第48話 失礼な来客と無礼な応対

 ●○●


 翌日。牧場に向かって、久しぶりにアルティとスタルヌートとも顔を合わせる。本日は、彼らも連れて食糧確保の為に山中での狩りを行う予定だ。マジックアイテムの――という事で牧場に備え付けられている――巨大な冷蔵、冷凍庫には十分な量の餌肉が確保されているものの、飼育する竜の頭数が二頭も増えるとなると、それに要する肉の量は爆増する。ベアトリーチェが音を上げるのもむべなるかなだ。

 リッツェに跨り、アルティ、コッロ、スタルヌートの最初の四頭に加えて、その他の七頭も連れている。この七頭は完全に荷物持ちだ。スタルヌートの背には、シモーネさんが跨っている。

 今現在我が家には、竜に騎乗できる人員が僕しかいない為、今回の狩りにはシモーネさんにも協力をお願いしたのだ。跨るだけなら、シッケスさんやィエイト君にもできるだろうけど、騎乗技術ともなるとそれなりの訓練期間が必要になる。彼らにとって、それらの習得にあまり益はない。強制するわけにはいかない。


「は? 来客? こんな急に?」


 だが、いざ出発という段になってから、屋敷から使用人がすっ飛んできた。その理由は、急な訪問客である。

 いくら急な来訪といえど、朝一番に先触れくらいは出すのが礼儀だ。それもなく、いきなり我が家を訪うような、文字通りの失礼な輩は、端から無視すればいい。

 だが、使用人から告げられた相手が相手だ……。無視するわけにもいかない。


「すみません、シモーネさん。せっかく予定を空けてもらったのに……」

「いえ。既に役目を終えて暇な身ですから。事情もわかっておりますし、お気になさらず」


 苦笑するシモーネさんに再度頭を下げ、さらに翌日の同時刻にアポを取り直させてもらって、狩りの予定を延期した。事が竜たちの糧秣に関わる事態である以上、そうそう後回しにできない。

 それから僕は、押っ取り刀で牧場から屋敷に戻り、鎧もそのままに来客と面会した。これもまた無礼な事ではあるが、先に無礼を働いたのは向こうだ。これくらいは甘受してもらおう。


「急な訪問を陳謝させていただく。主、クゥーゼ・カシーラ様よりの使い、フロトワ・カシーラと申す。こちらが、主よりハリュー家ご当主、グラ殿へ宛てた書状となり申す」

「当主のグラは、現在隣領のトポロスタン近郊に出向いております。ぼ――私が代理として受け取ってもよろしいものでしょうか?」


 謝意を口にしているが、一切悪びれた様子もなく、カシーラ家からの使者が居丈高に書状を渡してくる。カシーラ家は、ゲラッシ伯爵家における有力家臣一族の一つだ。

 こんなもん、使用人に託すだけでいいだろうという話なのだが、この使者がグラ、もしくは僕との面会を強く希望したのだ。新米家臣家である我が家が、旧ゲラッシ伯爵家にも仕えた譜代家臣からの使いを、みだりに無下にできない。

――と、ザカリーが判断して、僕に使いを出したというわけだ。

 カシーラ家からの使いと言いつつこの人、現当主の息子なのだ。次期当主が有力視されているわけではないが、それでも状況次第では十分に家督を継ぐ事はありえる立ち位置だ。また、今現在も親族という事で、カシーラ家でもそこそこの地位についている。なお、息子といっても普通に四〇くらいのおじさんである。


「構わない。だが、間違いなくご当主殿の元に届け、お返事をいただきたい」

「そうですか。ご用件はそれだけですか?」


 もしそうであれば、やはり手紙を使用人に渡すだけで事足りたはずだ。先触れすら出さずに訪問し、こちらの予定を押してまで面会を求めた理由には足りない。

 僕としては、カシーラ家当主が直々に訪問してきたとかでもない限り、わざわざ呼びにくる必要まではなかったように思う。特に、竜たちの食糧事情に多少なりとも支障を生じさせているのだ。

 これが、ただの興味本位とかだったりしたら、次期当主だとしても蹴り出しているところだ。


「いや……」


 だが、やはりというべきか、まだなにかあったらしい。言い淀むフロトワさんを眺めつつ、続く言葉を待つ。この状況で勿体ぶらなくていいから。

 やがて、決心がついたのか強い眼差しでこちらを見つつ口を開いたフロトワさん。


「――……中央において、次期王位を争う継承選挙が開かれる運びとなるそうで」

「そうらしいですね。【雷神の力帯メギンギョルド】のチェルカトーレ女男爵からお聞きしました」


 おや。なにやら視線の圧が高まったな。サリーさんに思うところでもあるのか、この人?


