第32話 パニックルーム

「ねぇねぇ、ショーン様。ショーン様って、本当にあの【白昼夢の小悪魔】なの?」


 オレンジ色にも見える特徴的な赤毛を揺らして、ウーフーが問いかけてきた。


「なんかそう呼ばれているらしいね。小悪魔とか、もっと可愛い女の子に付けろよって思うんだけどね」

「あははは、なにそれ。そんな不名誉なあだ名付けられたら、女の子は怒るんじゃないの?」


 なるほど、どうやら価値観が違うらしい。よく考えたら、【神聖術】とかある中世っぽい社会であれば、地球よりもよっぽど信心深くてもおかしくはない。信心深さが、直接魔力の理の効果に影響するんだもんなぁ。

 って、そんな社会で小悪魔ってあだ名を付けられた僕は、どんな目で見られてんだって話だ。


「これ、ウーフー。いくらなんでも、失礼が過ぎますぞ。我々は、ショーン様の奴隷。いくらショーン様がお優しかろうと、主人を軽んじるような振る舞いは、このザカリーの目が灰色のうちは、許しませんぞ」


 いや、それかなり白に近いような……。


「いいさ、ザカリー。ただ、ウチの姉に同じような態度で接するのは、許さないけどね?」

「ひっ……」


 おっと、ウーフーの隣でこちらを見ていた、ディエゴ君の方をビビらせてしまった。大丈夫だよー、グラに舐めた態度取らなきゃ、僕、比較的仕えやすい主人だと思うからー。

 なんというか、こういう純真無垢な少年に嫌われるというのは、心にくるものがあるからね。ディエゴ君のご機嫌は、できるだけ損ねたくないと思ってしまう。

 主従逆転してない?


「ところどころ、別れ道があるな。そっちにゃあなにがあんだ?」


 狭い隠し通路に入ってから、ダズはむしろ元気になったような気がする。元々地下で生活する人種らしいからな、鉱人族って。


「他の場所や二階から、この隠し通路に避難する為の道だね。詳しい場所はジーガに聞いて」


 広いといっても、大豪邸というわけではない。目的地であるパニックルームには、程なくしてたどり着いた。


「はい、ここが最終目的地のパニックルーム」


 狭い通路にふさわしい、小さな扉。所々に穴が開いてはいるが、見るからに頑丈そうな鉄扉である。穴は当然矢狭間であり、この扉が彼らの身を守る最後の壁となる。

 そんな扉を開き、さらに奥へ。


「へぇ、意外と広いね。それに、矢とか剣とか、武器も用意してるんだ!」

「これ、ウーフー!」


 僕のあとに駆け込んできたウーフーを、なんとか落ち着かせようとするザカリー。これから大変そうだ……。

 パニックルームは、特筆するようなものはなにもないただの部屋だ。緊急時用の食料や武具、防寒用の毛皮や予備の衣服があり、それなりに雑然としてはいるが。まぁ、月に一、二度はジーガやキュプタスが利用するので、一通りの物は揃っている。

 あとは、きちんとトイレもあるし、地下から僕の声を届ける為の伝声管も備わっている。通風孔もあるので、空気が澱む事もないだろう。


「非常食も用意してあんだな。ネズミとかに齧られかねねえ保管法だが……」


 地下生活に一家言ありそうなダズが、食べ物が保管されている棚を確認してから、誰に言うでもなくそうこぼした。


「ショーン様、もしもここまで敵に迫られたら、どうすれば良いのでしょう?」


 ディエゴ君が緊張と、多少の恐怖を滲ませる顔で、そう問うてきた。たぶん、真面目に仕事をしようとする心意気と、もしも本当にここまで追い詰められたらという恐怖心が混ざった顔かな。

 生真面目そうな印象に違わぬ姿勢だ。


「最悪の場合、ここに通じる道を塞ぎ、地上に向けて脱出する道は用意している。ただ、不可逆の脱出方法なので、本当の本当に追い詰められた場合を除き、その手段を用いる必要はない。ただのマフィア程度が、ウチの地下施設を突破できるはずがないからね。君たちは、ここで嵐が過ぎるのを待っていればいいよ」


 安心してもらおうとそう言ったのだが、なぜかディエゴ君は口を引き結び、プルプルと震え出してしまった。どうにも、彼には僕が怖い人に見えているようだ。これから共に生活していく間に、その誤解を解けるといいと思う。

 まぁたぶん、共に生活するという程、顔を合わせる事もないと思うけど。


「なるほど。狭い通路を進むにゃあ、人族の男だと一人矢面に立って進まにゃならん。そんななぁ、いい矢の的ってわけだ」


 扉の矢狭間を覗いたダズが、面白そうに呟く。間近に迫られても、そこから剣や槍なんかを突き入れれば、簡単に相手を倒せるしね。狭い場所で使えない長槍が、わざわざ持ち込まれているのも、それが理由だ。

 扉そのものは頑丈な鉄扉であり、そうそう簡単に破壊はできない。狭い地下通路で敵は、この扉を一人でこじ開けなければならないわけだ。

……というより、実はここも、ウチのダンジョンなのだ。だから扉も、ダンジョン基準の頑強さを誇っている。

 絶対に壊せないとまでは言わないが、手段は限られるし、それをあんな狭い隠し通路で行えるかと言えば……、まぁ、保身を考えなければいけるかも知れない程度の懸念だ。


「ショーン様、ショーン様! たまにこの隠し通路、探検してもいい!?」


 ウーフーの言葉に苦笑しつつ、頷いてやる。まぁ、探検する程分岐があるわけじゃないけど、やりたければやってもいい。ただし、来客中は厳禁だ。

 この隠し通路の存在が、他人に知られる危険は、できる限り避けなければならない。


「なぁ、もしも差し支えがねえならよ、俺の寝ぐら、ここにしてもいいか? なんか落ち着くんだよな……。勿論、備蓄を管理する仕事も担うからよ!」


 ダズの進言に、なるほどそういう役も必要かと思い至ったが、その辺はザカリーやジーガと相談しつつだな。家事の為に雇ったのだから、そこから外れるような業務内容を、僕が勝手に決めるのは憚られる。


「しょーんさま……」


 鈴を転がすような、愛らしくも儚い声音に振り返る。そこには、黒豹獣人のアルビノ少女、イミが不安そうな顔で、こちらを見上げていた。


「てき、たおしてくれる? イミ、いじめられない?」


 親から言葉を教えられず、九歳になるいまも舌足らずな喋り方をする、あまりいい意味ではない名を与えられた彼女は、己を害す他者の存在に非常に敏感だ。イシュマリア商会でも、手厚く守られていたわけではない。

 教育が行き届いていない彼女に、これまでの僕の言葉がどこまで通じただろう。もしかすれば、襲撃があるという部分しか、理解していないかも知れない。

 だからこそ、僕は彼女の不安を払拭する意味も込めて、力強く頷き、口を開く。


「大丈夫。僕は、自分の家族と仲間を、絶対に守ってみせるから」


 決意を込めて、そう言った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る