第31話 隠し通路
買った奴隷は全部で十人。ジーガの専属が一人、家令が一人、
正直、黒豹のアルビノ少女は、衝動買いが過ぎたかと思う。いやだって、レアってそれだけで欲しくなるじゃん? まぁ、レアはレアでも、迫害されて集落を追い出される系の特異さであり、その辺を考慮して売値もめちゃめちゃ安かった。
じゃあなにが問題かといえば、それなりにストーリーを背負ってそうなところなんだよなぁ……。関わりたくない……。
黒豹の獣人の集落に生まれた、アルビノ少女。波乱万丈の末に、奴隷として売られる。ドラマや漫画なら、かなり心惹かれる導入だが、いまは復讐譚にも成り上がりストーリーにも、関わっていられるような余裕はない。
どうしても劇的な人生を送りたいなら、奴隷から解放されたあとで、僕と関わりのないところでやって欲しい。
ひとまず屋敷についた僕とジーガは、奴隷たちを屋内に案内する。
我が家は、エントランスからして、少々変わった作りになっている。なにせ、玄関を開けてまず目に付くのが、閉ざされた大きな鉄扉だ。重厚なその扉には、数多の骸骨、インプのような羽悪魔、それらが見下ろす先で苦悩にあえぐ人々が炎に炙られている様が、実におどろおどろしく描かれている。ロダンのあれとは違うが、まさしく【地獄門】といった雰囲気だ。考える人はいないが。
そして、扉のある床にはダンテの名文が刻まれており、見る者の恐怖心を否応なく煽る仕様になっている。その先にあるのは、多くのマフィアたちが二度と登る事のなかった、地下への階段である。
そんな光景を目の当たりにした新入りたちが、八岐大蛇に睨まれたアマガエルのような顔で、微動だにしなくなってしまう。まぁ、ロダンとダンテのダブルパンチだからな。そりゃあビビるだろう。
もう慣れているジーガと僕は、そそくさと扉の左の廊下へと向かう。
「まずは、この屋敷に住むなら、絶対に知っておかなければならない場所に、案内しようと思う」
「そうだなぁ。俺も、それがいいと思う」
僕の言葉に、ジーガが頷く。
「ただ、俺はキュプタスの爺に、使用人用の飯を作るよう、人数を伝えてくるぜ。元々人が増える事は伝えてあったが、具体的な人数は知らねえはずだからな」
そう言って、ジーガは廊下の先へと消えていった。それからやや経って、ようやく使用人たちが動けるようになり、僕の元へと駆け寄ってきた。さて、じゃあ案内しようか。
この屋敷で、真っ先に案内すべき場所はどこか? 使用人たちの寝床? 否。料理を作る調理室? そんな場所に、今日知り合ったばかりの他人を入れる程、危機感は欠けていない。僕らの研究室、資料室、実験室諸々がある、地下ダンジョン? そんなわけはない。
この屋敷に住むなら、まず真っ先に知っておかねばならない部屋。それは――パニックルームだ。
「はい、じゃあ新しい住人のみなさん、早速ですが避難訓練を開始します!」
「「「…………」」」
十人の奴隷たちから、無言の視線が集中放火される。流石に気圧される思いだ。僕は彼らに背を向けて、左側の廊下を歩きつつ、説明を続ける。
「えー、この家には、月に一、二回の頻度で、襲撃があります」
ざわりと、戸惑うような声が背後から聞こえたものの、すぐにその騒ぎは沈静化する。どうやら、家令として買い上げた、渋めの五十代男性であるザカリーが、落ち着かせてくれたようだ。
そのザカリーが、奴隷たちを代表して、おずおずと訊ねてくる。
「ご主人様、襲撃というのは、どの程度のものなのでしょう? 誰が相手なのかは、わかっておられるのでしょうか?」
「ああ、ご主人様はやめてね。この家の主人はたしかに僕だけど、君たちは僕と一緒に僕の姉にも仕える身だから」
というか、僕の事は適当でいいけど、その分グラには気を使って欲しい。彼女の人間嫌いを、少しでも緩和できるように努めてもらいたい。
「かしこまりました。それでは、ショーン様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「うん、そうして。襲撃に関しては、相手はまちまちだね。大抵は、この町に勢力を伸ばそうとして、僕らにちょっかいをかけようとするマフィア。だから襲撃の規模も、相手の人数も、その都度違う」
