第44話 強襲

 ●○●


「いた」


 斥候であるペラルゴニウムが、言葉少なに注意を促す。

 その声で、私、カメリア、アネモネの三人は真顔になると、各々武器に手を這わせる。私は腰の刀ではなく、背負っていた斧槍の【頬白鮫ホオジロザメ】をいつでも振るえるよう、両手でしっかりと把持してみせた。

 カメリアとアネモネも、それぞれにしっかりと武器を携えている。それを確認したペラルゴニウムが、再び先を見詰める。通路と通路の交わる、多少広くなった空間。そこには、二〇程度の小鬼の集団がいた。さらに、四辻の他の道にも敵影が見え隠れしており、暗がりの奥からはガヤガヤとした小鬼どもの喧騒も耳に届く。静かなのは、人間の領域につながっているこの道だけだ。

 なるほど。これは、中級冒険者パーティ単独での偵察は、なかなか厳しいだろう。見えている部隊に襲撃などかければ、即座に四方八方から小鬼どもが集まってきて、包囲されてしまう。処理能力を超えた飽和攻撃を受ければ、いかに弱小モンスターの小鬼の集団とはいえ、耐久もままなるまい。


「……いくわよ。直視しないで」


 我々三人の様子を確認し、それぞれにアイコンタクトのうえ首肯でもって意思疎通をとったペラルゴニウムは、最後にそう言ってから小鬼らの小集団に向けてなにかを投げ込んだ。

 私は、他の三人を真似て、そのなにかの行方を無視して通路の陰に身を隠す。直後、通路の先から強烈な閃光が漏れ、小鬼らの悲鳴と困惑の鳴き声が届く。

 ショーンから聞いた覚えのある、スタングレネードというヤツだろうか。いや、これは閃光だけで、音に関しては軽い破裂音しかなかった。


「――行動開始!」


 思考に耽る暇もなく、ペラルゴニウムの声に急き立てられて、私たちは通路の一角から飛び出した。先行するのは私とカメリア。私は斧槍、カメリアは長槍を両手で構え、盾は短槍と一緒に背負われている。


「まずは一撃。狩れ――【頬白鮫ホオジロザメ】」


 閃光の幻惑から復帰しきれぬ小鬼らの集団に、突出した私は大きく振りかぶった斧槍を薙ぐ。斧頭が触れた端から、バターのように分たれた小鬼らの胴の上下は、肩から上は宙を舞ってから、それより下の部位はバタりと倒れてから、思い出したように燃え上がる。

 また、斧頭の通過した軌跡をなぞり、必要以上に熱された空気が燃焼現象となって、熱と光を発生させ、舐めるように炎の波が広がっていく。当然、それは空気だけでなく、小鬼どもも同様だ。一撃で小集団の半数以上が、魔石へと変じ、さらにその半数くらいも炎に焼かれて霧散した。


「あらあらぁ。これじゃあ、アタシらはグラちゃんの討ち漏らしを掃討するだけになりそぉねぇ」

「楽でいいでしょう!? だらっしゃぁッ!!」


 私に続いて突っ込んできたカメリアが、素早く急所を穿ちつつぼやくと、さらにその後ろから飛び込んできたアネモネが、戦棍メイスを振るって小柄な小鬼を吹き飛ばす。

 戦棍メイスに打ち据えられた時点で絶命していたであろう小鬼が、ダンジョンの壁に叩きつけられて弾け飛ぶ。

 なるほど。デイジーが剣で斬撃、カメリアが槍で刺突、そしてこのアネモネは戦棍メイスの打撃。徹底的なまでに、この【アントス】というパーティはメンバーの役割を分け、どのような状況にも対応できるよう努めている。こういうところは流石に、敵ながら天晴と評したい周到さだ。


「しゃぁおらァ!! ペラルちゃぁん!?」


 我々が攻撃をしかけた小集団の小鬼をすべてを倒したタイミングで、アネモネがペラルゴニウムに声をかける。すると、進行方向とは別の通路から戻ってきたペラルゴニウムが、スルスルと目的の通路に入っていき、カメリアとアネモネがその背に続いた。私も、遅れぬように走り出す。


