第74話 オールグリーン

「でもまぁ、この契約はあくまでも【金生みの指輪アンドヴァラナウト】のメンバーの生存を、できる範囲で保障するというだけのものです。もし万が一彼らが冒険者を続けられないような後遺症が残る怪我を負うか、最悪死亡しても恨まないでくださいよ?」

「それは、はい。当然です」


 己を攻撃してくる相手の助命を頼んでいるのだ。俺は自分の願いが、元々無理難題なんだと思い知りつつ、感謝の意を込めてまた頭を下げた。

 話はこれで終わりとばかりに、ショーン・ハリューは柏手を打った。


「さて、これから我々も忙しくなります。ラベージさんたちは、ィエイト君と一緒に行動してください。なお、依頼で知り得た我が家の構造や秘密は、口外厳禁ですからね?」

「は、はぁ。わかりました」


 口外厳禁の内容がわからず、ついつい曖昧な返答をしてしまった。そうこうしている内に、ショーン・ハリューもまたそそくさと部屋から出て行ってしまった。

 応接室にぽつんと二人、残されてしまった俺たちは顔を合わせる。ラスタは困ったような表情だった。きっと俺も、同じ表情だっただろう。


「警戒している割に、監視がザルね……」

「まぁ、アレはどちらかといえば、警戒ってよりかは警告って感じだったからな。俺らが裏切るなら裏切るで、あの人にとっちゃ大差ない事なのかもな。その場合、今度こそ俺たちの命運はそこで終わりだ。たとえ草の根分けてでも見つけ出されて、見せしめとして残酷に殺されると思っておけ。ハリュー姉弟よりも、この件に関しちゃウル・ロッドが黙ってないだろうからな」

「わ、わかってるわよ!」


 既に俺たちは、ショーン・ハリューの面子を汚してしまっている。それでも穏便に話が進んでいるのは、その事が非常に内々で収まっているからだ。もし、前回と今回の一件がウル・ロッドの耳に入れば、ハリュー姉弟の面子を守る為に、ウル・ロッドが俺たちに対し、報復をするだろう。

 なにせそれは、ウル・ロッドの面子にも泥を塗るのと同じ行為なのだから。俺たちに俺たちの事情があるように、彼らには彼らの事情があるのだ。ハリュー姉弟とて、周囲から舐められたら確実に面倒が舞い込む立場であり、事が公になれば俺たちに報復をせざるを得ないだろう。


「なんにしたって、俺たちにできるのはこれまでだ……。これ以上は、ひたすらにあの人の寛恕に縋るしかねえ」

「ね、ねぇ、姉の方に頼めばなんとかならない? なんたって【陽炎の天使】なんでしょ?」


 あまりに的外れな意見に、俺は青い顔で吹き出しそうになるという、稀有な体験をした。突拍子もなさ過ぎて、また、事態の悪化しか招かないラスタのその意見を、俺は一考の余地なく却下する。


「アホか。今回の件をグラ様が知ったら、それこそ命がねえ。あの人は、弟の為ならなんでもするし、弟の為にならなければ、なんでも切り捨てる。俺たちがまたもあの人に不利益をもたらしたと知れば、次の瞬間には問答無用で細切れにされてたっておかしくはねえんだ」


 この町では、どういうわけかハリュー姉弟に対する人物評は、慈悲深い姉と無慈悲な弟というものが主流だ。それがあべこべの評価であると知るのは、彼ら姉弟に近しい者だけだろう。具体的には、俺や【雷神の力帯メギンギョルド】、あとはウル・ロッドくらいか。

 姉弟の交流範囲が狭く、また姉は滅多に町にでない為、正しい認識を得る為の判断材料が得られないのだろう。なればこそ、この間違った印象が蔓延してしまっている。

 ハッキリ言って、これは結構危うい状況だと思う。今回みたいに、姉弟の面子に傷を付けて詫びを入れなければならなくなった際、慈悲を乞う相手を間違えてしまいかねない。

 ギルドには、グランジを通して厳重に忠告をしておかねばならないだろう。あとはまぁ、他人が判断をミスらねえ事を祈るだけだ。残念ながら、いまの俺に他所様の事情まで配慮してやれる余裕などない。


