第49話 双翼・炎の翼

 ●○●


 グラ様が、ダンジョン跡となった洞窟の壁面を、なんらかのマジックアイテムを用いて調べている。手元の皮紙になにかを記録しては、マジックアイテムと睨み合いを続けていた。

 ダンジョンの主を失ったダンジョンは、いつ崩落を始めてもおかしくはない。なので当然、アタシたちが調査を行っているのは入り口から程近い、ダンジョンとしては浅い領域のみだ。


「はぅ……。相も変わらず、お美しい……」


 アタシの隣で、ランが艶っぽいため息を吐く。視線の先にいるのは当然、件の黒髪の麗人だ。

 肩口で切り揃えられた黒髪は黒曜石がごとく艶めき、白魚のようなその御手とかんばせだけが、埃っぽいダンジョン跡の坑道においては、場違いな程に綺麗だった。その白さと肌理細やかさは、この薄暗い洞窟にあっては光すら放って見える。同性としては、嫉妬ではらわたが煮えくり返りそうになる程だ。

 ああ、たしかに美しい。顔の作りは弟と見間違える程近いのに、どういうわけか彼は親しみやすく、彼女は周囲を寄せ付けぬ程の冷厳で近寄り難い美しさを有している。まるで夾竹桃と桃の花のようだ。さて、どちらがどちらなのか……。

 双子でありながら、あの姉弟はどういわけか、互いの違いの方が目立つ。むしろ、容姿が瓜二つである事の方に、違和感を覚える程だ。


「はぁ……。私に画才があれば、いまこの瞬間を一幅の絵にして残すのに……」


 まぁ、だからといって、ラン程入れ込む気持ちはわからないが……。


「ちょっとラン。いくらダンジョンの主のいないダンジョン跡とはいえ、モンスターが巣食っている可能性はあるんだから、警戒を怠るんじゃないわよ」

「……――そうだね。お姉さまの調査の邪魔をされるわけにはいかないもの」


 ランが、まるで忠誠を誓う王からの命を遂行する騎士のような面持ちで、杖を握る手に力を籠める。アタシとしては、そこまで気負うような事でもないと言いたかったのだが、先程の陶然とした注意散漫の常態よりはマシと口を噤んだ。


「それにしても、最近アタシたち【金生みの指輪アンドヴァラナウト】としての活動がほとんどないわよね……。今回も、ショーン・ハリューより直々にウチの男連中は依頼に加えないって明言されちゃったし……」

「仕方がないよ。弟君おとうとぎみが私たち二人を指名したのも、お姉さまと同性であったからだし。男であるカイルとラーチを、わざわざ入れる意味はなかったもの。なにより、二人はまだ定期的に峠道の整備に駆り出されてるもん」

「まぁ、そうなんだけどね……」


 たしかにその通りではある……。そしてそれ以上に、ショーン・ハリューにとってアタシたち【金生みの指輪アンドヴァラナウト】は、まだ信用に値するような一行ではないのだ。アタシらが今回一行に選ばれたのも、単に手近にいた女性冒険者であった点と、ランがいたからだろう。ランの場合、ウチのパーティが崩壊しようと、グラ様の利益を優先しかねないからね。

 ただ、そういう理由以前に、アタシとランはラベージやハリュー家の仕事を手伝う事で、そこそこの生計が立てられてしまっているというのが、いろいろとモヤる……。これまで一生懸命培ってきた、冒険者としてのキャリアが否定されているようで……。

 だけど、安全で確実に糧を得られるいまの状況の方が、冒険者などというアウトローギリギリの生き方より、真っ当であるのも事実なのだ……。あと、正直楽……。


「それに一応、これも冒険者としての活動よ? 冬の山中を行動するというのは、結構な危険を伴う行為だし、ダンジョン跡だって普通は足を踏み入れたくない場所だもの」

「それはそうだけど……」


 依頼を受けて危険を冒す者だから冒険者。求めれられれば、凶悪なモンスターの討伐だろうと、危険なダンジョン探索だろうと、人跡未踏の森の奥だろうと、代価次第で請け負うのが生業だ。

 そういわれれば、今回の依頼も冒険者らしいと言って言えなくもないのかも知れない。少なくとも、冬の山中や討伐の終わったダンジョン跡などには、依頼でもなければ足を踏み入れたい場所ではない。そういう経験が積めたというのも、今後の冒険者としての活動の為にはなったといえるだろう。まぁ、十分な装備とグラ様とランという属性術師がいたからこそ、ある程度楽な旅路となったわけだが。

 やはり、パーティに魔術師がいるのといないのとでは、町の外での活動における安全と快適さは段違いだ。


「それにしても、ショーン・ハリューも随分と過保護よね……」


 普通、いくら姉が大事だからといって、わざわざアタシらに報酬を支払ってまで、一行に加えるだろうか? 【愛の妻プシュケ】の二人はたしかに男性二人であるが、ウーフーとイミはハリュー家の使用人である。彼らにも五級冒険者の面子もあるし、もっといえばいまやグラ様はれっきとした伯爵家の家臣だ。

