第34話 悠長な変身シーン

「いえ……」


 我に返ったグラがまず呟いたのは、そんな小さく虚ろな声だった。


「いえいえ……」


 そんなバカなとでも言わんばかりの声音で、虚空を見つめながら弱々しくかぶりを振るグラ。


「いえいえいえいえ!」


 段々と、そのスピードが早くなっていき、その度に「いえ」の数も増えていく。やがて、「イエイイエイ」とヘッドバンギングしているようになったグラが、その動きをピタリと止めると、まるで輪ゴムと割り箸だけで永久機関が作れるという理論に、なぜか一点の瑕疵も見つからなかったかのような、信じられないとでも言わんばかりの顔で、こちらを見つめてきた。


「……できる、のでしょうか……?」


 やはり、恐る恐るといった調子で、グラが訊ねてくる。だが、その答えを僕は持ち合わせていない。当然だろう。仮説はあくまでも仮説なのだ。

 実証してみなければ、それはどこまでいっても仮説止まりである。


「試してみよう!」

「ダメです! あなたの身の安全が、最優先です!」


 だが、やはりその点は譲れないのか、途端に目付きを鋭くしたグラが言い放つ。だが、僕だってグラがヘヴィメタバンドの追っかけみたくなっている間、ただ茫然自失としていたわけじゃない。

 その辺の対策も、バッチリ用意してある。


「僕が生んだモンスターが、僕の制御下におけなくても、グラが僕を守ってくれれば問題ないでしょ? むしろ、ダンジョンのDPになるかの検証もできて、一石二鳥」

「し、しかし……」

「いずれは、この依代になにができるのか、検証する必要がある。いつまでも先延ばしにできる問題じゃない。有事だというのなら、むしろ早めに僕の能力把握は終わらせておきたい。違う?」

「むぅ……」


 唇を尖らせたグラが、不貞腐れるように背もたれに体を預けて天を仰ぐ。眉根が寄って、クールなイメージが台無しな表情だったが、ここは口を噤もう。そんな顔も可愛いしね。


「……わかりました。その代わり、武装を整えますので、少し待っていてください」


 そう言って、ピョンと椅子から降りたグラは、保管庫から鉄のインゴットや誰かが使っていただろう革鎧、布や黒いなにかも取り出す。あれは……、ああ炭か。そういえば、ジーガに頼んで取り寄せていたな。

 次にグラは、服を脱ぎ始めた。なにをしているのかと思ったが、たぶん服に刻んだ理と、新しく作るものの理が干渉し合うのを避けたのだろう。理を刻んだ装具同士が、長時間接触状態にあると、干渉して効果が低くなったり、最悪発動しなくなるからな。

 依代に移ってから、さっぱり上手くいかなくなった布製品の作成だが、最初の共同作業と同じく、グラに存分にサポートしてもらって作り上げたパンツも、グラはなんの気負いもなく脱いでしまう。生まれたままの姿——いや、グラの体は生まれたとき、僕が宿っていたせいで男体だった——すっぽんぽんになったグラが、さっさと布を光の糸に変えてから、自らの体に巻きつけて服に変える。

 あー……、なんかアレだ。ニチアサとかの、少女向けアニメの変身バンクっぽい。小さい頃は、姉に付き合わされて見ていた。僕のヒーロータイムにも付き合わせていたので、お互い様だ。

 やがて黒を基調に、所々ワインレッドの差し色が入った、フレアスカートのドレスを編み上げたグラは、すぐさま鉄のインゴットと革鎧も光の糸に変えて自らの体に巻きつける。鎧の作成だろう。

 今度は理を刻む為、少し違った演出が入るが、それもまた変身バンクちっくだ。


「おおっ!」


 光が収まると、そこには姫騎士とでも表すべき姿のグラがいた。動きやすさを重視してか、板金を裏地にした革鎧に、胸甲を取り付けたコートオブプレートを纏い、左手の簡素な腕甲とグローブと対蹠的な、右手には重厚な籠手ガントレット。両足の装備は、左右対称な脚絆グリーヴ鉄靴サバトンであり、鎧との接触を避けたのか、腿当や膝当はなかった。

 グラの凛々しい印象もあって、そこにはバルキリーもかくやと言わんばかりの、見事な戦乙女が立っていた。カメラがあったら、是非とも撮影しておきたいワンシーンだった。


「さて、それでは武器ですね。どうしましょうか……。ここはやはり、ショーンとお揃いの剣がいいでしょうか……」

「はい!」


 僕は挙手して、グラの独り言に介入する許可を求める。


「ええっと? ……では、ショーン君」


 以前の教師と生徒ごっこを思い出したのか、戦乙女姿で戸惑い顔のグラが、首を傾げながら僕を指名する。僕は手を挙げたまま椅子から立ち上がり、意見を奏上する。


「武装は、突撃槍ランス丸盾バックラーがいいいと思います!」

「突撃槍ですか? 丸盾バックラーはともかく、大きな槍は邪魔ではありませんか?」

「そんな事はないと思います! その凛々しい騎士姿には、是非とも大きな突撃槍を装備してもらいたいと、愚考するであります!」


 いまだ手を下げず、気を付けの姿勢のまま強弁する僕になにを思ったのか、グラはため息を一つ吐くと、渋々といった態で口を開く。


「わかりましたから、その口調はやめてください……。なんだかちょっと、気持ち悪いです……」


 姉のような存在に気持ち悪いと言われて、流石に落ち込みつつ、たしかにさっきまでの自分の言動は気持ち悪かったと反省する。

 いやでもね、白銀とワインレッドの革鎧に、黒のフレアスカートが広がる姫騎士姿のグラなんて、ホント、アニメから抜け出したかのような可憐さなんだよ。これに大きな武器を持たせるのなんて、ショートケーキに苺乗せるくらいの王道だと思うんだ。

 多少気持ち悪がられたところで、正義は僕にある。なぜなら、絶対そんなグラは綺麗だから! 映えるから!

 鉄のインゴットと炭を追加し、ついでに銅、木材、革も加えて、一気に光の糸に変えたグラ。自らの手元に、巨大な光の槍と、丸い盾を形成していく。以前言った通り、左手に槍、右手に盾を作っているようだ。

 盾は木材がその原型となり、その表面に鉄を、縁は青銅で補強するタイプのようだ。まぁ、すべて金属の盾とか、重すぎて取り回しに難があるからね。持ち手部分の強度も必要になるし……。

 よく考えたら、腕の装備が左右非対称だったのも、多分その為だ。だとすると【鉄幻爪】装備の右手に把持する盾には、理は刻まれないのかも知れない。

 突撃槍には炭が添加されて、鋼になっているようだ。こっちにも、結構木材が使われている。総鋼製の突撃槍とか、盾以上に重すぎてどうしようもないもんね。どうやら、傘のようになった内側を、木材で補強して使う武器にするようだ。


 やがて、どこに出しても恥ずかしくない、美少女戦士グラがこの世界に誕生した。美少女戦士(笑)にならないのがすごいよね。



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