第35話 重大発表と旧王国領奪還作戦

「そういえば、聞いておるぞ。アルタンに【雷神の力帯メギンギョルド】のウサギが現れたらしいな」

「…………。お恥ずかしい限りです……」


 ラクラ宮中伯閣下からの言葉に、私は心底からの申し訳なさから頭を下げる。当然ながら、こちらが頭を下げる分には問題にはならない。

 同じパーティのメンバーでもある、トゥヴァイン・ラヴィッティ・ティコティコが問題を起こしたという話は聞いていないが、彼女が現れた以上、アルタンの町に少なからず動揺が走ったであろう点は、想像に難くない。下手をすれば、帝国までの交易に支障を生じたかも知れない。

 ただ動くだけで、国際問題になりかねない存在というのも、ある意味では難儀だと思うが……。


「いやいや。彼女は、他の兎人族に比べれば問題を起こさぬ方である。流石は南のウサギよな。その武力でダンジョン討伐に赴いてくれる点を思えば、差し引きではプラスであろうて」


 だが、ティコティコの名前を出されただけで謝罪を述べた私を宥めるように、宮中伯閣下は苦笑してから、彼女をフォローするような言葉を口にする。

 それはその通りなのだが、決して問題を起こさないわけではない。特に、性事情にまつわる問題には、【雷神の力帯メギンギョルド】一同で煩わされていない者はいないと言っていい。

 特に男性陣で、抵抗感のない者には、貪欲な彼女の性欲解消に協力をお願いしている者もおり、少々申し訳なく思ってもいる。これが、性別が逆だったら、心底唾棄するような状況なのだから……。

 ワンリーが、みだりに子種をバラ撒けない貴族籍であった事に感謝したのは、後にも先にもこの件だけだ……。


「私が気にしているのは、アルタンには例の姉弟がいるという点だ。もし、弟の方が彼女の琴線に触れるようだと……」

「近々、アルタンに飛んで確認してまいります」

「頼む。あの地は帝国に近すぎるうえ、海もある。あれだけの人材を、むざむざ他所に逃がすなど愚かにも程がある。其方ら【雷神の力帯メギンギョルド】とのよすがは、間違いなく彼の姉弟を我が国につなぎ止めているかすがいの一つ。努々、関係悪化は避けてもらいたい」

「心得ております。どうやら【暗がりの手】辺りは、かなり手厚く姉弟に便宜を図り、帝国と姉弟との関係悪化を忌避しているようです。勿論、徴兵免除の特権を有する冒険者に対する、常の懐柔策という面もあるでしょうが……」

「我が国に嫌気が差した際、行く先の選択肢における最上位を取る為、か」

「可能性は十二分にあり得るかと。あるいは、もっと直接的な調略という線もあるでしょうが……」

「姉弟は、ゲラッシ伯の配下に入る事を選んだ。少なくとも、いまはまだ我が国に愛想を尽かしてはいない。なればこそ、でき得るならばその状態を維持し、我が国を離れ難くなるよう、縁としがらみは多い方が望ましい」

「は」


 頷きはしたものの、姉弟がどの程度この国に愛着を抱いているのかは、正直測りかねるところだ。元々は、師に人買い紛いの方法で親元から離され、山中の庵で隠棲していたところ、師の死を切っ掛けに山を下りてきたという話だ。

 事と次第によっては、多少の利で他国へ転がる可能性もあり得る。それを防ぐ為には、姉弟が我が国に根を下ろすだけの利を提示し続ける必要がある。

雷神の力帯メギンギョルド】との関係というのも、彼らにとっては利の一つだ。故にこそ、間違っても【雷神の力帯メギンギョルド】が姉弟にとっての不利益になるわけにはいかない。


「ところで閣下、本日の催しのはどのような目的で開かれたものでしょう?」


 丁度いい話の区切りと思い、他の貴族たちの疑問を代弁すべく、質問を投げかける。私とて、此度のパーティが開かれた理由は気になる。単に、王族や王宮の権勢を誇示し、中央貴族の結束を強める為なら、もっと周知の期間を作って、できるだけ多くの者を招いて宴を開くはずだ。