「それは……、例の騒動の結果という事ですね……?」
「そういう事」
どうやらこのザカリーは、僕とウル・ロッドとの抗争について、事前に知っていたらしい。そして、そのせいでアンダインとやらの元から、各所をたらい回しにされた奴隷たちも、事件そのものは知っていたようだ。
だがザカリーと違って、まさか自分たちを買った僕が、その元凶だとまでは気付いていなかったらしく、驚きと恐怖の視線が僕に向けられる。
唯一事情を知らなそうな、ジーガの専属奴隷たるディエゴ君だけが、きょとんと首を傾げていた。御年十三歳の、くりんくりんの金髪が特徴な、青い目の純朴そうな少年である。こんな若い身空で、奴隷生活を強いられているのかと思うと、ついつい同情してしまうのだが、当人はそれを然程悲観していないようで、実に
おそらく、ブルネン商会で手厚く、大事に育てられてきたのだろう。
「な、なぁ、そうなったら俺たちぁ、どうしたらいいんだ? 敵に降っても、許してくれんのか? それとも、命をかけて戦えってか?」
ドワーフのダズが、不安そうな顔で問いかけてきたので、僕は苦笑しつつ、その案の危うさを教えてあげる。
「その場合の対処法を、これから教えるのさ。避難訓練って言ったろ? 命をかけてまで、敵に対処する必要はない。それは、僕らの仕事だ。あと、敵に降るのは、あまりおススメしない。なぜなら、これまで僕の家を襲撃した連中は、そのほとんどが全滅、ないしは壊滅している。敵に付けば、君も同じ末路をたどりかねないよ?」
僕の言葉に、ザカリーやダズ、その他全員が絶句してしまう。まぁ、下手に敵の手に落ちると、ダンジョンの露払いとして使い潰される可能性もあるし、本当におススメできない選択だ。
「さて、では隠し通路だ。廊下の一部が、こういう隠し扉になっている」
僕が廊下の腰壁の一部を叩くと、そこがキイと音を立てて開く。この隠し通路は、あの地獄門の裏から屋敷を真っ二つに分断するように伸びている。まぁ、奥でUターンする形で繋がってはいるが。
異常が起きた際にも、廊下にさえたどり着ければ、隠し通路に逃げられ、その奥のパニックルームにも避難できるという寸法だ。
廊下よりも一段低くなった通路に降り、後続を待つ。
「うわっ、なにこれおもしろーい」
まるっきり子供に見え、また言動も幼いくせに、既に三二歳であり立派な大人である、ハーフリングのウーフーが、ぴょんと隠し通路に降りてきた。身長も、僕やディエゴ君とさして変わらないが、これでも大人である。言動に関しても、ディエゴ君の落ち着きには遠く及ばない。
「見てわかると思うけど、ここは一般的な成人男性が武器を振るえるような広さじゃない。だから、もしここに敵が侵入しても、先にある隠し部屋で待ち受ければ、問題なく対処できるはずだ。勿論、隠し通路を知られない事が最善だけどね」
「オイラやダズだったら、この狭い空間でも戦えそうだけどね?」
ウーフーの言う通り、小柄なドワーフやハーフリングであれば、人間よりも有利に立ち回れるかも知れない。とはいえ、それも相手次第だろう。
「ああ、そうだな。そんときはまぁ、俺が矢面に立って守ってやるが、旦那の言う通り、この隠し通路は敵に気付かれねえのが最良だぜ?」
「そうですね。敵の人数によっては、いかに有利な状況でも、負ける恐れは十分にあります。また、武器を持たずとも【魔術】を用いる敵もいるのですから、過信は禁物でしょう」
ダズのあとにそうしめたのはザカリー。さっそく、家令として使用人たちを統率してくれているらしい。
壁に取り付けてあった燭台を取り外すと、グラに作ってもらった火熾しの装具で蝋燭に火を付ける。隠し扉から入ってくる光のみが光源だった隠し通路に、ぼんやりとした明かりが灯る。
「さて、じゃあもう少し歩くよ?」
パニックルームは、もう少し先だ。
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