第26話 なんだかんだ、名前をちゃんと覚えるのって、二、三回目に会ったときだよね?
「なにがあったのでしょう。騒がしいですね?」
僕は資料室の老婦人に、ギルドの喧騒について訊ねた。
「そうですわねぇ……。少々騒がしすぎます。見慣れぬモンスターでも発見されたのでしょうか……」
「見慣れぬモンスターですか?」
「ええ。普段はこの辺りに出没しないモンスターなどが目撃されると、それは新たなダンジョンが生まれた可能性なのではないかと、騒ぎになるのです」
「なるほど。ダンジョンが小規模な内に発見して、討伐する為ですね?」
「ええ。ですが、それにしては騒ぎが大きすぎる気もしますが……」
まぁ、たぶんその予想は外れてるからね。それにしてもなるほど、面白い情報だ。
バタバタと騒々しく駆け回ったり、声を掛け合ったりしているギルド職員の騒音が、ギルド全体に波及しつつある。
「なにかあったのかしら……?」
いよいよ異常を感じたのか、不安そうに老婦人が顔を曇らせる。
「僕が聞いてきましょうか? あなたは、僕のような部外者を残して、資料室を離れられないでしょう?」
「うーん……。お願いできる?」
「ええ、あの騒ぎは、僕も気になりますから」
そう言って、資料室をあとにした僕は、誰か手頃のな人間はいないかとギルド内を歩き回った。だが、残念ながらギルドにおける顔見知りと呼べる存在は、セイブンさんとあの老婦人だけだ。しかも、老婦人に関しては、名前を覚えてない程度の関係でしかない。
初対面のとき自己紹介はされたんだけど、人の名前とか一回で覚えらんないんだよね……。
セイブンさんは今日休みだというし、どうしようか……。見るからに忙しそうに動き回る職員たちを捕まえて事情を訊ねるのは、それなりの覚悟がいる。「見てわかんねんのか、忙しいんだよ!」と言われたら、見てわかるとしか答えようがないからだ。
あ、あんなところに、今朝悲鳴をあげた受付嬢がいる。そういえばあの子、一昨日グラが冒険者に絡まれたとき、なんの役にも立たなかった受付嬢だったな。
「ねえ、これなんの騒ぎ?」
「それがさそれがさ、なんでも町ゃぁああああ!?」
受付嬢が、まるで北斗神拳でも打ち込みかねない悲鳴をあげ、近くにいた職員たちがいっせいにこちらを見る。ピリピリとした職員たちが、無言で放つ視線の刃に滅多刺しされて、受付嬢は「えぅ」とか「ぁう」とか呻いたのち、「お騒がせして申し訳ありません……」と頭を下げた。
まったく、この受付嬢はもう少し、落ち着きというものを持つべきだろう。そうすれば、アドリブにも幅ができるはずだ。
「それで、この騒ぎはなに?」
「は、はい。あの、なんでも、町の中にダンジョンが発見されたとの事で……」
「どこに?」
「聞いた話では、下水道らしいです。いま、中級冒険者のパーティが、詳しいところを調べに向かっています」
「なるほど。それで、この騒ぎってわけか」
「そりゃそうですよ! 町の中にダンジョンが出現するなんて、ニスティス大迷宮みたいなものじゃないですか!? 私もあなたも、死んじゃいますよ!?」
「へぇ、ニスティス大迷宮って、そんなに有名なんですか?」
「へぁ? え、ええ。勿論です。子供の頃なんか、悪い事すると、ニスティスの都みたいに、そこにダンジョンができて、すべてを呑み込んでしまうんだよって、よく脅かされました。ショーンさんは聞いた事ありません?」
「ないですねえ。船で岩礁に置き去りにされた事ならありますが」
「ええ……」
あれはたしか、親父が大切にしていた母さんのコンサートのチケットを、間違って破っちゃったときだ。それを隠してたのがバレて、翌日の漁の間、海のど真ん中に放置されたのだ。
数少ない嫁との逢瀬を邪魔されたからって、子供を島とも呼べない岩礁に置き去りにすんなよとは思う。立派な児童虐待だ。
大海原に小さな岩がポツンとあり、そこにさらにポツンと佇む自分。世界の広さと自分の矮小さを思い知らされる、覚えている限りでは最高に怖い思い出だ。
あとで聞いたら、親父たち漁師の間では、悪い事をした子供は、最初はみんなあそこに連れていかれるらしい。おかしな風習だ。そのうちみんな慣れて反省しなくなるし、やっぱり危ないので最初だけなんだとか。
はぁ、このときの恐怖をきちんと覚えとけば、海辺で寝こけるなんて迂闊な事はしなかっただろうに……。
いや、いまはそんな話をしているのではない。
「それよりも、新しいダンジョンについてわかっている事は?」
「え!? い、いえ、特には……。なにしろ、突然の話でしたから。セイブンさんたち【
「なるほど……」
冒険者パーティ【
ただそれも、正しい現状認識があったればこそだ。相手が、できたての小規模ダンジョンだと認識したままでは、おそらく計画は失敗する。
小規模ダンジョンの攻略と、中規模ダンジョンの攻略では、かける費用も人員も時間も、まったく違ってくるからだ。いかな【
うーん、どうするか……。
上手く人間を利用し、バスガルのダンジョンから身を守れるなら、こちらがモンスターを作り出す必要はなくなるかも知れない。だがそれには、正確な情報が必須となる。
ふぅむ……。仕方ないか……。
「ねえ、お姉さん」
「は、はいっ!?」
「ちょっと、伝言を頼みたい相手がいるんだけど……」
「で、伝言?」
「家主から泥棒へ、ちょっとした頼み事があるから、ってね」
「は、はぁ。ショーンさん、泥棒とお知り合いなんですか?」
「どちらかというと、こっちからはコンタクト取れないから、ギルドを通じて呼び出したいって話なんだけどね」
「ギ、ギルドに泥棒との繋がりなんて、ありませんよ!?」
それはどうだろう。冒険者の中に、強盗や泥棒が混じっているという事実を、僕はいやというほど知っている。
その後、伝言する相手の名前を告げると、受付嬢は首を傾げつつそれを了承してくれた。これ以上彼女から得られる情報もないと、僕は資料室に戻って老婦人に事情を伝える。
彼女もおおいに慌てていたが、残念ながら資料室の司書にこの事態に対応する能力はないだろう。せいぜい、関連のありそうな資料をあらかじめピックアップしておくくらいだ。
そこは僕も手伝おう。バスガルに対応する一助になるだろうしね。
さぁ、それじゃあいよいよ、応戦の準備を整えようか。
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