第29話 ファンタジーの住人
「いらっしゃいませ。当ブルネン商会の会頭、アッセと申します。本日はご来店、誠にありがとうございます」
げ……。店員じゃなく、店長だったよ。ますます、ダメな店って感じが……。
「アッセさん、予め前触れが書面で伝えたとは思うが、我が主人は家周りの雑役をこなす人材を求めている。見合った人材は揃えているかな?」
僕の代わりに、ジーガがアッセとかいう幸薄そうな商会長と話してくれる。僕はこのまま「よきに図らえ」と言っていればいいのだ。……ねえ、これ僕いる?
「勿論でございますとも! 当商会で揃えられる最高の人材を揃えましたとも!」
「いや、そういう選りすぐりの人材を求めてるんじゃない。最低限の雑役をこなせて、なによりも家に入れてもいいと信用をおける奴隷が欲しいんだ」
「そ、そうですね。ええ、ええ。大丈夫です。抜かりはありませんとも! 必ずや、ご満足いただける人材をご覧に入れて見せますとも!」
ホント、大丈夫なのこの人……? 絶対、予め伝えていた要望と、違う商品取り揃えてたよ?
疲れ切った小太り中年男に案内されつつ、僕は不安な視線をジーガに送る。ジーガもまた、気まずげに視線を逸らした。どうやら、彼にとってもあの商会長は商売相手としては、不足らしい。
清潔感はあるものの、どうにも調度が古ぼけている印象のある部屋に通されて、アッセと僕らは向かい合って席に着いた。商談開始というわけだ。不安だなぁ……。
「家中の雑役を担う人材をお求めとの事でしたが、具体的にはどのような仕事を任せるおつもりでしょう?」
「掃除、洗濯、使いっ走り、その他諸々の雑用だな。料理はできなくてもいい。読み書きもできなくていい。とはいえ、能力そのものはこの際どうでもいい。いまできずとも、教え込めばなんとでもなる。主人が求めているのは、主家の不利益になるような振る舞いをしない、篤実な人間だ」
「当商会に、主人に不実を働くような奴隷はおりませんとも!」
「こちらとしても、その言が正しい事を願っている」
どうやら、奴隷の質には自信があるらしく、ジーガの言葉にハッキリとした口調で言い返すアッセ。ふぅむ。なんというか、やはり奴隷商というには、毒が薄すぎないかこの人。その職に偏見があるから、そう思うのだろうか?
そんなやりとりをしていたら、コンコンと扉がノックされる。アッセが応答すると、扉の向こうから低い声音が返ってくる。
「会長、奴隷を連れて参りました」
扉越しだというのに、結構な美声だとわかった。渋みのあるバリトンボイスである。
「番頭です。入れ」
「失礼いたします」
先頭で入ってきたのは、色の黒い、鋭い目つきの男。四十代前半くらいだろうか。いや、三十代でもおかしくないな。痩せてはいるものの、そこに頼りなさはない。適度に引き締まっているというべきか。
こちらに向けて深々と一礼すると、奴隷を連れて入室してきた。洗練された立ち居振る舞いといい、自信の窺える表情といい、こちらの方がアッセよりも頼りになりそうだ。
「雑役奴隷をお求めとの事でしたので、健康状態に問題がなく、性格に難のない者を順に連れて参りました。特に教育などは施されておりませんが、その分お求めやすくなっております」
「いまのアルタンは奴隷あまりの状態だからな、それも加味した値段か?」
「勿論でございます」
「ふむ、専門技能を有する人材も揃っているのだな?」
「勿論でございます。ご要望であれば、ご覧いただけますが、いかがいたしましょう?」
「いや、いまはいい。まずは雑役奴隷を見せてくれ」
「かしこまりました」
ジーガとの応答にも淀みなく答えており、まさにデキる男といった風情だ。どうやらこの商会は、会長ではなく番頭の腕でもって切り盛りされているらしい。ジーガも安心したような顔つきである。