「しかし、ィエイト殿に俺たちを任せて、ショーン様はどうやってギルドと連絡を取るつもりなんだ?」

「さぁ?」


 首を傾げるラスタ。ドアの外からは、相も変わらずバタバタと忙しない音が聞こえてきていたが、俺たちはしばらくそうして益体もない会話を続けている事しかできなかった。

 ィエイト殿が部屋に戻ってきたのは、それからたっぷり一時間は経っての事だった。そしてそれから十分と経たず、階上から警鐘が鳴り響いた。


 ●○●


「さて、久々にまともな侵入者だ」

「はい。最近はめっきり、マフィアの連中の質も落ちましたからね」

「そうだね。せめて冒険者崩れの、それも五級くらいのヤツを連れてきてくれないとね」


 地下に戻ってきた僕らは、研究室で至心法ダンジョンツールを起動してダンジョンの最終チェックをしながら、対策会議を行っていた。

 予想される相手は、上級冒険者パーティの【幻の青金剛ホープ】とその他冒険者パーティ。これまでの、中級冒険者でも掃き溜めのような連中とは、一線を画すであろう侵入者だ。

 久方振りに、命の危機における緊張感が、僕の心拍数をあげていた。勿論、それはいまだ早鐘という程のものではない。暖機運転のような状態だ。

 それでも、少しだけワクワクしているのは、否定できない事実だ。


「【強欲者の敷石パッショネイトアプローチ】、【迷わずの厳関口エントランス&エグジット】、【暗病の死蔵庫テラーズパントリー】、【目移りする衣裳部屋カレイドレスルーム】、いずれも正常稼働」

「二階層、三階層も問題なしだ。オニイソメちゃんも元気溌剌。一応、四階層も問題はないけど……」


 そう言って、僕は周囲を見回す。残念ながら四階層は、まだまだ未整備なのだ。というのも、尖晶石スピネルの鉱床を掘り起こすのに躍起になっていたら、縦にも横にも広くなってしまった。ここがダンジョンでなければ、地盤沈下が起こりかねない状態である。

 四階層は天井まで三〇メートル近いような、大空間になってしまっている。ゴジラでも、しゃがめば入れる空間といえば、イメージしやすいだろうか。あ、勿論平成以前のヤツね。流石に、平成以降のゴジラには窮屈なはずだ。


「ここまで来られたら、直接相手をするしかないね」

「そうですね。それとも、いまから仕掛けを施しますか? いまだ侵入者も現れていませんし、拡張するわけでもないので、地上生命どもに察知される惧れはないですよ?」

「うーん。実はさ、四階層に関しては、せっかく広い空間を確保したんだから、フィールドダンジョンに挑戦してみようと思っているんだ」

「ほぅ。なるほど、フィールドダンジョンですか」


 フィールドダンジョンというのは、地球のゲーム用語で、元々は露天型ダンジョンとも呼ばれていた、解放空間におけるダンジョンの事だったらしい。昨今では、閉鎖空間型のダンジョン内においても、まるで解放空間であるかのような代物も、フィールドダンジョンと呼ばれる場合が多い。

 ダンジョンの生態的に、解放空間に作られるダンジョンというものはあり得ない。故に、フィールドダンジョンというのは、この世界においては必然的に、後者の場合に限られる。


「それに、いかにダンジョン内の改変はかなり自由自在とはいえ、流石に天地創造じみた真似は、簡単ではないんじゃない?」

「たしかに。至心法ダンジョンツールの開発程難しくはないでしょうが、試行錯誤が必要になるでしょうね」


 それでも、至心法ダンジョンツールよりかは、難易度が低いんだ……。となると、一ヶ月後くらいには完成してもおかしくないな。

 相変わらず、ダンジョン内では完全にチートじみた自由度だな。まぁ、己の霊体の改変だからなのだが、それでも我ながら、ちょっとズルいと思ってしまう。

 そんな思いで苦笑しつつ、僕は言葉を続けた。



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