第33話 非常識の音色
〈7〉
使用人たちに家の事を任せ、僕は地獄門を通って地下へと戻る。いや、地獄門に見える、ただの門だけどさ。
「だいたいの雑事はすませてきたよ」
「はい。それでは、対バスガル戦を想定した作戦会議を続けましょう」
「了解」
とはいえ、僕の作戦における重要人物にコンタクトを付けない事にはこれ以上は話を進めようがない。それはあの、頼りなさそうな受付嬢の交渉次第なのだ。
とはいえ、いまのうちにやっておくべき事は山積みだ。まずは、そちらを処理しておこう。
「ひとまず、モンスターを使うのは最終手段だ」
「そうでしたね」
「だから、モンスターの研究をしよう」
「……?」
なにを言っているんだと言わんばかりのグラの顔。うん、本気で頭の具合を心配されると、予想通りの反応であっても傷付くんだね……。
「いや、僕らはあまりにも、モンスターの創造に不慣れだ。普通のダンジョンであれば、それが主力であり、ダンジョンのギミックは補助的な使い方が一般的だ。バスガルもまた、そういったダンジョンらしい」
「その通りです。ショーンもまた、制限環境下でなければ、
「うん、その意見はいまも変わらない。だからこそ、敵の主兵装であり、こちらの最終手段たるモンスターを、僕らは知っておかねばならないと思うんだ」
「なるほど、道理です。では、まずどのようなモンスターを?」
「まずは、ネズミ系のモンスターを作る」
ネズミ系のモンスター。それは、僕の浅い戦闘経験でも倒した事のあるモンスターだ。また、ダンジョンのDP吸収に関する実験検証にも、文字通りのモルモットとして役立ってもらった。さらには、これまで我がダンジョンにモンスターはいないといっていたが、実は下水道を取り込んだいま、一応はダンジョン内にネズミ系と粘体系のモンスターが存在している。まぁ、支配下にないので、今回の対バスガル戦の役には立たないだろうが……。
そんな、馴染み深いネズミ系モンスターを、まずは作ってみよう。
「ネズミ系ですか……。コントロール下におけなくなると、途端に面倒になりますよ? 駆除が手間になるそうです」
うわぁ……、いかなダンジョンであろうとも、ネズミ駆除というものは頭を悩ませる問題らしい。たしかに、小さく、素早く、また繁殖力旺盛ともなれば、根絶は面倒だ。下水道だけであれば、冒険者が駆除してくれるので、そうそう増えないが、ダンジョン内に侵入されてしまったら、手に負えない。
……通風孔のネズミ捕り、ちゃんと作動してるよね?
「ただそれでも、最初に作るのはネズミ系だ。粘体系でもいいけど、あまり混乱を大きくしたくない。人間にとっての脅威度が低いモンスターから始めたい」
「混乱? 人間にとっての脅威度、ですか?」
「そうだよ」
怜悧な印象のグラが、キョトンとした顔で小首を傾げる様は、実に愛らしい。とはいえ、勿体ぶるつもりはない。さっさとタネを明かそう。
「現状、冒険者たちは下水道にできた、バスガルのダンジョンに侵入している。そこで何人が死んだかは知らないが、彼らの生命力は当然バスガルのDPになる。それは面白くない」
「ああ、なるほど。下水道に現れるモンスターが増えれば、当然冒険者はそこを重点的に探索するという目論見ですか」
「そう。加えて、下水道までダンジョンが伸びた事を知れば、躍起になってそこのリソースを削ろうとするはずだ。彼らがいま最も恐れているのは、ニスティスの再来だからね」
そこがダンジョンであるという事は、すぐに露見する。なにせ、普段であれば肉体も残るネズミ系モンスターが、魔石だけ残して霧消するのだ。それだけで、冒険者たちはそこがダンジョンになったと覚るだろう。
まぁ、もうとっくにダンジョンに取り込んでいたわけだが。
「ダンジョンの成長は、人間にとっての最大の懸念。すなわち、冒険者ギルドや、為政者どもの危機感が喚起されるという事ですか」
そういう事。とはいえ、やり過ぎると僕らの身バレにも繋がりかねないので、匙加減が重要になる。いまはまぁ、ダンジョンがあるという明白な事実がある為、ダンジョンを探知するマジックアイテムを使うような事態にはならないだろうが、状況次第では詳細把握の為にそれが使われかねない。そのときに、町にダンジョンが二つあると察知されてしまうと、モンスターを温存する意味からして失せてしまう。
「理想を言うなら、そのマジックアイテムとやらは、こちらに触手を伸ばしているのが、バスガルのダンジョンであると確認させる為に使わせたい」
「なるほど、それはいいですね」
このアルタンとシタタンの間で使わせられれば、探知範囲次第だが確証がもてるだろう。できずとも、無駄撃ちさせられれば、こちらとしては問題ない。
「本当の本当に理想を言うなら、下級冒険者や中級冒険者は、僕らのダンジョンで戦闘してDPを落としてもらって、上級冒険者だけでバスガルを探索してもらいたい」
「それは……、本当にこちらに都合のいいだけの理想論ですね。しかも、それではおそらく、バスガルのダンジョン攻略は失敗しますよ?」
「まぁ、そうだよね……」
あっちのダンジョンのリソースを削ってるつもりが、どれだけやっても無傷など、冒険者にとっては悪夢だろう。こちらとしても、外部から侵入したモンスターを殲滅されると、あとはこっちのリソースを削るばかりなので、美味しくない。時間をおけば増えるだろうが、その時間がないのが問題なのだ。
バスガルとて、これまで幾度かの討伐計画を退けたダンジョンだ。前提条件が整わぬ人間側に、そうそう遅れは取らないだろう。人間側が勝てないと、僕らの勝算も薄くなってしまう。それでは困るのだ。
とはいえ、現状を維持していても、冒険者の命がバスガルのDPになるだけだ。本来バスガルで潰えるはずだったDPの何割かでも、こっちで散らしてくれればそれでいいという見方もある。
「なので、とっととネズミ系のモンスターを作ってみよう! 舌ネズミにしようかな」
「待ってください。まだショーンは、依代でモンスターを作った経験はないはず。ここで危険を冒す必要はないかと」
「え? いや、まぁたしかにそうだけど……」
「モンスターはダンジョンにとって、武器であると同時に敵なのです。平時ならばともかく、いまは有事。下手な事をして、あなたの体になにかがあれば、取り返しがつきません」
「心配性が過ぎない?」
流石にそれは、過保護の部類だろう。これまでは、この依代でダンジョンの権能を行使しても、問題はなかった。たしかにモンスターの創造はやっていなかったし、万が一僕の制御下におけず、襲い掛かられたとしても、相手はネズミなのだ。
十分に注意していれば、ネズミ系モンスター一匹くらいはなんとでもできる。むしろ、倒せばそのDPが……あれ?
「ねぇグラ?」
「なんです? モンスターに関しては、私が担いますよ?」
頑として譲らぬとばかりの声音に頓着せず、僕は素直な疑問を彼女にぶつけた。
「もしも僕のDPで生んだモンスターがダンジョンで倒されたら、それは君のDPになるんだよね?」
「それは……、……ッ!?」
僕の考えを察したグラの顔に、驚愕が宿る。
「僕の
このとき、きっとグラの耳には、これまでの常識が覆る音が響いていただろう。
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