第73話 命の対価は暴利
ショーン・ハリューの言葉の意味は、俺たちを敵と見做すものなのか否か、咄嗟には判断できなかった。だが、そんな俺に構う事なく、ショーン・ハリューは淡々と言葉を続ける。
「あと、もういつこの家に襲撃があってもおかしくありません。周囲に対する警戒と、避難の判断をよろしくお願いします。直前に戦力が半減してしまったのですが、大丈夫ですか?」
「問題ない。相手はただの人間だろう? モンスターよりもパターンが限られている分、御しやすい。僕一人で一〇〇人までの敵なら対応はできる。使用人が避難したあとであれば、自由に動ける分、五〇〇人が相手でも戦える」
ィエイト殿でなければ、大言壮語と鼻で笑うような言葉だ。だが、ショーン・ハリューもィエイト殿も、その言葉を当然とばかりに扱っている。
それから二人は、いそいそと部屋を出ていった。ザカリーも二、三ショーン・ハリューと声を潜めて打ち合わせをしてから、こちらに頭を下げて退出する。
にわかに騒がしくなる屋敷の喧騒が、ドアの向こうから聞こえてくるようになってきた。屋敷全体が、襲撃者に対しての警戒態勢に移行したのだろう。
だが、この応接室だけは、そんな騒がしさとは無縁の空間であり、重く湿った空気が漂っていた。
「……正直なところ、思うところがないわけではありません。以後ラベージさんに、僕らにとって重要な案件を任せる事は、まぁないでしょう」
「……当然ですね」
ここまで彼の意向に反して動いた俺に、今後ハリュー姉弟からの信頼が向けられる事はないだろう。大事な仕事を任せても、またぞろ別の理由で嫌だ嫌だと言い出しかねないと思われていてもおかしくない。そうでなくたって、重要な仕事を任せる相手としては、約束を破るような輩は不適格だろう。現状俺は、ショーン・ハリューからの最後通牒すら、破ってしまっているのだから。
「とはいえ、運が良いのか悪いのか、あなた方を罰せない理由もあります」
「理由ですか?」
「ええ。しかしながら、その理由については、信用のおけないあなた方に知らせる事はできません。ラベージさんと、そちらのラスタさんでしたか? あなたたち二人は、今後ィエイト君の監視下にいてもらいます。このうえ、敵と内通されてはたまりませんから。それこそ、その命を頂戴しなくてはならなくなります」
「わかりました……」
「ちょっと待って! あいつらはどうなるの!?」
ショーン・ハリューの、話はここで終わりだとでも言わんばかりの口ぶりから、流石に黙っていられないと思ったのだろう、ラスタが詰問する。ショーン・ハリューは、そんなラスタを見て笑っていた。だがそこには、一切の色が感じられない。
虚ろな目は彼女を映しておらず、彫像のように微動だにしない笑顔は、いっそ恐ろしくすらあった。視線は再び俺に向けられ、ラスタの声など聞こえず、存在など見えていないと言わんばかりに、彼はただただ薄く笑っていた。
――ショーン・ハリューは、答えない。
沈黙が応接室に満ち、重苦しい空気が漂っていた。
「ショーン様、俺たちの願いは【
俺は沈黙に耐え切れずに言葉を紡いだ。対するショーン・ハリューも、俺の存在は認めているのか、にこやかに口を開く。
「協力と言われましても、ラベージさんはいま持っている手札をすべて晒してくれたのでは? これ以上の協力とは、どのようなものを想定していますか? まさか、まだこちらに晒していない手札を隠し持っている、とかですか?」
それならそれで、さらに信用が落ちるだろう。だがこれは、【
「実は、ギルドの支部長と直通の連絡手段があります。これで協力を要請できるのでは?」
「ギルドですか? ああ、なるほど。襲撃の際の鳴子というわけですか」
「ご明察です……」
グランジから渡されたマジックアイテムの存在を開示し、ギルドとの協調態勢の提案。現状、孤立無援のような状態であるハリュー姉弟にとって、味方ができるのは大きいだろう。
とはいえ、本来味方などいなくても、襲撃者を撃退してしまいそうな彼らが、それを必要とするのか否か。それは、俺には判断のつかないところだ。
「ふぅむ……。なるほど。まぁ、共同歩調を取る事自体は問題ありませんが、このうえギルドがなにをしてくれるのでしょう? まさか、我が家を守る為に、他の冒険者を遣わしてくれる訳ではないのでしょう?」
それは、たしかにそうだ。冒険者ギルドが、所属する冒険者の犯罪行為の抑止の為に他の冒険者に依頼をだす、などという事はまずないだろう。元々が、胡乱な連中の集まりであり、それを承知でモンスターの間引きやダンジョンの攻略に使っているところはあるのだ。
冒険者の犯す罪のいちいちに、ギルドが対処するという事は、まずない。大抵は、司直の手に委ねるだけだ。
「だが、ギルマスのグランジは、今回の件にだいぶ頭を痛めていました。情報もかき集めていたようですし、協力を要請すれば、少なくともグランジ個人は動いてくれるかと」
「ふぅむ。まぁ、後々の為にも、味方は多い方がいいか。なるほど、それはたしかに有効な提案でした」
「俺が考え付くのはこのくらいです。ですが、他にもできる事があるのなら、協力は惜しみません。微力を尽くします。だからどうか、馬鹿どもの命だけは、救ってもらえませんか!」
そう言って立ちあがり、深々と頭を下げる。遅れてラスタも、俺の隣で頭を下げた。
グランジとの連絡手段ごときで、この人が動いてくれるとは思えない。ショーン・ハリューにとってギルドの協力など、最悪なくても構わない程度のものでしかないのだから。
だが悔しいが、しがない中級冒険者の俺にできる事など、この程度が関の山なのだ。本当の本当に、ただの微力でしかない。
それでも、俺の言葉に嘘はない。できる事ならなんでもする。
「――我が家の使用人に、小人族と豹人族がいるのですが、その二人にあなたの斥候の技術を伝授していただけませんか? 他にも希望者がいれば、そちらは別途報酬をお支払いいたします」
唐突なショーン・ハリューの言葉に、俺は顔を起こして彼を見る。なんの冗談だ?
「えっと……?」
「いやぁ、恥ずかしい話ですが、僕らには斥候の技術を学ぶ時間も意欲もありません。ですので、今後必要になる人材は、雇うか育てるかでした。しかし、雇う方の第一候補だったラベージさんは、残念ながら使えなくなってしまいました。なので、育てる事にします」
「その育成を、俺に?」
「はい」
肯ずるショーン・ハリューを、そんなものが対価になるのかという思いで見つめる。そんな俺に、彼は苦笑して言葉を続けた。
「今回の襲撃に、あなたたちの出番はもうありません。下手に手出しをされると、こちらとしても困ります。なので、大人しくィエイト君の監視下にいてください」
「はい」
「その後、今回の借りを返すという形で、我が家の使用人に、あなたの技術を伝授してくださいと、そういう契約です。あなたが二〇年も歳月で培ってきた技術を、ほとんどタダで寄越せと言っているのです。正直、言っていて自分でも、なかなかに貪欲な請求だと思いますよ?」
ケラケラと笑うショーン・ハリューだが、そこに嘘はない。彼は本当に、俺の技術に、そこまでの評価をしてくれているのだろう。あの新造の小規模ダンジョンにて、その評価は十分に理解していた。
「そ、それで、お願いします!」
鼻の奥がツンとして、俺は慌てて頭を下げた。
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