
そしてわかった。あらためて認識した。私の弟が、私にとって最高の存在であると。
ドサリと、思い出したようになにかが倒れる音を背に、私は我がダンジョンを攻略せんと目論む人間どもの元へと戻る。ショーンの思惑を実現せんが為に。
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