第22話 重大発表とおまけの発表

 ●○●


 特に問題も起きず、僕らは目的地のサイタンへと辿り着いた。まぁ、ちょくちょくモンスターなんかには出くわしたが、それはパティパティアを越えてきたのだから、当然である。

 イミとウーフーの二人も、モンスターや獣の接近にもきちんと気付いたし、ちゃんと非力な斥候としての立ち回りもできていた。特に、僕らの戦闘中に、他方からの攻撃がないかの警戒ができていたのは、遊撃手としてのポイントはしっかりと抑えていたといえる。

 ラベージさんの指導の賜物だろう。まぁ、街道沿いという事もあって、然して強いモンスターがいなかったのも理由だろうが。これが、実際に山林に入るとなると、いろいろと勝手も違うだろう。


「それでは、短い道中ではありましたが、お世話になりました」


 僕はそう言って、チッチさんとラダさんにお礼を述べる。既に、冒険者ギルド経由で支払いはすんでいるのだが、改めて礼を言っておきたかった。僕の言葉に続くように、イミとウーフーも頭を下げる。

 対してチッチさんは、照れたように頭を掻きつつ手を振った。


「いえいえ、こっちもおあしをいただいての事ですから。帰り道も、どうぞよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします。それでは」


 そう言って、チッチさんとラダさんとは、サイタンの町の冒険者ギルド支部にて別れた。ラダさんは、依頼の簡単さからは考えられない程の高収入に、飛び上がらんばかりに喜んでいたが、それもまたこちらの思惑の一環だ。

 彼らの懐が寒いと、財布を満たす為に依頼を受けて、こっちの用事の際に町にいない惧れもあるからね……。


「さて、それじゃあ行こうか」

「はい、だんなさまっ!」

「こっからは、オイラたちはハリュー家の使用人だね」


 僕の掛け声に、元気良く返事をするイミと、呑気そうな声音のウーフー。別に、いままでも家の使用人であったのは間違いないのだが、自由人のウーフーからすれば、人に仕える生活というのは、結構不便な思いをするのだろう。

 斥候の技能を身に付けさせても、終身雇用はできそうにないな、これは……。まぁ、小人族は自由人が多いので、それは仕方ないだろう。少なくとも、奴隷身分の内はきちんと働いてくれるつもりはあるらしいし、いまはそれでいいか。


 ●○●


「来たぞ!」


 サイタンに到着してから数日で、伯爵家からの使いが僕らの取った宿に現れた。まぁ、もうすっかり顔なじみのポーラ様で、案内されるまでもなく、我が物顔の満面の笑みで部屋のソファにどっかり座っていたから、まったく使いという雰囲気ではなかったが。


「こんにちは、ポーラ様」

「うむ。ごきげんよう、ショーン殿。ただ、そろそろ様付けはやめないか? その距離の取り方が、どうにも他人行儀に聞こえるぞ?」


 いやまぁ、そのつもりだからねぇ……。様付けで呼ばれる事なんて珍しくないだろうに、僕の言葉に籠められた隔意を読み取るあたり、人の心の機微に疎いタイプではないのだろう。単に、腹の探り合いが面倒で嫌いなだけだ。


「まぁ良い。二日後、グラ殿の正式な仕官が発表され、三日後に父上直々に任官を受ける運びとなった。発表の場はサイタンの城塞だが、衣装の用意はあるか?」

「ええ。まぁ、大丈夫だと思います。一応、あとでポーラ様に確認していただいてもいいですか?」

「構わん。まぁ、我ら伯爵家としても、グラ殿に恥をかかせるわけにもいかないからな」


 そう言って苦笑するポーラ様。

 伯爵家としても、僕らという戦力を手放したくはないが、その分内部からの反発が強くなる惧れもある。そういった連中が、まず真っ先に論うのが、僕らの生まれの不確かさだろう。

