第43話 弟の観察眼

 ●○●


「強行偵察班? ふぅん。それで、私たち【アントス】を分けて、事に当たらせたいってワケね」

「へい。【アントス】の皆さんには、甚だ不本意かとは思いやすが、現状はそれだけ切羽詰まってるワケでして、偵察にも防衛にもそのお力は欠かす事のできねぇんですわ」


 私に同行して、パーティの分割を打診しにきたチッチが、ペコペコとコメツキバッタのごとく頭を下げて打診をする。対する【アントスのリーダー】フロックス・クロッカスは、そんなチッチの平身低頭にも渋面を湛えて応える。


「まぁ、状況が厳しいのはわかるわよ? でもそれなら、もう少し陣容が整うまで待てばいいじゃない。強行偵察なんて危ない任務に、軽々にパーティを割って当たりたくないのよねぇ……」


 その言葉で、フロックスの懸念を理解する。元より、彼ら冒険者というものは、自分たちのパーティの保全が最優先だ。なのに、他者の意向で組織を割り、さらには危険な作戦に従事させるというのは、パーティのリーダーとしては素直に頷けない話なのだろう。

 先の一件でカメリアが我々に同行したのは、あくまでも成算の高さと、危険に際しては即時の撤退が認められていたからこそだったのだろう。

 なるほど。チッチが同行を申し出るわけだ。このような複雑な交渉を、私が単独でできるわけがない。

 その必要性と報酬を、理詰めで説くのは可能かも知れないが、相手との間に軋轢や不信を招かずに、両者が納得できる落とし所を定めるのは難しい。【アントス】との不和を招いては、できる事もできなくなってしまう。そして、人間に対する私の態度は、往々にしてそれがあり得るというのも、理解はしている。

 だがしかし、そんな状況でなおも、私はフロックスに作戦に際しての条件を提示しなければならない。ここにきて、交渉に不利になりかねない要素を提示するのは、私の代わりに頭を下げているチッチの背を撃つがごとき真似だ。だがこれも、ショーンからの指示なのだ。我慢してもらう。


「同行に際して、こちらからメンバーの指定があります。カメリア、アネモネ、ペラルゴニウムの三名にしてください。フロックス、サイネリア、デイジーは別班でお願いします」


 私の、不躾ともいえる要求に、フロックスとチッチがキョトンとした顔でこちらを見る。まぁ、【アントス】としては、そしてそのパーティリーダーとしては、面白い話ではないだろう。リーダーの権限を侵すような要求である。

 やはり、多少ムッとした表情でフロックスが問うてくる。


「へぇ……。そのメンバーを選んだ理由は?」

「性の対象に、私が該当し得ないからです。ショーンより、【アントス】のメンバーと行動を共にするときは、先の三人にするようにと。逆に、後述の三名とは二人きりにならないよう、注意を受けています」

「「…………」」


 私が理由を明示した途端、チッチとフロックスの二人は、再び鳩が豆鉄砲を食らったような顔でこちらを見る。しかも、今回はなかなか再起動しない。

 たっぷり三〇秒程押し黙っていたフロックスが、恐る恐るといった風情で聞いてくる。


「ええっと……。それは、ショーンちゃんが言ったの?」

「はい」

「……すごいわね……。アタシたちと彼が行動を共にしたのなんて、先のトポロスタンの新ダンジョンのときくらいだってのに……」

「え? じゃあ、フロックスさんって女もイケる口なんでやすか?」


 チッチが驚いたように、長身のフロックスを見上げつつ問う。普段のフロックスの言動から、彼が男性に対して好意を抱く性癖であるのは知っていたようだが、女性もまた性の対象であるとは、さしもの情報屋でも知らなかったらしい。


「ええ。アタシは両刀よ。でも、女の子相手には怖がられちゃうから、あまり明け透けに好意を表したりしないだけ。それは男性相手も同じなんだけど、そもそも頭からアタシたちを毛嫌いするような輩は、こっちからしても願い下げだしね」

「な、なるほど……」

「デイジーは常から、自分の中身は男だと公言しているし、ショーンちゃんともそういう話をしていたようだから、知っててもおかしくはないわね。でも、よくサイネちゃんも、中身が普通の男の子だってわかったわね? あの子、露骨にショーンちゃんを避けてたのに」


