第36話 アレの師匠

 翌日、またもアルタンの町は大騒ぎだったようだ。なにしろ、町の中にダンジョンができたかと思えば、瞬く間に下水道まで進出してきたのだ。町の住人たちは上を下への大騒ぎで、早くも見切りを付けてこの町を離れようとする者も出てきているんだとか。

 ジーガの所属しているカベラ商業ギルドも、幹部連中は軒並み町を出る準備をしているらしい。この町で生まれた者や、他所でやっていける自信のない者などは残されているらしいが、そんな状況で存続なんてできるのか?

 そんな事を、夕食を食べながら聞きつつ思った。昨夜から生命力を限界近くまで使っているせいか、ご飯が美味しい美味しい。

 なお、限界を超えて使うと、頭痛と全身を筋肉痛じみた痛みが襲い、勉強どころじゃなくなるので、それをやるのは寝る前だけだ。

 本日の僕は、久しぶりに地下生活を満喫した。ここのところ、毎日のように外に出ていたので、今日はゆっくりと勉強に専念した。

 とはいっても、最近はダンジョンツールの習得に全力を傾けている為、幻術の勉強はあまり進んでいない。術理そのものは、もうとっくに頭に叩き込んだのだが、理を刻む部分で未熟さが露呈してしまう。

 なお、グラの報告によると、僕が昨日から生み出して下水道に送り込んでいるモンスターは、既に三割程度が狩られてしまっているようだ。その分はグラのDPになるのでいいのだが、結構ハイペースで補充が必要になるらしい。


「もしもダンジョンツールが習得できたら、モンスター自動補給ツールを作ろう」


 例えば、イベントドリブン方式で、モンスターが狩られるたびに、同じモンスターを自動で生み出す仕組みを作れれば、かなり楽になると思う。ぶっちゃけ、ダンジョンツールというマザーボードがあるなら、そのくらいのプログラムを組み込む事そのものは、いまの僕にも難しくない。

 すごいのは、この術式を一から手探りで作り上げた事なのだ。

 コロンブスの卵と同じだ。後追いなど、誰にでもできる。最初にやった者がすごいのだ。なお、コロンブスの卵の逸話は、コロンブスが最初にしたものではなく、後追いだったりする。

 我が姉ながら、その才能に戦慄するね。いや、何度でも褒め称えたい気分になるよ。ウチのグラ、すごい!

 とはいえ、これをグラにやらせるのはどうかと思う。勝手にDPを使うプログラムなんて、危なすぎて使わせられない。いやまぁ、基本的にグラがモンスターを作る必要はないんだけど。

 その夜、残りの四割程度まで生命力を消費して、モンスターを作り、下水道に送り込む。二割になったときには及ばないものの、やはり辛い。

 早々にベッドに入り、寝てしまう事にする。


 翌日の朝。己の腹の虫の音で目を覚ました。見れば、一晩中なにかの研究をしていたらしいグラが、こちらを見てクスリと笑っていた。

 ううむ。生命力を使うようになってわかったが、生命力の理を使うと頻繁にお腹が空く。いまの僕は、一日五食でもお腹が鳴る程だ。

 やはり生命力を回復させる為には、よく食べ、よく眠るのがいいらしい。

 ただ高カロリーなものを食べればいいというわけではなく、むしろ栄養素的にバランス良く食べた方が吸収効率的にはいいというのが、昨日からの経験でわかった事だ。キュプタス爺の料理と、ただ焼いて塩振っただけのお肉とでは、生命力の回復度合いが段違いだったのだ。

 なお、昨日は一度だけ自分の手で、ダンジョンツールの発現に成功した。あとは発動に慣れていき、日常的に使えるまでになるだけだ。

 ダンジョンツールが使えるようになったおかげで、現在のダンジョンの状態も視覚情報で得られるようになっている。

 現在のダンジョンの保有DPは七・七MDP。依代作りにかなりDPを持っていかれてしまったものの、意外と残っているといえる。

 下水道から得られるDPは、昨日から増えてはいるものの、それでも数百KDP程度だ。そこからダンジョンの維持DPが引かれる。まぁ、三階層がまだ手付かずなので、維持コストそのものは二四KDPとそこまで多くはない。

 モンスターがいないと、維持コストはかなり抑えられる。ウチのダンジョンの、数少ない利点だ。

 まぁその分、僕が作ってるわけだが。

 昨日から下水道から得られるDPが増えたのは、ダンジョンが本来あるべき形になったからだ。多くの侵入者を相手に、モンスターを使って対抗する。実に健全な、ダンジョンと冒険者の関係といえる。


 そしてようやく、その日の昼頃、冒険者ギルド経由でコンタクトを試みていた人物が、屋敷を訪ねてきた。


「どうもどうも、ショーンさん。お久しぶりっす!」

「ええ、久しぶりですね。家宅侵入者フェイヴさん」

「な、なんか、呼び出されたってのに、悪意を感じるっす……」


 そう、僕が呼び寄せていたのは、糸目の五級冒険者にして特級冒険者の、フェイヴだった。

 ジーガとディエゴ君が開いた扉の先で、フェイヴが相変わらずの軽い調子で、僕に話しかけてくる。一瞬だけ、地獄門の方を見て頬を引きつらせていたのが、いい気味だ。


「いやぁ、なんかこの町大変みたいっすね? ショーンさんは逃げないんすか?」

「まぁ、このまま冒険者ギルドが後手後手に回るようだったら、逃げる他ないでしょうね」

「後手後手?」

「その辺はのちのち……。ところでフェイヴさん、そちらの方は?」


 呼んだのはフェイヴだけだったのだが、この野郎はなんと、無断で来客を増やしやがったようだ。彼の背後で、しげしげと地獄門を眺めていた小柄な少女は、僕を見ると不敵に笑う。


「あちしの名はフォーン。このフェイヴの師匠ってトコロさ! あんたが、【鉄幻爪】シリーズの作者かい?」


 どうやらこの男、少女に弟子入りしていたらしい。



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