第35話 本来の目的

 さて、それでは本来の目的に戻ろう。

 僕がダンジョンの能力を使って、モンスターを生み出せるのか否か。これに成功した場合、下水道以上に効率的かつ確実な、DP確保の手段が手に入る。わざわざ壁外まで、DP確保の手段を探しにいく必要も……いや、やっぱり必要だな。

 どう考えたって、僕が一日で賄えるDPには限りがあり、それだけではいずれ足がでるようになるだろう。ダンジョンが大きくなっても、僕が一日で作れるDPは別に増えないのだから。というかたぶん、人間が一日に生成できる生命力には、一日に食べられる食物の量と同じく、限界が存在するはずだ。それは依代も変わらないはず。

 ゲームみたいに、一晩ぐっすり眠っただけで全回復、とはいかないのだ。僕が依代に移ったときも、全回復するのには二日くらいかかったしね。

 そんなわけで、たしかにこれが成功すれば画期的な進歩と呼べるが、然りとて劇的な進歩には繋がらないだろうと期待値を下げておく。こうしておけば、もし仮に失敗しても、ダメージは最小限ですむだろう。

 いや、それでもやっぱりドキドキするな……。


「さて、じゃあいくよ?」

「はい」


 完全武装のグラが、真剣な面持ちで先程作り出した突撃槍ランス豹紋蛸ヒョウモンダコを構える。いや、せめて名前くらいはオソロにしようという事で、さっき名付けたんだけど……小剣が大王烏賊ダイオウイカで、突撃槍が豹紋蛸って、大きさ的に逆じゃね? とも思うのだが、まぁ、グラが気に入っているようなので、良しとしよう。

 僕は、ダンジョンを己の霊体として強く意識し、そこに舌ネズミを作る為に、生命力を注ぎ込む。ダンジョンだったときよりも、どこかやりづらさを覚えるのは、グラのサポートがなくなったからか、それとも依代のせいか……。

 だがそれでも、感覚的にはダンジョンコアだったときとそう違わぬ感触で、モンスターができあがる。生命力を用いた、擬似的な生命の創造にして、形ある幻の顕現。


 しかして、モンスターは僕らの眼前に生誕した。


 グラが突撃槍を構え直し、緊張の面持ちで舌ネズミを凝視する。よく考えたら、突撃槍みたいな巨大な武器で、普通のハツカネズミサイズな舌ネズミを相手にするのって、戦いづらいんじゃない?

 こんな当たり前の事が、実際に目にするまでわかんないとは、僕って本当に馬鹿だわ……。なにが、華奢で可愛い女の子には、巨大な武器だよ……。いやまぁ、さっきはテンションがどうかしてたんだ……。

 誠意を込めて、舌ネズミに謝らせよう。

 僕が操るままに、舌ネズミは直立すると、ぺこりと頭を下げた。うん、ちゃんと僕のコントロール下にある。


「どうやら大丈夫なようですね……」


 やっと安心してくれたのか、グラが構えを解いて僕の作った舌ネズミをしげしげと見つめる。


「ショーン、この舌ネズミを飼いましょう。あなたが初めて、依代で作ったモンスターですから」

「ダメ。受肉したら、僕がコントロールできなくなる。ネズミが勝手に動き回るようになったら面倒だって、教えてくれたのグラじゃん」

「むぅ……、しかし、なんというか他の舌ネズミにはない愛嬌というものが……」


 ないよ。ごくごく普通の、舌が長いだけのネズミモンスターだよ。そういうのは、黄色い電気ネズミくらい特徴がないとね。

 一瞬、作ろうと思えば作れるんじゃ……、とも考えたが、任天堂が異世界に進出した際に訴えられても嫌だからやめておこう。耳の大きな二足歩行の黒ネズミ? 作るメリットがないのに、デメリットがデカすぎる……。


「さ、じゃあ最後に〆てみて、それがきちんとダンジョンのDPになるのかどうか、検証しよう」

「……こ、殺してしまうのですか?」


 当然だよ。なに言ってんの?


「あのねぇグラ……」

「い、いえ、わかってはいるのですよ? モンスターはダンジョンにとって、武器であり、敵。この舌ネズミとて、受肉すれば小なりとはいえ我らの脅威になり得ると。ですが、ショーンのせっかくの初めての作品なのですから、記念に残しておきたいじゃないですか。逃げ出さないようにガラスのケース内などで飼育すれば、受肉してからも問題ないかと……」


 これはあれか? 子供の手形とか一歳の誕生日のホームビデオとかを、残しておきたい親の心理みたいなものか? ウチも、姉の手形は残ってたな。二番目の姉の分もあったと思うのに、三番目の僕の手形なんかは、見せられた記憶はない。

 まぁ、三人目ともなると、扱いなんてそんなものだ。


「グラ……」


 そもそもそれ、別に初めての作品ってわけでもない。忘れているようだが、僕らの初めての作品は、速攻で落とし穴に飛び込まされた、哀れなゴブリン君だ。次は、実験動物として使い潰された、哀れなドッペルゲンガー君。

 こう考えると僕、モンスターの扱い、酷いな……。

 なんとか舌ネズミを保護しようとするグラに根負けして、ガラスのケージから出さないという理由で、飼ってもいいという事にした。いやまぁ、流石に単体で繁殖はしないだろうし、万が一受肉して脱走しても、それ程問題にはならないだろう。

……ならないといいなぁ。

 ともあれ、今後ウチのダンジョンで舌ネズミを作るのは厳禁だな。

 なお、DPに変換できるかの実験は、大ネズミを作ってから、サクッと倒して確認した。魔石も含め、依代が使った生命力から一割減したくらいの値が、きちんとDPになったようだ。

 これにて、ダンジョンのネルギー事情はだいぶ改善されたという事だ。振り絞れば、一日で五〇〇KDPくらいは得られるだろうからね。


 まぁ、人間にとっては致死量だが、幸か不幸か依代だと死なないので、いけるだろう。



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