「ペラルゴニウムは、なにをしていたのです?」


 三人の背を追いながら訊ねると、一番近くを走っていたアネモネが首だけで振り返りつつ、その髭面をニカッと笑みに変えて答えてくれる。


「このまま、後ろを囲まれたら面白くないでしょ? だから、ちょっとした仕掛けを施して、アタイらがどこ行ったのか、連中にわからなくしてやろうって算段よ」

「ふむ」


 私は頷きつつ、通過した背後の通路の様子を耳で探る。丁度、あちこちから集まってきた小鬼連中が、異変を察知してギャアギャアと喚き声をあげているところだ。直後――


「爆発音?」


 先程蹴撃をかけた広間ではない。もう少し先の方から、爆発音と混乱の喧騒が聞こえてくる。


「なるほど。ブービートラップを仕掛け、我らがそちらに逃げたように偽装したわけですか」

「ご名答。じきに、そっちに逃げたわけじゃないってバレるでしょうけど、そのときにはもう状況はグッチャグチャで、情報の精査だけでも一苦労のはずよ」

「そもそも、小鬼どもを統括できる個体がいるっていっても、そんな複雑な情報処理ができる程のヤツがいるとも、思えないけどね」


 アネモネの言葉に、カメリアが皮肉気に言い捨てる。

 その読みは正しい。ゴブリン程度の知能では、錯綜する情報を正しく精査するのは不可能だろう。散々混乱したあげく、厳戒態勢で常の防御陣形を維持する程度が、関の山だ。


「そろそろ接敵! お喋りは仕事が終わってからのお楽しみよ。精々、掻き回すわよ」

「はいはぁい。人使いが荒いのだけがぁ、玉に瑕よねぇペラルちゃんはぁ」

「そう言わない。間違ってないんだから、敵陣ど真ん中のアタイらにとって、ペラルちゃんこそが命綱なんだから」


アントス】の三人が気楽にやり取りをした直後、眼前の通路の先に、新たに小鬼の小集団が現れ、真っ先にカメリアが駆け出す。その背に続くアネモネ。一拍遅れて、私も走る。

 阿吽の呼吸というやつだろう。流石に、いかに対人能力を磨こうと、人間とここまでの連携を取れるようになれる気はしない。


「今度こそ、一番槍、貰いィ!!」


 カメリアの長槍が、小鬼らの急所を穿つ。だが、やはりというべきか、一体一体を虱潰しにしなければならない槍の刺突という攻撃方法は、モンスターの処理能速度が低い。数を頼みに、犠牲を厭わずカメリアに襲い掛かろうとした小鬼ら。


「どっせぇぇぇぇええい!!」


 だが、そんな彼らを横合いから殴りつけ、殴られた小鬼が吹き飛ぶ事で、他の小鬼にも被害を生じさせる、戦棍メイスの一撃。

 男らしい髭面に、好戦的な笑みを湛える、筋骨隆々の小男――アネモネ。その姿は、我が家のダズと同じドワーフのそれだが、彼と違ってアネモネは間違いなく歴戦の戦士である。その肉体も、実戦に裏打ちされた、実戦的な筋肉で形成されている。


「うぉらぁぁアア!! かかってこいやァ!!」


 アネモネが咆哮をあげると、その勇猛さに小鬼らが怯む。そんな及び腰の連中に、金棒と槍が襲い掛かった。


「アネモネ、雄叫びをあげないで。せっかく誤魔化した後続が、こっちに来ちゃう……」


 ペラルゴニウムからの苦言に、嬉々として小鬼を吹き飛ばしていたアネモネが、バツの悪そうな顔で口を引き結ぶ。まぁ、仕方がないだろう。ペラルゴニウムからすれば、己の仕事を台無しにされかねないような真似なのだから。

 私も遅れじと、二人に加わり小鬼らの殲滅にかかる。とはいえ、既に前線で戦っている味方がいる状態では、【頬白鮫ホオジロザメ】の能力は使いづらい。必然、私の殲滅力はカメリアと同等程度に落ちる。

 まぁ、魔術師として戦闘に加われば話は違うのだが、魔力を節約してみせるのは、冒険者に扮するうえで必要な真似である。その点は既に、これまでの経験で熟知している。それに、まだそこまで切羽詰まってはいないだろう。


「殲滅完了♪」

「ペラルちゃぁん」

「……ちょっと待って」


 別の通路で工作を行っているペラルゴニウムを待ちつつ、私、カメリア、アネモネの三人は、簡単に武器の手入れをする。特に、槍の穂先は丹念に手入れをしないと、すぐに鈍らになってしまうだろう。


「――終わり。次、いくわよ」


 戻ってきたペラルゴニウムのあとに続き、私たちはまた別の道に入る。小鬼らの懐の奥へ、奥へと進んでいく……。



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