 やや急ぎ足に思える、此度のパーティを開いた理由。誰もがそれを気にしていた。


「ふむ。まぁ、あまり勿体ぶりが過ぎるのも、興を削ぐか……。先の、次期伯爵の箔の話にもつながるのだがな……――」


 そう前置きしてから告げられた、宮中伯閣下の言葉に、私は今度こそ声をあげて驚いた。周囲の耳目が集中するのを感じるが、それどころではない。


「――それは……、誠の事でしょうか? い、いえ、閣下のお言葉を疑うわけではございませんが……」

「わかっている。大事も大事であるからな。しかし故にこそ、混乱で浮足立つ者が増えぬよう、中央から少しずつ周知させていこうという腹積もりよ」

「……普通は、大規模な催しで一気に周知するものでは……?」

「反対する者がおるならば、それもまた必要な措置であるがの。いまの第二王国にとって必要な事なれば、むしろ悪しき者の蠢動を抑える意味でも、少しずつ知らせるべきという結論に至ったのだ」

「反対する者はおられるかと存じますが……」


 そもそも、これまで決まっていなかったのは、幾人かの候補に決定打といえる要素が欠けていたからだ。そしてそれ以上に、第二王国内の貴族たちが、それを元に相争う事を避けたがったのも大きい。


「フィクリヤ公爵家の事を言っているのならば問題はない。フィクリヤ公も、現状のまま、これ以上の権勢を望めば、国が割れて敵が増えると自覚しておられる。また、これ以上の空位を許せば、それもまた国を割る原因になるという考えも、我々と同じだ」

「【新王国派】に関してはいかがするのです?」

「彼の者らもまた、第二王国の権威の揺らぎを察して、保身を図っていたに過ぎん。勿論、先鋭化している輩がいるのも事実であるが、故にこそ此度の一件で、過激な輩とそうでない者との間に、楔を打ち込む事になるであろう」

「なるほど」


 宮中伯閣下の言葉は、それなりに納得のいくものではあった。だがしかし、それはやはり、このような小規模な宴での周知が必要な要素とは思えないものだった。むしろどこか、閣下を始めとした王宮側の焦りを、私は感じていた。

 その点に気付いたのだろう、宮中伯閣下は苦笑すると、今度は口元を隠しつつ、本当に小さな声で言葉を紡ぐ。


「――ヴェルヴェルデ大公陛下も、もはや我慢も限界であう。間違いなく、此度の事には賛意を示してくださるだろう」

「……なるほど」


 つまりは、旧王国領奪還作戦と此度の事は紐付けられているわけだ。下手に、第二王国中央で政争など起こされて、王領奪還をこれ以上妨げられるのは望まない。それを逆手に取って、此度は彼の大公を味方にするというわけだ。

 宮中伯閣下、ドゥーラ大公閣下、フィクリヤ公爵閣下に加え、ヴェルヴェルデ大公陛下と、選定侯の内四名もを味方に付けられたなら、根回しとしては十分という事か。まして、残りのヴィラモラ辺境伯閣下もシカシカ大司教座下も、この件に関して特に反対の立場ではあるまい。

 こちらも既に、王宮側としては既定路線というわけだ。私――チェルカトーレ女男爵としても、この流れに乗らぬわけにはいかない。ここに集った貴族たちもまた、このアドバンテージを活かす為にも、王宮側の舗装した道に乗るのが最善だ。

 本当に、ここでのお披露目は、貴族社会における衝撃緩和と余計な政争の芽を摘む為のもの、というわけだ。


「なるほど……」

「そういうわけだ。これ以上、西側に問題を抱えるわけにはいかん。その点でも、彼の姉弟には大人しく、帝国への重石として鎮座していてもらいたい。よろしく頼むぞ?」

「了解いたしました」


 私は大きく頷く。これより第二王国は、大きく動く事になる。その騒動に集中する為にも、王国の西側には静寂が必要だ。宮中伯閣下が神経を尖らせているのも、当然だ。

 私個人としても、男爵家としても、そしてなにより【雷神の力帯メギンギョルド】としても、ここで問題を起こすわけにはいかないと、改めて覚悟を定める。

 もしもティコティコが暴走しているようなら、最悪ウサギ半島に捨ててこよう。ワンリーやセイブンも、貞操の安全に胸を撫で下ろすに違いない。


 ●○●


 その日、第二王国中央貴族たちに激震が走った。玉座の主を定める聖ボゥルタン王選挙が、三名の選帝侯の名の元に発布されたのだ。

 これにより、二〇年近く続いた第二王国に新たな王が立つ事が確実視され、それは大国である第二王国の権威を大いに高める事につながる。勿論、即位する者の資質によっては、逆の結果になる場合も、往々にしてあり得るだろう。

 その噂は瞬く間に第二王国中に浸透し、どころか国外にも怒涛の勢いで広がっていくのだった。



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