第27話 ざっくりとした作戦概要

 冒険者ギルドから帰還した僕は、地下の研究室でグラと話し合っていた。


「モンスターを作るか否か、この話し合いで決めてしまおう」

「そうですね。ショーンはあまり作りたくないようですが?」

「まぁね」


 ハッキリ言って、長期的な観点で見ればバスガルと人間、どちらが厄介な敵かと考えれば、それは当然人間だ。人間の有する社会性という武器は、一個のダンジョンで相手にするには、荷が勝ちすぎる。ある程度長期のスパンで、計画的に、集団でダンジョンを討伐にかかる点は、堅実すぎて逆に攻略する方法が思い付かない。

 なので、やはり人間に発見されるリスクというものは、できるだけ下げておきたいのだ。

 だが当然、バスガルという差し迫った危機を軽視するわけにはいかない。


「なので、僕は今回に限り、人間の側について、バスガルのダンジョンコアを討伐したいと思っている。どうだろう?」

「……そうですね……。それがよろしいかと」

「え? いいの?」


 正直、ここで肯定されるとは思っていなかったので、かなり意表を突かれた。


「我々に、なりふり構っていられるような余裕はありません。相手は長い間地上生命を退けてきた、中規模ダンジョン。我々は生まれたばかりの小規模ダンジョン。向こうは多くのモンスターを有し、こちらは一体もいない。戦況は圧倒的に、我々に不利です」

「そうだね」


 そうやって、改めて状況を整理されると、絶望的な状況が浮き彫りになるなぁ……。これ、やっぱりモンスター使わずに戦うのって、無謀じゃない? 長期スパンとか言ってないで、眼前の危機にもっと全力で取り組むべきじゃないって気になってくる。

 だがどうやら、グラは真逆の考えらしい。


「ただでさえ圧倒的な実力差がある相手です。付け焼刃でモンスターを生み出す正攻法を用いても、戦況を覆せるとは思えません。ですが、私にはその、ダンジョンとしての正攻法以外に、有効な戦法を思い付けませんでした。ですから、ショーンが必死になって考えてくれたその案に、私も賛同します」

「いいの? 人間に味方して、ダンジョンを討つって計画なんだよ?」

「心情的にしこりがないといえば噓になります。ですが、実情として我々は存亡の危機なのです。この期に及んで地上生命の手を借りるのは嫌だなどとワガママを言う方が、矜持に悖る所業でしょう」

「……そっか」


 きっと、口にしなかった思いがいくつもあったのだろう。あれだけ地上生命を敵視しているグラが、すんなりとこの案を受け入れたとは思いづらい。おそらくは、ある程度僕の考えを読んだうえで、心の準備を整えてくれていたのだろう。

 ならば僕は、その覚悟に見合った策を献上せねばならない。僕は椅子に浅くかけ直すと、グラに向かって話し始めた。


「まず、僕らとバスガルの間には、十日の準備期間が設けられている」

「そうですね」

「だがそれは、あくまでも僕らとバスガルの間に取り交わされた約束だ。つまり、人間の冒険者たちには、関係がない」

「……まさか……」

「うん。その十日の間に、バスガルを侵攻する。できれば、開戦までに倒したいけど、まぁ、中規模ダンジョンを十日で踏破するのは無理そうだから、一ヶ月くらいで討伐したいかな、って」

「…………」


 流石に呆れたのか、グラが天井を仰いで黙ってしまった。

 まぁ、仕方ないよな。なにせ、ギギさんの行った昨日の堂々たる宣戦布告を、真っ向から踏み躙るようなやり方だ。


「これから十日の間、バスガルには多くの冒険者が侵入するだろう。その冒険者に対抗する為、向こうは侵略どころじゃなくなる」

「もしかしたら、向こうからなにかしらの接触なり、苦情が入るかも知れませんよ? 尋常の決闘に余人が入り込むのは、無粋ですから」


 勿論、その場合も考慮している。


「そのときは、全部人間のせいって事にしちゃえばいいよ。こっちは冒険者の動きには一切関知していない、こちらも日々冒険者に対処しつつ、応戦の準備をしているのだから立場は同じだ、ってね」