 感心するフロックスに、私はふんすと息を吐いて胸を張る。その通り。私の弟はすごいのだ。


「サイネちゃんの村は、男児は成人するまで、病魔除けに女の子の格好をするっていう俗習があったらしくてね。で、その慣習のまま町にでてきて冒険者になっちゃったもんだから、新人たちの間では倦厭され、お稚児趣味の先輩冒険者たちからは引っ切りなしに勧誘を受けて、その町の冒険者の界隈では孤立していたのよ。当時のサイネちゃんは、それこそフードを脱いだら女の子に見えるような、紅顔の美少年だったしね。そこで、たまたまその町を訪れたアタシたちと同行する事になったの」

「あぁ、なるほど。たまにありやすね、そういうワケわかんねー迷信や俗習が蔓延ってる村」


 チッチが訳知り顔で頷いているので、人間社会では男児が女装するのは、そこまで特異な事ではないようだ。ならば、ショーンがたまに私の代理として女装するのも、そうおかしな行為ではないのだろう。

 であるならば、もう少し、私のものとは違う様相の服を着せ、彼を飾り立てたいという、胸に秘めたこの思いも、然程おかしなものではないはずだ。今度、打診をしてみよう。

 なんなら、太陽のなんとかという女から、私に送られるドレスを着せてもいい。ショーン名義で送られているのだから、ある意味正当な使い方といえる。


「そういうわけですので、手数ではありますが強行偵察班には、先述の三名から選んでください。私の矜持にかけて、五体満足で返すと約束します」

「そうねぇ。ま、いいわ! 常日頃、色眼鏡で見られるアタシたちを、短時間でそこまで理解してくれたのと、そうまで姉に悪い虫をつけないよう気を払っている、弟心を汲んであげましょう。そもそも、アタシたちがグラちゃんの護衛として付けられたのは、あなたの身の安全と貞操を考慮して、だしね」


 そう言ってウィンクするフロックスに微笑みかける。

 彼からしても、ここで私を性的対象に入れている者を選ぶのは、本来の依頼から外れると思ったのだろう。まぁ、私としてはこのダンジョン内にいる限りにおいては、寝込みを襲われようと遅れを取るとは思わない。

 だが、ショーンに言わせるとそういう事ではないらしい。難癖をつけられる可能性はできる限り潰しておかないと、伯爵家家臣としてのハリュー家として後々の面倒の芽になるらしい。まぁ、この辺りも、まだ私には少々難解な話だ。


「それに、やっぱり情報不足の現状って怖いからねぇ。急襲、奇襲を牽制する為にも、こっちからの動きは必要だったわ」

「そうですね」

「はい。そういった動きがないか、確かめる為にも、グラ様や【アントス】の方々にはご負担をおかけしやすが、お願いしやす」


 さらに頭を下げるチッチに、フロックスが苦笑しつつ頭をあげるよう促す。ふむ。なるほど、こういう場合、必要以上に相手に頭を下げさせるのは悪手。周囲からの心象が悪くなる、と。覚えておこう。


「こちらに割く人員は三人でなくても構いません。ですが、最悪でもペラルゴニウムは連れて行きたいところです。斥候が五級の二人というのは、やはり不安ですから」


 というより、【アントス】からペラルゴニウムが借りられるなら、連れて行きたくない。流石に、あそこまで脆弱な者では、守り切れる自信がない。

 彼女たち自身は、我々にとってそこまで重要な存在ではないのだが、その保護者たるラベージを、ショーンはそれなりに重視している。その為、彼女たちを損じて、ショーンの計画に蹉跌を生じさせるわけにはいかないのだ。姉として。


「そんなに心配しなくても、ペラルちゃん、カメリアちゃん、アネモネちゃんの三人をつけるわ。きちんと生還してもらう為にも、本来の依頼を全うする為にも、ね」

「了解です。では、責任をもってその三人を預かります」


 そうして、翌日には私、ペラルゴニウム、カメリア、アネモネの強行偵察班が組織され、三層の未踏地帯へと歩を進めた。目的は敵状視察と地形の把握。最低でも、小鬼集団に襲撃をかけ、敵方に危機感を抱かせ、こちらに対して攻勢をかけづらくする。

 まぁ、下手なつつき方をすると、逆に無謀な攻撃に打って出る可能性はないでもない。所詮ゴブリンの知能は、下級モンスターにしては秀逸、中級モンスターとしても優か可。ただし、身体能力を考慮すれば不可。そして、上級モンスターとしては落第といった程度だ。

 まぁ、それはそれで構わないだろう。真正面から打破し、攻略の一助とするのも悪くはない。問題は、多少四層発見の時期が早まるといった点だが、そればかりは多少のズレは仕方がない。



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