第30話 購入完了

「ショーンさん、そいつを買うんですか?」


 番頭と話し合っていたら、ジーガが商人モードで話しかけてきた。


「え? いや、別にそんなつもりは……あ、いや、そうだね。なにかの縁かも知れないし、一人はこの人にして」

「了解です。他は、俺が決めてもよろしいので?」

「勿論、万事ジーガに任せるよ。変に口出ししてしまって、悪かったね」

「いえ、ショーンさんの奴隷になる者らですからね、あなたの意向が最優先ですよ」


 ジーガがそう言って肩をすくめた途端、奴隷たちの視線が僕に集中した。

 これまでは、ジーガの小間使い的なポジションだと思われていたのか、あからさまに無視されているわけではなかったのだが、どこか二の次として見られていた。それが、まさかのジーガの主人という事で、アピールの熱視線が飛んでくるようになったのだ。

 面倒なので、ターゲットはジーガに固定させよう。


「ここでは、何人くらい雇う予定なの?」

「このブルネン商会では五人程。他二つの商会で、二、三人といったところでしょうか」

「全部で十人程度?」


 よりいっそう、僕に視線が集中する。それだけ、このまま不良在庫の身分に、危機感を覚えているのだろう。とはいえ、僕が養える奴隷にだって限界はある。それは、ここの奴隷商よりも小さなキャパなのだ。


「その予定です。できれば、使用人の統括を担う、家令を任せられる人材も買いたいのですが、専門の技能を有する奴隷は高いですからね……。しばらくはこのまま、俺がやってもいいですし、財布と相談して決めますよ」


 それは、さっき言っていた専門技能を有する人材ってヤツか。まぁ、そこは執事であるジーガの領分だ、僕が口出しするような事でもないので任せよう。


「だったら、それらとは別に、ジーガ直属の部下として、君所有の奴隷も一人買っておいて」

「は? いや、俺は別に必要ないですよ?」

「商売に精をだすなら、人手はないよりあった方がいいでしょ。後任を育てるって意味もあるし、なんならそこも専門技能を有する人材を買っていいから」

「うーん……。技能を持ってる奴隷って、高いんですよね……。だったら、一から教え込んだ方が……」

「ジーガ様、当方には読み書き計算を覚えた、十代前半の奴隷もおりますよ? 後任の育成であれば、だいぶ手間が省けるかと」


 僕らの会話に、自然なタイミングで割って入った番頭さん。会話を遮らない、絶妙なセールストークだ。


「え? あ、そうか、ここはブルネン商会だったな……。ただなぁ、そんな技能持ちで若い奴隷なんて、高いだろ?」

「そこはもう、噂のハリュー家の御当主であるショーン様と、執事であるジーガ様との面識を得られた点を考慮して、勉強させていただきますとも」

「う、うーん……」


 ビジネススマイルなんてスキルを取る代わりに、商才スキルに全ブッパしましたとでも言わんばかりの鉄面皮で、絶妙にジーガのウィークポイントを突いてくる番頭さん。鋭い目付きが、まるで猛禽のようにジーガをロックオンしている。

 無事、ヘイトはあっちに移ったな。あとはもう、二人に任せてしまおう。


 僕は席につき、すっかり蚊帳の外におかれていたアッセと、世間話に興じる。やっぱり、話題は町のなかにできたダンジョンの件が多かった。

 そのできたてのダンジョンを討伐する為に、ダンジョン奴隷を用いるのではないかと、気が気ではなかったらしい。自分が世話した奴隷たちが、消耗品のように扱われて死んでいくのは忍びないと、気に病んでいるようだ。昨日から一睡もできず、食事も喉を通らない有り様なんだとか。

 つくづく、なんで奴隷商人なんかやってんだろ、この人。

 さらに話を聞けば、このブルネン商会では、本来は商家の丁稚なんかを任せるような奴隷を売っていたらしい。

 しっかりと読み書き計算を覚えさせ、買われた商家の為に存分に働き、ゆくゆくは奴隷解放、手にガッチリ職を付けての自立を目標にしているんだとか。まさに、いまジーガに買わせようとしている人材こそが、この商会のメイン商材だったらしい。

 だがしかし、いまはアードン——いや絶対違うな、なんだっけ? アーなんとかの奴隷商の在庫を大量に抱え込む事になり、収容人数は限界ギリギリ、とても教育まで手が回らない状況らしい。

 当然ながらアーなんとかの商品は、ここブルネン商会の奴隷とは違い、専門技能と呼べるものはない。元来、教育というものには手間も費用もかかるもので、これだけの人数に満遍なく施すのは不可能なんだと、気落ちしながら伝えられた。