 これを害する行為は、伯爵領のすべてを敵に回すに等しい。いかに冒険者が胡乱者ばかりといえど、そうそう軽率な真似などできる状況ではない。

 まして、グラ様自身の実力を考えれば、もし万が一が起こったとしても、アタシらの出番などない。【愛の妻プシュケ】が炭と化すのを、ただ見ている事しかできない。


「本当にありがたい事だよね。弟君は、私みたいな者でも、お姉さまの交友関係が広がるなら、それを肯定的に捉えてくれている節があるの。普通、お姉さまの事を大切に思っているなら、私みたいな不審人物は真っ先に排除するでしょう?」


 なるほど。つまりは、今回の旅程で姉の交友関係を深めつつ、アタシともそこそこの関係が築けるようにという配慮か。相変わらず、やる事に卒のない少年だ。

 アタシはそう考えつつも、ランの言葉に呆れて返す。


「それ……、自分で言う? 理解しているならやめなさいよ、変態みたいな真似……」

「理性で抑えられる衝動なら、とっくに自制してるよ。できないからこそ、この衝動に突き動かされるエネルギーを、お姉さまのお役に立ててもらいたいの! お姉さまの為ならば、私は水火も辞さない覚悟なんだよ!」


 意気込むランに、付き合っていられないとため息を吐きつつ、首を巡らせる。この娘がどこに向かっているのか、アタシにはわからない……。

 警戒を怠るわけにはいかないが、はやりダンジョンの主を失ったダンジョン跡に出現するモンスターは少ない。ダンジョンの主討伐後、トポロスタンの町に在籍する冒険者たちが掃討したあとなので、それも当然だ。

 もしいても、【愛の妻プシュケ】の二人がハリュー家使用人の冒険者教育の為の教材として使うだろう。あの二人も、どういうわけか姉弟にかなり心酔しているようだ。

 ただ、ランと違って【愛の妻プシュケ】の尊敬は弟の方に向いているようだ。まぁ、深くは追及しない……。


「はぁ……。お姉さまの炎の翼を、いま一度拝見したいなぁ……。火の粉を舞わせて飛翔するお姉さまは、まさしく【陽炎の天使】そのもの……。帝国辺りでは【火の悪戯神ウートガルザ】なんて呼ばれているらしいけど、お姉さまの可憐さと気高さを併せ持つあの高貴な姿には、あまり似合わないよね?」

「あー、はいはい。そうね、すごいわね」

「ええ! それはもうすごいの! すごく綺麗で、美しくて、荘厳で、神々しいの……。嗚呼……、どうして私はサイタンまで同行を許されなかったの……。弟君と手を取り合い、戦場の渦中で踊るお姉さま。そして、その唇から放たれた詠唱によって呼び出される、腐虫の死神【フラン】……。あまりにも絶対的で、絶望的で、だからこそ――このうえなく美しかったはず……――そう、あの日のように……」

「ああ、アレってそんな可愛い名前で呼ばれてたんだ……」


 陶然とため息を吐くランの様子を、努めて無視しつつアタシは、どうでもいい点に焦点を当てる事で、話を逸らそうと試みる。

 ハリュー姉弟が【サイタン郊外の戦い】で挙げた戦功については、そこそこの情報が出回っている。当然、アタシもさわり程度の事は知っている。

 とはいえ、酒の肴にするにはが強すぎる為、酒場で語られるのはもっぱら、竜公女ドラキュリアの武勇伝ばかりだ。吟遊詩人たちも、ハリュー姉弟を題材とするならば、姉弟の戦果を謳わねばならない。だが、そうなると【死神召喚】の場面は外せない。

 だが、その活躍は食事を口にしながら聞きたいような逸話ものではない。むしろ、臨場感たっぷりに語れば語る程、おおいに食欲を減衰させる話になるだろう。彼ら吟遊詩人も、生活をかけて歌っているのだから、必然的におひねりの多い方を選ぶ。そうすると当然、謳われるのは竜公女の物語となるわけだ。

 ただ――

 アタシは背筋を撫ぜる寒気に、身を震わせる。姉弟の呼び出す死神というものに、アタシはひどく心当たりがある。ランもまた、その【フラン】がアレと同等のものであると察しているのだろう。

……それを思い出して頬を染められる心情には、微塵も共感できない。むしろアタシは、いまでも夜中に思い出して飛び起きる程だ。

 姉弟が死神を呼び出す、などという噂が立ったのはあのあとからだ……。もしかすれば、アタシらはその術の実験台にされていたのかも知れない。そして、だとするとあのとき、アタシらは死んでいたかも知れないのだ……。


 再び背筋を撫で上げた寒気に、アタシは断りを入れてから少し離れた場所で、用を足した。



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