 既に、下水道に新たなダンジョンが発生している事は、ギルドに伝わっている。だったら、僕らはそこに便乗し、ダンジョン討伐に助勢すればいい。

 いま必須なのは、できたての小規模ダンジョンだと思っているであろうギルドの認識を、いかに早期の段階で、自然に是正するかだ。まぁその点にも、既に布石は打った。


「もし僕がいないタイミングで、向こうからの使者がきたら、グラが対応してくれる? 立地的に、下水道は人が入り放題で防衛構造が皆無だから、多くの人間に発見されやすい。だから僕らは、開口部を狭くする事で、侵入者の数を絞っているってとこまでは伝えて大丈夫だから」

「なるほど。もしかしたら、開戦の延期を申し出てくるかも知れませんね」

「まぁ、そうなったら上々だけど、たぶん無理だね」

「そうですね。向こうは向こうで、逼迫しているのですから……」


 バスガルの詳しい攻略情報は、資料室で集められるだけ集め、頭にインプットして帰ってきた。それを書き起こした書類を眺め、グラがため息を吐く。たぶん、バスガルに感情移入して、その徹底した人間のやり口に、辟易としているのだろう。

 バスガルのダンジョンに対しては、ここ数年六級以上の冒険者しか、侵入を許されていない。七級冒険者は、とりあえず下級冒険者から脱却したというだけの、チンピラ紛いもまだ多い為、統率に難がある。六級にもそれなりに、そんな人材はいるのだが、七級に比べれば格段に少なくなる。

 六、五級の冒険者が、慎重かつ着実にモンスターを狩り、その魔石を奪取していくとなれば、バスガルの困窮も無理はない。一人を倒す間に、それ以上にDPを消費していれば、いずれは枯渇する。人一人のDP量は個人差が大きいので一概には言えないが、これまで僕らの糧になった人間から得られたのは、健康状態のいいゴロツキがだいたい平均二〇〇KDP、健康状態の悪い奴隷や浮浪者が五〇~一〇〇KDPくらいだった。

 最高値は冒険者の中にいた六〇〇KDPなので、もしかしたら一MDPを超えるような実力者もいるのかも知れない。

 モンスターを作り出す際に消費するDPはその強さによってまちまちだが、ネズミ系の弱いモンスターは一体あたり約五〇〇DPで、倒された際に魔石を除いて還元されるDPがだいたい二〇〇前後。モンスターを倒され、魔石を回収されると、かけた DPの半分が消えてしまうという事だ。

 つまり、モンスター八〇〇体を倒される間に、人間一人を殺さないとDP的には赤字なのだ。勿論、人間がダンジョン内で流血、発汗、排泄、部位欠損したり、生命力や魔力の理を用いてエネルギーを外部に発散したりすれば、その分もダンジョンは糧にできる。しかし、それで得られるエネルギーは微々たるものなのだ。

 ネズミ系モンスターだけでダンジョンを作っていれば、八〇〇匹殺される間に一人殺すというのは、無茶なノルマといっていいだろう。勿論、だからこそ多様なモンスターを配置し、数と種類で人間の対応能力を超える波状攻撃を仕掛けるのが、ダンジョンの戦い方ではある。だが、その為にもやはり、多くのDPを要すのだ。

 しかも、堅実な冒険者は、名前に反して危険を冒さない。自らの実力に見合った領域まで進んだら、そこで適度にモンスターを狩って引き上げるのを繰り返す。これが本当に、ダンジョンからすれば厄介なのだ。

 もっと、功名心に逸るなり利益に目が眩むなりして、無謀な行動をしてくれないと、ダンジョン的には全然美味しくないのだ。


……うん? あれ? いまなんか、ちょっと思い付きかけたんだけど、緊急事態の方に気を取られて引っ込んじゃったな。


 グラが人間に抱く恐怖心というのは、きっと僕が軍隊アリとかに抱く恐怖心に近いものがあるのだろう。それが、意志をもって自分に襲い掛かってくるというのだから、恐怖心も一入だ。


『旦那! ショーンさぁん! 昨日約束した、奴隷商に顔を出すって約束、忘れてんじゃないでしょうね!?』


 伝声管から聞こえてきた、ジーガの声に僕は慌てて席を立った。完全に忘れてた。


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