 維持管理費はかさみ続け、いずれは維持費が売値を超えかねない。最終的には、在庫を処理する為に二束三文で売り払わなければならない。そうなれば、果ては鉱山奴隷か、ダンジョン奴隷……。

 アッセは、同じ人間をこのようにぞんざいに扱ってもいいものかと、良心の呵責に苛まれているようだ。どうやらこのアッセ、というかブルネン商会といいうのは、僕の考える奴隷商というよりも、人材育成学校のようなものだったらしい。

 そりゃ、毒がないわけだ。この人、奴隷商というよりも、校長先生なんだもん。商会の切り盛りそのものは、ほとんど番頭が担っており、当人は奴隷たちの教育に注力しているらしい。

 そう考えれば、最初の売り文句にも納得だ。本来この商会では、今日僕らが求めるような、安く、なにもできない奴隷は扱っていなかった。もっと手を加え、付加価値を付けた商品を扱う、いわば高級店だったのだ。

 それはいってしまえば、八百屋とレストランくらいに違うものだ。きちんと調理して、教養という味を付けた野菜と、まだ土の付いた生の野菜では、価値もターゲットである購買層も全然違う。

 ただ、それにしては、ずいぶんと古ぼけた内装だ。どうやら、この町最大手だったアーなんとかのせいで、商いはそれ程好調じゃなかったらしい。


 しっかし、このアッセという人物は、一般的には好人物と呼べる人格をしているようだが、だからって奴隷たちの未来を悲観して、ここまで憔悴するのは、やっぱり商人としてどうかと思う。アッセがどれだけ気疲れしたところで、奴隷たちの未来が拓けるわけでもない。

 どうせなら、その大量にダブついている人材を活かした、新しい商売でも始めればいいのだ。その方が、ただ気に病むよりも余程建設的だろう。

 あるいは、とっとと解放してしまえばいい。元々はアーなんとかの商品なんだから、懐が痛むわけでもなかろうに。いやまぁ、ただの奴隷を大量に解放したって、その境遇はより惨めなものになる可能性は高いが……。

 そんな事を、お茶を飲みながらした会話で思った。総評として、僕、やっぱりこのアッセというおっさん、好きじゃない。優しいんだろうけど、ウジウジしてて、行動力に欠ける。悩むだけで、なにもしてないじゃんと思ってしまう。


「ショーンさん」

「お? 選び終わった?」

「はい。家令を任せられそうな人材を一人、雑役奴隷が五人、俺の専属奴隷が一人です」

「そう。じゃあ、行こうか」

「はい」


 使った費用は、金貨でだいたい一八二枚。かなりの出費だが、その大部分がジーガの専属と家令の技能を有する高級奴隷であり、それ以外の奴隷の値段は金貨で三〇枚に届かない。

 なんだかなぁ。これまでの一月の【鉄幻爪】の売り上げとほぼ同額で、八人の人間が売買されるというのは、元人間としてはどうかと思う。


「予定外の出費が痛かったですね……。なにが勉強だってんだ」

「その分は、僕が【鉄幻爪】を作ってもいい。買い手はまだいるんだろ?」

「そうですね。ただ、ショーンさんの作る、護身用のものの需要は、少し減りそうです」


 ふむ。やはり、装飾品としての需要は結構あるらしい。今後は、グラの作るそっちがメインの商品になりそうだ。とはいえ、こっちの需要がなくなったわけでもないだろう。

 まぁ、別に他に稼ぐアテがないわけじゃない。【鉄幻爪】シリーズが売れるなら、いまの僕に作れる程度のマジックアイテムにも需要は十分にあるだろう。


 その後、二軒の奴隷商から、つつがなく奴隷を身請けして、本日の奴隷商巡りはおしまいだ。なお、最初のブルネン商会で買った鉱人族の他に、小人族と獣人族という、ファンタジー人種がメンバーに追加された。それ以外は、普通の人間の奴隷である。

 ジブラス商会は農奴なんかをメインに扱っていたらしく、今回のアーなんとかの騒動でも、買い手には困っていなかったようだ。ここからは一人だけ買った。

 もう一方のイシュマリア商会は、ブルネン商会と同じく在庫の処理に困っていた。まぁ、イシュマリア商会は普通の奴隷売買というよりも、言葉は悪いが女衒のような商売をしている商会だった。身売りされた村娘なんかを、いろいろと教育してから、娼館なんかに卸していたようだ。

 なお、最初のブルネン商会と同じく、このイシュマリア商会でも、本来の商材の売り込みがあった。まぁ、そういう人材だ。

 残念ながら、今回の奴隷商巡りの目的にはそぐわず、またブルネン商会でそれなりに散財していた為、財布に余裕がなく諦めたが。

 うん、イシュマリア商会では、なかなかいいものが拝めた……。


 僕とジーガは、二人して鼻の下を伸ばしながら、帰路についた。



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