そんな事よりも、僕はその番頭がゾロゾロと連れてきた、十数人の奴隷のうちの一人に、目が釘付けになっていた。
色黒な肌に、黒々とした髪と髭。身長は、子供の僕よりもさらに低い、しかしがっしりとした体付きは、僕などよりもはるかにパワーを秘めているのだと雄弁に物語るマッシブな代物。そんな、ともすれば威圧的にも思える風貌ながら、短足なせいで歩くとチョコチョコという擬音を付けたくなるコミカルさ。
そう、これは——ドワーフだ。
ザ・ファンタジーとでもいうべき人種。これまで町で見かけたのは、人間だけだった。だから、こういう人種的なファンタジー要素はないものだと思っていた。
しかし、彼はどう見てもドワーフ。ファンタジーものでは、いつも武器ばっか作っている小さなおっさんだ。
うわ、なんかちょっと感動。リアルで見ると、本当にちっさいなぁ。
「その者がお気に障りましたでしょうか?」
他に連れてこられた者を無視して、ドワーフばかり注視していた僕に、番頭の人が話しかけてきた。抜け目なく、僕の方にも注意を配るあたり、やはりデキる男だな、この番頭。
「いや、気に障ったりなんかしないさ。初めて見たのでね、ちょっと興味深かった」
「
「そうだね、ちょっと気になるし、聞いておこうか」
「かしこまりました」
番頭の説明を要約すると、鉱人族は元来、地中に住まう種族であるらしい。さっきチラリと名前が出た国、ジグ・ドリュッセン帝国は、鉱人族が興した国で、その大部分は山中の地中に存在するとか。地上にある人間の町の方が、他国との繋がりを保つために、後付けで作られた代物らしい。
そういえば僕、この国の名前も知らないな。別にいいけど。
鉱石の扱いに長け、また物作りにおいては、小人族と覇を競う間柄。つまり手先が器用な人種らしい。力も強く、戦士としての適性も高い。また土系統の【魔術】においても造詣が深く、嘘か真か、土妖精ノームの末裔だとか。
こう表現されると万能っぽいが、手先の器用さには個人差があり、パワーはあっても身長と脚の長さがネックとなって、戦士としての使い所は限られる。【魔術】に関しても、きちんと学ばなければ使えない。
眼前のドワーフは、職人になれる程器用ではなく、【魔術】も未履修。故郷であるジグ・ドリュッセン帝国を飛び出し、冒険者になって大陸を旅していたのだが、戦士としても際立った働きはできず、ひょんな事から身を持ち崩して奴隷落ちしたらしい。
うん、普通。よかったよ、そこに変なドラマとかなくて。そういうのに関わるつもりはないけど、なにか深い事情があってやむにやまれず奴隷落ちしたとかだったら大変だった。見て見ぬフリするのも寝覚めが悪いというのに、関わるとガッツリ時間を食われそうだからね。
うん、普通に奴隷落ちした人で良かった。いや、当人からしたら、全然良くはないんだろうが……。
「鉱人族は小人とは違うのかい?」
「鉱人族は、一応妖精族と呼ばれております。口さがない者は、亜人種などとも呼びますが……。小人は人類の一種ですね。この国にも、小人族はたくさん住んでおりますよ」
との事らしい。この分だと、巨人族もいるな。あと、ドワーフがいるなら、エルフもいそうだ。妖精族って事は、ゴブリンやコボルトはどういう扱いなんだろう? 僕、ダンジョンでゴブリンをモンスターとして作っちゃったんだけど……。
ただし、番頭さんが言うには、他の種族は他の種族の領域に、滅多に現れないらしい。大陸の分布的には人類が一番幅を利かせているようだが、人類が滅多に訪れない秘境や、鉱人族のような地中に、妖精族は住んでいるらしい。
あれ? もしかして
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