「……ハリュー家は中央からも一目置かれているご様子。されど、ここは王冠領であり、伯爵領である。努々、中央の政争に、みだりに首を突っ込んだりしませぬよう、ご忠告申しあげる」

「いや、なんで僕らがそんなものに関わらなくちゃならないんですか……」


 まるで、便所の水を飲むなとでも忠告されたような気分だ。分別のつかない赤子や犬猫とでも思っているのか? いやまぁ、この人からすれば、僕らは年齢的に大差ないように見えるのかも知れないけどさ……。


「好き好んで、そんな面倒事に関わるつもりはありません」


 だからこそ、ここはキッパリと断りを入れておく。この人が、僕かグラとの体面を強く願ったのも、これを直接己の口で伝え、僕らの口から答えを貰う為だったのだろう。あとは、言われた際の僕らの反応を見る為とか、書面に残したくない事柄だった、とかが理由か。

 となると、サリーさんの事も【雷神の力帯メギンギョルド】のメンバーというよりは、中央に近い貴族として認識しているのだろう。先程の視線の意味も、こんな早い段階で、中央の貴族がコンタクトを取ったという意味で、警戒心を強めたのだろう。

 伯爵領的には、中央のゴタゴタに煩わされたくない。特に【旧譜代】と呼ばれる彼ら、カシーラ派の伯爵家家臣は王冠領と強い結びつきを有する。その意識も、途絶えた旧ゲラッシ伯爵家に近い、王冠領の一員としてのものなのかも知れない。

 だとすると、王冠領ではなく第二王国中央の派閥に属す現ゲラッシ伯爵家とは、根本の帰属意識が違う事になる。帰属意識の違いは政治派閥の違いとも同義だ。

 これは、中央の政争に僕らが関わるなという忠告とともに、もしも主であるゲラッシ伯がそちらに関わろうとした際に、掣肘に加わってくれという根回しである可能性もある。なので、そこは言質を与えないよう、気を付けなければならない。


「――主家である、ゲラッシ伯爵のご意向を最優先にいたします事、伯爵家家臣、当主グラに代わりましてお約束いたしましょう」

「…………」


 こちらの返答を吟味するかのように、鋭い視線を投げかけつつ沈黙を保つフロトワさん。あるいは、満足のいく回答ではなかったのかも知れないが、取られる揚げ足は出さない。

 場合によっては、この人たちが僕らとディラッソ君との間に、楔を打ち込まんとしている可能性まであるのだ。

 昨今、伯爵家家臣団内における【旧譜代】派閥には、その影響力に翳りが生じているそうだ。それこそ、伯爵家家臣団内の政争に巻き込まれかねん。それは中央の政争に巻き込まれるのと同じくらい、ごめんな未来だ。適切な距離を取りつつ、忠告には素直に従っておく。言っている事は間違っていないし、そもそも関わるつもりなんてなかったしね。


「ハリュー家としてのご意向、しかとお聞きいたし申した。主も安心いたしましょう」

「そうであるならば重畳にございます。たいしたおもてなしもできなかった事、誠にお詫びいたします」

「……。いえ、こちらが不躾にも面会の約束もなしに訪問したが故の事にござれば。こちらこそ、重ね重ね申し訳なかった」

「左様ならばこれにて」

「は。これにて失礼いたし申す」


 僕の慇懃無礼な『帰れ』コールを受けて、フロトワさんはさっさと帰っていった。やれやれ……。こんな雑事で、予定を変えさせられたのか……。

 いやまぁ、カシーラ家としての懸念はわからないでもない。だが、だからといって一方的に迷惑をかけられて面白いわけもない。


 その日の内に、もう一つの有力家臣であるデトロ家から、面会の予約が入った。フロトワさんが無理を通したの、デトロ家の使者と競ってたわけじゃないよね? むしろ、ゴリ押ししたせいでこちらの心象はかなり悪くなったけど?

 勿論、翌日の予約は断って、翌々日に回した。政争なんぞより、竜たちの餌が優先だ。いくらなんでも、ここでデトロ家を優先したりしたら、シモーネさんに失礼すぎるしね。



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