第76話 ハリュー邸侵入

 ●○●


「あそこが噂の、悪魔の住処か……」


 スラムには似つかわしくない豪奢な屋敷。庭はないものの、三階建てで広い敷地を有する、小綺麗な建物だ。

 俺は仲間と手下どもを連れて、その家に向かって歩き出した。途端、外にいてもわかる程にやかましく、彼の家からは警鐘が鳴り響く。どうやらこちらを窺っていたらしい。


「エルナトさん。気付かれたみたいです」

「ああ、わかっている」


 俺たち【幻の青金剛ホープ】とは別のパーティの斥候が、俺に報告してくるのに頷いてやる。見ればわかる事まで、いちいち報告なんぞしてくるなとも思うが、こいつらはそれが仕事なのだ。精々、俺の為に働いてくれ。


「気付いたところで、穴倉に逃げ込むだけだ。どうせ暴く墓穴じゃねえか。掘り起こして、たっぷりとお宝を吐き出してもらおうぜ?」


 俺がそう言うと、斥候の男もニヤリと笑う。この男はなかなか見どころがあるようだ。ややもすれば、俺の仲間たちよりも肝が据わっているようである。


「しかし、本当なんですかい? 連中の工房にゃ【アジッサ・バウデルの三宝】にすら届くようなお宝が、わんさか眠ってるって噂は?」

「ああよ。まぁ、流石にあの【三宝】並みってなぁ、大風呂敷だとは思うがな……」

「でやすよねぇ……。【アジッサ・バウデルの三宝】っていやぁ、彼の大ヴィラモラ王国衰亡のきっかけとも呼ぶべきお宝でさぁ……。それだけのお宝がどこへ行ったのかはさておき、国を揺るがすようなもんが、こんなちっぽけな町の、さらにはちっぽけなあんな家に眠ってるなんざ、逆に夢がねえ」

「ははははっ。なかなか物知りじゃねえか! まぁ、もし仮にそれだけのお宝眠ってるってぇなら、あるべきもんの手に収まるべきだとは、思わねえかい?」

「なるほど。そいつは言い得て妙だ! 未来の一級冒険者の手にありゃ、お宝だって箔が付くってもんよ! 将来は【エルナトの八宝】なんて伝説が生まれるかも知れやせんね!」

「ハハハハッ! そいつは景気がいいな。だが、俺の眼鏡にかなうようなお宝が、あの家に八つもあるかどうかが心配だな」

「ははは。違ぇねえ!」


 警鐘鳴り響く石造りの家に向かいながら、俺とその斥候の男は話し続けていた。どうせなら、矢でも射掛けてくれば警鐘にも意味があるのだが、彼らの家からは一向に攻撃を仕掛けてくる気配はない。どころか、敵が籠城するときにある、一種悲壮な殺気じみた切迫感すらも、あまり感じられないのだ。

 ドアの前に立とうと、その奥で侵入を阻む動きすら感じられないというのは、流石に異様だろう。

 それでも斥候が、十分に警戒をしてから、その木製扉を開かんとする。流石にこのときばかりは、仲間が俺を後ろに引っ張っていった。扉を開く事で発動する罠があれば、俺も巻き込まれかねない。斥候の腕を信じていないわけではないのだろうが、万が一というのはいつだってあり得るのだ。

 などという警戒を嘲笑うようにして、そのドアはなんの変化も見せず、あっさりと開いた。


「――……ッ」


 そして、誰もがその奥に鎮座する、もう一つの扉に絶句する。あまりに禍々しく、あまりに悍ましく、見る者すべてを威圧するような、恐ろし気な門。生きてこの門から出てきた者は、二度とこの奥へ足を踏み入れたくないと喚き、そしてこの門を【地獄門】と称し恐れたという。

 多くの命を啜った門を前にして、流石の荒くれ冒険者たちも、怖じ気付いているようだった。だが、こういうときに口火を切ってこそ、己の存在感を示せるというものだ。

 間違ってはいけない。いま俺について来ている冒険者どもは、必ずしも俺に忠実な輩ではないという事を。怖じ気付いて逃げ出させねぇ為にも、常に士気の維持には気を配らないとならないのだ。


「ハンッ! 門構えだけはご大層なもんだな。だが、出迎えもなしとは礼儀がなってねえ!」


 俺の言葉に、さっきの斥候がハッとするように我に返り、阿諛追従するように笑い声をあげた。


「へへへ! そうでやすねぇ! 大先輩たるエルナト様の来訪に、本来なら家主自ら頭を下げて出迎えるべきでさぁ!」


 あるいはそれは、己の怖気を紛らわす為の、空元気だったのかも知れない。だが、それでいい。他の面々も、たかだか門にビビっていた事を紛らわせるように、家主であるショーン・ハリューを嘲笑する。穴熊を決め込んで、守るべき家を好き放題にされている醜態を、嘲笑う者までいた。

 だが、その家の方はどうするべきか……。

 見れば、その【地獄門】の奥の通路には、頑丈な鉄格子が設えられており、侵入は容易ではない。一旦外に出て、ここ以外からの侵入を試みようとする者もいたが、しばらくして鎧戸の奥にも鉄格子がかけられている事がわかり、侵入の手間はこことそう変わらない事がわかった。


「地上にあるものは、わざわざ手間をかけてまで手に入れる程のもんじゃねえ」


 俺はそう言って、鉄格子の奥への侵入をやめさせる。実際、ショーン・ハリューの屋敷には、そこそこの家に相応しい調度は設えられているものの、それはあくまでも中堅の商人クラスの代物だ。わざわざ罪を犯さずとも、上級冒険者である俺の方が、もっとマシな屋敷と家具を使っている。

 それを確認してから、噂のハリュー家もたいした事はないなと、俺は少し溜飲の下がる思いだった。

 とはいえ、それはあくまでも屋敷からの略奪を防ぐ為の措置だろう。金が欲しけりゃ、件のダイヤや連中手製のマジックアイテムでも売り払えば、いくらでも手に入る。


「おら、さっさと噂の工房とやらに行くぜ。本当にダンジョン並みの難度なのか、上級冒険者の俺たちが確認してやるよ」


 略奪行為に気を取られて、工房を攻略する手が足りなくなっても困る。俺は、彼らを先導するように、禍々しい【地獄門】へと手を掛け、ゆっくりと押し開いていった。暗い階段がその奥から現れ、奥からは冷気が漂い、嗅ぎなれた死の香りが漂ってくるような気がした。

 ごくりと、無意識に喉が鳴った。



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