第75話 エンターテインメントへのこだわり
「であれば、一度フィールドダンジョンを作る経験をしておいた方がいいと思うんだ。懸念点は、DPの消費とダンジョンの強度だけど……」
「そちらは問題ありません。バスガルのダンジョンから得られたDPが、ほとんど手付かずで残っています。精々、ミルメコレオのダンジョンに使った程度ですが、問題のない範囲です。日々、あなたがモンスターを作り、それを地上生命どもが狩って得られるDPのおかげで、維持費がかなり軽減されているのも大きいですね」
それはたしかに大きいが、僕個人で生み出してダンジョンコアに還元できるDPというのにも、限りがある。流石に、疑似ダンジョンコアが一日で生成できるエネルギーというのは、一般的な生命体の域を超越できない。具体的には、無理をして一Mくらいだ。それだけの生命力でモンスターを生み、ダンジョンに還元するとだいたい五〇〇KDP前後のDPになる。場合によっては、侵入者を傷付けてそれ以上のDPも得られる場合もあるが、単純に僕のエネルギーを還元するという意味では、このくらいの数値でしかない。
これ以上に生命力を生成しようとしても、そんなのは常にエンジンをフル稼働させているようなものだ。早々に体がイカれてしまうだろう。そうなれば、この疑似ダンジョンコアを作る為に消費したDPの元を取る事すらできない可能性もある。
疑似ダンジョンコアを量産して、それに食料を摂取させてコンスタントにDPを生み出したいという野望もあるが、それをしてしまうとエンゲル係数が上がりまくってしまう。それのなにが問題かといえば、地上で食糧難が起こる可能性が高い。
「バスガルといえば、いつになったらバスガルのダンジョンコアは手に入るのだろう?」
「それは冒険者ギルド次第でしょう。人間どもは、ダンジョンコアを辱め、そのコアをなんらかの用途に利用するようですので、需要は高いのでしょう」
「まぁ、モンスターの魔石なんかよりは、貴重なものらしいからね。とはいえ、僕らが倒したズメウの魔石すらも権利放棄しているんだから、さっさとこっちの所有権を認めて欲しいものだが……」
まぁ、ギルドはギルドで、第二王国や王冠領からの要請との調整に苦労しているのかも知れないが。
おっと、完全に脱線してしまった。まぁ、バスガルのダンジョンコアに内包されているであろうDPを思えば仕方のない事ではあるが。いまは侵入者対策が先決だ。
「話を戻そう」
僕はそう言いつつ、各層のチェックを終えて、
「二階層の【
「問題ありません。そもそも【
いまさらなにを言っているのかと、グラは問うてくる。まぁ、たしかにその通り。いまさら焦って手を加えたって、碌な事にはならない。
「そういう意味では、三階層の遊技場のような執務室はどうするんです? あれこそ、本当にあのままでいいのですか?」
「うん? あれはあのままで問題ないだろう? 」
なにせ、エンターテイメントのスタンダードだ。正直、奇を衒っといてスタンダードを名乗る【
「そうですか? 正直、もっと効率的なやり方はいくらでもあると思うのですが……」
「そりゃあ、侵入者を殺す効率を論じれば、もっといい方法なんて他にもあるさ。でも、侵入者の精神を攻めるなら、こっちの方がより確実だ。なにせ、先人たちのお墨付きだからね」
「先人というと、あなたの前世の……?」
「そうだね。彼らは自分たちがなにをされれば恐怖するのか、嫌なのか、絶望するのかの研究において、まったくもって余念がなかった。様々な演出技法を用いて、人間という種の根源的な恐怖というものを呼び覚ます点に、偏執的なまでのこだわりを見せていたんだ」
「どんな種族ですか、それは……。本当にあなたの前世は人間だったのですか? ダンジョンの生みだした、吸血鬼やリッチのようなアンデッドだったのでは?」
それもまた、地球人たちが散々擦ってきた恐怖のモチーフでしかない。というか、ダンジョンから排出されたアンデッドのモンスターって、そういう行動に出るの? まぁ、そうでなければ次世代も残せないのに、地上でなにをしているのかって話だが……。
「ともあれ、三階層はあれでいいのさ。侵入者を全滅させるという保証はできないが、エンターテイメントといえば詩集や演劇程度文明の連中の心胆なら、液体窒素に浸けるレベルで寒からしめてみせるよ」
別に詩集や演劇を、下等なエンタメだと言っているわけではない。だがやはり、現代の映像が持つ表現力というのは、文字だけのそれとは段違いで自由度が高く、またそれに携わる人間たちの研鑽も、僕が生まれた時点ですらかなりの域に達していた。それには恐らく、物理的な観客の量が起因する。少数の恵まれた教養人だけが干渉してきた演劇とは一線を画す、一般大衆向けの娯楽作品。その、わかりやすい演出表現と、骨子となるストーリー。
三階層は、そんな現代地球の映画史に対する、リスペクト&オマージュである。
「そうですか。ところで、なにを作っているのですか?」
これ以上三階層について言及するつもりはないのか、あっさりと納得してからグラは僕がしている作業に興味を示す。まぁ、どう見ても迎撃に関係ないような装具を作っていれば、気にもなるか。
使う理を決めて、それをどう刻むのかを考えていた僕は、どうせならと空中にモニターのような幻を作って、設計図を映し出す。こうしておくと、装具作成にグラからアドバイスも貰えるので、よく使う幻術だ。
「本、ですか?」
「そう。どう思う?」
「ふむ……」
グラは設計図を読み込み、刻まれた理の意味を抽出し、それらが組み合わさった術式がどういう効果を発揮するのかを理解しようと考えている。五分程度で理解した彼女は「ほう」と、感心するように画面を
「面白いアプローチです。私も興味がありますので、開発に携わりたいのですが?」
「勿論。僕としては、ページに刻む理が、開いたときと閉じているときで、別の意味になるように調整したいんだけど……」
「流石にそれは無理でしょう。理はそこまで自由度の高いものではありませんし、下手に干渉すると術式自体が発動しません。どうせなら、ある程度特別な素材で、ページごとの魔力を遮断して、干渉を防いでみては?」
「そういう素材はモンスターの素材か、特別な木材や革が必要になる。流石に費用と手間が嵩み過ぎるよ」
「たしかに。それ程までの素材を使えば、我らのダンジョンにおける、至宝にすらなり得ますね。しかし面白い装具ですし、それだけ手を加えても問題ないのでは?」
それまでの当意即妙なやり取りから一転、僕の口が重くなる。そんな僕の様子に、グラはきょとんと首を傾げていた。
「いや、下手すると今回の侵入者たちに持ってかれるかも知れないからさ……」
今回の侵入者対策として使うと思っていなかったのか、グラの顔には渋面が浮かんだ。いや、でもねぇ。これ、用途からして、完全に装具化しただけの、ダンジョンの罠だからさ。持ってかれるのもまた、その用途の内なんだよ?
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