第42話 強行偵察班

 〈7〉


「諸々の準備は整いつつあるようですね」

「はい。まぁ、そうですね……」


 私の声に、チッチが自信なさげに頷く。やはりこの男は、安全策である領軍や特級冒険者の到着を待ちたいようだ。だが、できる事なら事は我々が関与できる範囲で進行させたい。その為にも、チッチが攻略班の頭目である現状の方が、都合がいいのだ。


「ですが……やはり、情報不足ですね……」


 私は、チッチが用意した三層の地図に目を落としつつ嘆息する。階段付近は通路の状態は勿論、斥候らの所感までが書き込まれているのだが、それが一定のラインより外になると、ぷっつりと情報が途絶えている。

 それが、このダンジョンにおける人の領域と、ダンジョンの領域の境となっている。攻略班には、その先は文字通りの人外魔境であろう。


「はい。小鬼らの厳重な警戒網と、あとは単純な物量から稠密ちゅうみつな敵陣のせいで、ろくに斥候が放ててねぇのが現状です。当然、わかってる事はそこまで多くありやせん」

「そうですね。このままでは闇雲に攻勢をかけるか、偵察が敵陣に切り込み、危険を冒して情報を持って帰るかしかないでしょう」

「現状、敵は深追いを避ける事はわかってやすが、常にそうとは限りやせん。あっしも、他のパーティに命を懸けて偵察して来い、とまでは言えやせんもんで……」

「まぁ、そこは冒険者とはそういうものなのですから、仕方のないところでしょう」


 これが軍であったなら、命懸けの強行偵察なども命令できたのだろう。ただし、『群』ではない『個々』たる冒険者の集団において、一つのパーティだけに危険を冒させるというのは、非常にリスキーな選択となる。

 勿論、チッチにはそれを命じる権利は付与されている。だが、それをすると今後の指揮に差し障りが生じるのだ。基本的に冒険者たちが重視するのは、全体の利よりも自分たちの利と、身の安全である。たまに、自己の利を優先して危地に足を踏み入れる連中がいないわけではないが、やはりその場合でも優先しているのはあくまでも、自分たちの利益であって、群全体の利益ではない。

 だからこそ、指揮官が理不尽な命令を下していると判断すれば、冒険者たちは及び腰になり、いざというときには組織の瓦解など構わず、さっさと遁走してしまう。それでは困ると、チッチは考えているのだろう。


「しかし、情報がないのは考えものですね……」

「はい。攻略に際して、予想外のダメージを負う可能性が高くなります……」


 実際のところ、私はこの新ダンジョンの詳細な地形やモンスターの配置を知悉している。だがしかし、それを明かすわけにもいかない。なんらかの方法でもって彼らに情報をもたらさなければ、探索は二進も三進もいかないだろう。


「であれば、私と【アントス】の合同で探索チームを組み、多少強硬手段を用いて、この先の情報を集めてきましょう。あなたたちは、敵が我々を追撃してきた際に備えて、防衛態勢を堅持していてください。まぁ、現状維持ですね」

「そうでやすね。お願いできますか? できれば、あっしもそのチームに加わりてぇところなんですが……」

「いま、指揮官であるあなたが無闇に危険を冒す真似は、百害あって一利もありません。私と【アントス】がいる以上、強行偵察班の戦力は十二分でしょう。ですが、ダンジョンではなにが起こるかわからないもの」


 私がそう述べると、チッチも神妙な面持ちで頷く。

 実体験でも、以前のバスガルのダンジョンにおいて、私とショーン、ダゴベルダと【雷神の力帯メギンギョルド】の前衛二人、斥候一人という、かなり恵まれた状態で挑んだ探索だというのに、モンスターの猛攻を受けて本隊から引き離され、ダンジョン内に孤立した事もある。あそこまでの事態はそうそうないだろうが、現状においてチッチと攻略班との間で連絡が途絶した場合、攻略班全体がパニックに陥る可能性は高い。そうなればもう、探索や防衛どころではない。チッチも、それを良くわかっている。


「ただ、申し訳ねぇんですが、【アントス】を全員連れていくのは、ちょっと勘弁してくだせぇ……。もしも強行偵察班を無視して、防衛地点に攻撃をされた際、三層の階段を抜かれる惧れがありやす」

「なるほど、……それは由々しき事態ですね。安心してください。元より【アントス】の全員を連れていくつもりはありません」


 三層の階段を死守している冒険者たちは、今回の攻略班における上澄みの者たちだ。対して、現在一、二層で小鬼の掃討を担っているのは、七級か下級の冒険者である。戦力的には、甚だ心許ない。

 もしもリーダー格の小鬼――我々が仮称しているところの『ゴブリン』が、二層に侵入してしまった場合、それをダンジョン外に逃さない保証ができない状態なのだ。いま冒険者ギルドやチッチらが、もっとも恐れているのがそれである。

 もしも在野の小鬼らを、数百単位で指揮できるような『ゴブリン』が地上で繁殖すれば、これまでは雑魚扱いだった小鬼の脅威度が、一気に引き上げられてしまう。

 それは、単に新種のモンスターが地上に根付くのとは、一線を画する脅威の出現となる。農村や小さな町にとっては、存亡の危機レベルの脅威となるだろう。

 人類社会にとって、看過し難い事態にまで発展する惧れとなるだろう。

 ショーンも、どうやら人間どもがそのように動くと予想し、またその封じ込め自体を阻むつもりはないらしい。もしそれが目的なら、ダンジョンの発見を遅らせて、手遅れになるのを待っていれば良かったのだから。


「我らの第一目的が、この新ダンジョンにおける小鬼らの封じ込めであるという前提は変わりません。そのうえで、できる事をやりましょう。偵察で得た情報は、どんな場合でも無駄になりません」

「はい。その辺りは、グラ様や【アントス】の方々の実力を信じておりやす。それでも、お気をつけください」

「ええ」


 なおも神妙な面持ちで忠告をしてくるチッチに、私もただ頷く。やはり慎重な男だ。こういう人間は、我らダンジョンにとっては厄介だが、なるほど人間たちからすれば安心して部隊の指揮を任せられる人材なのだろう。

 私の事は勿論、【アントス】の戦闘能力があれば、小鬼の群れそのものは然したる脅威ではないと、チッチもわかっている。私がいるのだから、モンスターの処理能力にも不安はない。となれば、問題は経戦能力のみとなる。

 そうである以上、一番の懸念点は油断や驕りから深入りする場合である。後方に分厚い敵陣を築かれれば、それこそ以前のバスガルのような事態にもなりかねない。


「まずは、軽く一当てしてきます。先々の地形や、敵情の視察ができれば最適ですが……」


 さて、『ゴブリン』らがどのような迎撃をするのかは、私にも未知数だ。流石に、危機に陥る事はないだろうが、ショーンの作ったモンスターがどのように動くのか、個人的には非常に興味がある。楽しみだ。



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