第9話 仮説と学者

「テメェこのクソガキ!!」

「やかましい。命令も理解できぬか、この愚図が。下衆は下衆として、頭とことばを低くして生きていくのが処世術であろうに。速やかに頭を垂れ、疾く去ね」

「もう我慢ならねえ!! 表に出やがれ!!」

「断る。吾輩に命令するなど、不遜も甚だしい。我慢がならぬのはこちらの方だ。そこへなおれ。手打ちにしてくれる」


 あー……、僕らが当事者じゃないとはいえ、またトラブルだよ。ホント、ガラが悪い場所だよ……。面倒臭い……。

 見れば、受付の人たちの背後で控えていた冒険者が一人、揉め事を治める為にそちらに駆け出していた。

 うん、僕らが関わる必要もなさそうだ。ただ、いまだに姿の見えない吾輩君の正体は気になる。もし、ダンジョンコアやその使いなのだとしたら、バスガルの手の者かも知れない。だとしたら、警戒対象だ。


「「おわぁああッ!?」」


 そんな事を考えていたら、野太い叫びが二人分聞こえ、大男と止めに入った冒険者が二人とも吹き飛ばされた。

 彼らの奥にいたのは、ローブ姿の小柄な人影だった。身の丈程もある大きな杖を携え、見るからに高級そうな黒いローブを纏い、僕らとそう変わらない背丈のシルエット。なるほど、大男がガキと呼んだのも頷ける。

 ただ、この世界では小人もいるし妖精族もいるのだだから、顔も見えない状況で相手が子供と決めつけるのはどうなんだ? なんで大男は、この相手を子供と決めつけたのだろう?


「痴れ者どもが。どいつもこいつも、吾輩を誰と心得える!?」


 かつんと杖で床を打ちつつ、大声で問うてくるローブの彼。いや、知らないよ。誰なんだよ、君は。

 おそらくは、ギルド内のすべての人の心の声は、異口同音に合唱された事だろう。


「ふん」


 吹き飛ばした二人の冒険者の事など意にも介さぬとばかりに、彼はつかつかと先へと進み、僕らの隣の受付にたどり着く。


「冒険者登録を所望する」

「いや、新人かい!?」


 おっと、ついなんちゃって関西弁ちっくな言い回しで突っ込みをしてしまった。自分でも、ここまで現地語を使いこなせている事に驚きだ。


「なんだ下郎? 吾輩になんぞ、文句があるのか?」


 僕のツッコミに、不機嫌そうな声が返ってきた。表情は窺えないが、その声音だけで彼の虫の居所が悪いというのが如実にわかる。


「え? いや、文句はないですよ。ただ、随分と大物風に登場しといて、まさか登録にきた新人だとは思わなかったもので」

「愚かなり。冒険者の階級が、すべての指標ではあるまい。吾輩はたしかに冒険者としての階級は有しておらぬが、学者としては一流なのである!」

「ほう、学者さんですか」


 たしかに、なんでもかんでも冒険者の階級を物差しにするのは良くない。なにせ、階級だけ見れば、僕よりもグラの方が低い。つまり、戦闘能力を評価する冒険者の階級的に、グラは僕よりも弱い事になっているのだ。


「左様。まぁ、無学な冒険者風情に、学究の偉大さを理解する頭があるとは思わぬが、貴様らがのうのうと生きていられるのは、吾輩ら学者がこの世界の秘密を詳らかにしておるからだと、その小さな脳みそに刻み込んでおけ」


 おっと、グラが動きそうになったので、服の裾を引っ張って抑えておく。まだ聞きたい事を聞いていないのだ。ここで揉められると聞き出せない。


「なるほど。それはたしかにそうですね。ところで、さっきチラっと聞こえたのですが、地上生命ってどういう意味です?」

「ふん。まぁ、それは知らなくとも仕方あるまい。はるかなる太古において、人とそれ以外の地上に暮らす生命と、ダンジョンやそれ以外の地中に暮らす生命とは、手を取り合っていた時代があった」

「え? 本当に?」


 あまりにも突飛な話に、ついつい話の途中で口を挟んでしまった。言葉を中断させられたローブの彼は、不機嫌そうに言う。


「あくまでも、そういう仮説があるというだけの事だ。話の腰を折るでない。そのような時代に、地上に生ける者を、人、獣人、妖精どころか、畜生も含めて地上生命と呼称しておったという資料が、とある王家の禁書庫に眠っておったのだ」

「なにかと思えば、与太話の類ですか。そのような荒唐無稽な話、とても信じられませんね」

「なんだと小娘。無礼であろう!?」

「ち――ダンジョンと人間とが手を取り合っていたなどと、与太でなければ誇大妄想というもの。そのような世迷言を宣う輩と、まともに言葉を交わす必要などありません。さ、ショーン、このような狂人は無視して、さっさと帰りましょう」


 グラの言葉に、ギルド内の幾人もが頷いている。どうやら、このローブの説は、この場の誰にも支持されていないようだ。一人を除いて。


「愚かなり小娘。新たなる発見というものは、常に通説を疑うところから始めねばならぬ。あり得ぬなどと常識に捉われていては、人類は一歩も進めずに停滞する事になるぞ。それは、吾輩ら学者が最も恐れる事ぞ」

「なるほど、それはおっしゃる通り。しかしながら、流石に僕もその発想はありませんでした。なるほどなるほど、人類とダンジョンとが共生していた時代ですか……」


 僕は頷きつつ、彼の話した内容について考える。あり得るか? いや、この人が口にした『地上生命』という単語からして、結構可能性は高いような気もする……。いやでも、それだけじゃやっぱり証拠に欠けるな。


「うむ。貴様はどうやら、そこな小娘よりは見どころがありそうだ。そうだ。何事も、調べてみる事が肝要なのだ。どれだけ荒唐無稽な話であろうとも、どれだけあり得なさそうな話であろうとも、まずは調べてみる。否定するのなら、それにたる証が見付かったときにすればよい」

「それまでは、仮説はあくまでも仮説のままである、と」

「左様」


 かつんと杖で床を打つ彼。流石は人間……。ノートの余白に書かれた落書きに三〇〇年執着し続け、最終定理なんぞを証明した種族だ。実に偏執的で恐ろしい。なお僕は、フェルマーの最終定理がなにかを否定した事は知っていても、それがなんなのかまでは知らない。


「ふむ、貴様は有象無象とは違うようだ。名を名乗るがいい」

「おっと、自己紹介が遅れました。僕はショーン・ハリューと申します。しがない七級の冒険者で、駆け出しの学者といったような者です。以後お見知りおきをくださいますようお願いします」

「ふむ。なるほど駆け出しの学者か……」

「まぁ、片っ端から本を読んで、知識を蓄えているところなので、そう名乗るのは憚られる程度の者です」

「謙遜するでない。それこそが重要なのだ。どれ、それでは吾輩も名乗ろうではないか」


 ようやく自己紹介をする気になったローブの彼は、それからゆうに十五秒は勿体を付けてから、厳かに自らの名を名乗った。


「吾輩はケブ・ダゴベルダ。ダンジョン学の第一人者であるぞ!」


……え? マジでッ!?



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