 そして、そういった場合に取りやすい揚げ足が、立ち居振る舞いと服装だ。喋り方に関しても、以前気にかけたように、一人称からして気を配らないといけない。

……はぁ、面倒な……。

 本来は栄達であるはずの、伯爵家の直臣となる機会に対して、しかし僕ら自身がまったく乗り気ではない雰囲気を感じ取ったのか、ポーラ様が苦笑を深めて伝えてくる。


「実は、グラ殿の仕官そのものは、それ程注目されないかも知れないぞ」

「ほぅ。それはどうして?」


 自分たちで言うのもなんだが、僕らはあの【サイタン郊外の戦い】でそれなりに名を馳せた。そんな人間が仕官するともなれば、好悪の別なく関心を集めるだろう。

 そんな、僕が心底疑問に思っている様子を楽しんでいるのか、ポーラ様はイミから受け取ったカップから漂う香りを楽しみ、一口含んで口を塞ぐ。


「トゥル茶か……。たしかに良い香りだが、私はどちらかというと、ゴクゴク飲めるキャブ茶の方が好きだ。母上や乳母からは、下品だと顔を顰められるのだがな」

「キャブ茶は暑い時期に、冷やして飲むと美味しそうですよね。氷を浮かべると、なおいいかも知れません」

「氷か……。魔術師にしか許されぬ贅沢だな……」


 ポーラ様が、まるで手の届かない贅沢品に思いを馳せるような顔つきでこぼす。

 魔力の理が存在するこの世界では、氷は必ずしも季節に縛られるような、貴重な代物ではない。冬場に氷室に運び、夏場に人力で移動させる、所謂『献上氷』のようなものは、少なくとも第二王国にはない。

 だがその代わり、魔術師は貴重な人材であり、魔力は有限の資源である。その使い道は、主に軍事や経済活動、あとは医療の為に使用されており、いかに貴族であろうと、食の贅沢に回せる分は限られてしまうのだ。

 勿論、贅を凝らしたもてなしをする場合に、魔術師に氷を作らせて、それを料理に用いる事はままある。だが、普段の生活でそのような真似をするのは、配下からも白眼視されてしまう、無駄な贅沢と見做される。

 特に、氷は溶ければ水になるという点が、どうしようもない浪費に思えてしまうのだろう。伯爵家といえど、日常生活で常用できるものではない。


「今度、簡単なマジックアイテムを贈りますよ。魔石を使うものでなければ、然程浪費につながるわけでもないでしょう?」


 水の属性術は、僕ももうそれなりに修めつつある。氷を作る程度のマジックアイテムならば、然程苦労もせず作れるだろう。まぁ、あくまでも基礎を修了しただけで、専門家と名乗れる領域には、まるで達していないレベルではあるが……。

 魔術師でない人間の魔力は、普段は利用される事なく垂れ流しだ。使用人や料理人の魔力を、マジックアイテムに注いで氷を作る事まで、文句を付けられはすまい。まぁ、そのマジックアイテムが高価なのは否めないが、白物家電がそれなりの値段になるのは、ある意味当然の事だろう。


「私はマジックアイテムを使えない体質なのだが……」

「いや、なんで自分で作る前提なんですか……。そこは使用人に任せてください」


 見当違いな悩みを抱えるポーラ様に、ついついツッコミを入れる。そこは、伯爵家の使用人の中から、魔力の高い人を選んで使わせればいい。まぁ、あまり頻繁に使い過ぎると、劣化が激しくなるだろうけど。


「それで?」


 賄賂も提示したのだから、さっさと話を先に進めて欲しいと促すも、ポーラ様はなおも韜晦して、こちらを見詰めて悪戯っぽく笑う。僕は降参とばかりに両手を挙げて、大きく嘆息すると降伏を告げた。


「はぁ……。わかりましたよ、ポーラ。これでいいですね?」

「うむ。良い!」


 目的は果たしたとばかりに、実に無邪気に笑ってくれる……。なんだか、着々と距離を詰められている気がするが、無下にするわけにもいかんしなぁ……。


「外ではこれまで通り、様付けで通しますからね?」

「止むを得んな。まぁ、もしも呼び捨てで呼んでも、内々の婚約話が本決まりになるだけの事だ。父上も兄上も、乗り気な縁談話だからな」

「……呼びませんよ、呼び捨てでなんて……」


 さん付けだって、割と違和感というか抵抗感がある。まぁ、おいおい慣れていこう……。


「それで?」


 ここまで譲歩したのだから、いい加減本題に移れと、多少強い語気で繰り返した。流石にこれ以上の要求を通すつもりはないようで、ポーラさんはさっさと本題を告げた。それはたしかに、伯爵領にとっては重大事だった。


「実はグラ殿の仕官が発表されるその席で、父上の隠居と兄上への代替わりが発表される。むしろ、メインはそちらになるだろうし、家臣団もそちらの方を重要視するだろう」



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