第28話 小さな商家の冴えないおじさん
「面倒な……」
僕とジーガは、連れ立って町を歩く。本来なら馬車を呼ぶところだと言われたが、呼んでいる時間が勿体ないので徒歩で向かっている。これ以上面倒事を重ねられると、こちらとしてもタスクオーバーですっぽかしかねない。
そういえば、壁外にでるという予定も、時期未定のまま先延ばしになっている……。この状況じゃ仕方ないともいえるが、僕らのダンジョンが糧を得る為には必要な行動なのだ。どこかで暇を見付けて、外部で糧を得る手段を模索しないといけない。
「そう言わんでくれよ。ショーンさんの手を煩わせるのは悪いとは思うが、こっちとしても【鉄幻爪】シリーズの新展開で、書き入れどきなんだ。できるだけ早く、家事に関する業務を引き継いじまいたいんだよ」
「別に腐る商品でもないんだし、商売はあとに回してゆっくりやれば?」
「なにいってんだ!? 勝機ってなぁ、一度逃がしたら帰ってこねえんだよ! 幸運の神には髭はあっても、髪は残ってねえんだ!」
それはまた、ひどい言い回しだ……。いやまぁ、地球の『幸運の女神に後ろ髪はない』ってのも、どうかと思うけどさ。あったら引っ張んの? 女神さまの後ろ髪をさ。
「はいはい。でもホント、ちゃっちゃとすますよ? 聞いてるかも知れないけど、いまこの町はダンジョンが見付かって、てんやわんやの大騒ぎなんだ。僕だって、いろいろと動かないといけない」
「ああ、なんかそうらしいな……。なぁ、逃げなくて大丈夫か? いまのウチなら、他所でもやっていけるだけの財はある。ここがニスティスの悪夢の再来になる危険があるなら、とっとととんずらこいて再起を図った方が無難じゃねえか?」
「逃げる、か……」
ぶっちゃけ、いまならその選択もアリだ。現在の僕らのダンジョンを放棄し、別の場所で再起を図る。保有しているDP的に、一からの再出発にはなるが、最悪の可能性を考えると、それも悪くないように思える。
まぁ、いまと同規模のダンジョンを作る為に必要な命の量を考えれば、新天地を探すという行為は、軽々に行えるものではないとわかる。これまでに犠牲になったものをすべて、捨ててしまうというのも憚られる。
勿論、いざとなればそうせざるを得ないだろうが……。
「ひとまず、冒険者ギルドのお手並みを拝見させてもらってからだね。なんなら、逃げ出した商人の後釜を狙ってもいいよ? もし事態が終息したら、この町に確固たる足場を築けるんじゃない?」
「ううむ……。流石に資金力が足りねえなぁ……。でも、カベラ商業ギルドを巻き込んで大々的にやれれば……。でもなぁ、博打になるからなぁ……」
「ま、商売に関しちゃ、全部ジーガに任せるから、好きにやっていいよ。資金も好きに使っていい」
「移転費用が足りなくなって、逃げ遅れるかも知れねえぞ……?」
「そのときはまぁ、着の身着のまま逃げればいいさ。大丈夫。裸一貫からここまでくるのに、そう時間はかからなかった。商売に関しちゃ、やり直すのは簡単だよ」
文字通りの意味で、僕は裸一貫無一文から、いまでは屋敷持ちの小金持ちに成りあがった。まぁ屋敷は、ウル・ロッドファミリーからのもらいものだし、権利関係がどうなってるのかいまだに知らないけど、そこそこ儲けているのは事実だ。
むしろ、ダンジョンの方が潰しが利かず、問題なのだ……。
「ま、あんたに言われちゃ、商人も形なしだな……。いや、肩身が狭ぇのは、職人連中かな?」
「どっちも、僕の本業じゃない。お株を奪うつもりはないから、さっさと真似して、僕の負担を減らしてほしいね」
「はぁ……。勿体ねえ。あんたにその気がありゃあ、すぐにでもこの町の筆頭商人にもなれようってのになぁ……」
そう言って嘆くジーガ。まぁ、なにせ裏社会に顔が利くしね。
ただそうなると、アルタンの町における、悪の二大巨頭として名が売れそうで、ちょっと嫌なんだよねぇ……。アルバン? アーバンだったかの後釜についちゃう感じで。いまですら、アンタッチャブルとして遠巻きにされてるってのに、そんな立場はごめんだよ。
「ついたぜ、まずはここだ」
ジーガに案内されてたどり着いたのは、奴隷商という言葉から受ける印象とは真逆の、小奇麗で小ぢんまりとした商家だった。
「思ったよりも小さいな……」
思わず零れた僕の言葉に、ジーガが苦笑する。
「これでも、いまのこの町では最大の奴隷商だぜ。それだけ、アーベンの野郎が幅を利かせてたって証拠だけどな。ま、この町にはここ含めて、三件くらいしか奴隷商はない。いまはそこに、キャパシティギリギリまで奴隷が収容されている。どこも、さっさと手放したくて仕方ねえのさ」
なるほどねえ。収容限界人数まで奴隷を抱え込んだら、それだけ維持管理の費用もかさむ。さらには、新たな商品を仕入れる余裕がなくなる。奴隷商的には、さっさと在庫を片付けて、新たな商品の仕入れと販売にこぎ着けたい。だから、いまが買いどきという事だ。
「ジーガのそういう、機を見るに敏なところ、嫌いじゃないよ」
「へっ。よせやい、照れるじゃねえか」
おっさんの照れ顔とか、誰得だよ。
僕が頬を掻くジーガから顔を背けてため息を吐いたタイミングで、その小さな商家の扉が開かれた。奥には、小太りなのに頬がこけた、実に不健康そうな男がいた。
なんていうか、商売には詳しくないけど、この店員第一印象だけで、この店ダメなんじゃない? って思うくらいには、くたびれ果てたおじさんだった。
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