第19話 ゴルゴーン姉弟
〈3〉
翌日は生憎の雨模様。ただし、予定は続行だ。雨天時にも卒なく対応できてこそ、冒険者としては一人前らしい。
蕭々と降りしきる雨のなか、僕とグラとラベージさんの三人は、モンスターの皮から作られた雨合羽のようなものを頭から被り、町の中を奔走していた。行動を開始したのは、なんと午前五時頃という早朝も早朝である。冒険者は、意外と早起きらしい。
この時間に動き出す僕らに合わせて、四時前には叩き起こされていた使用人たちも可哀想だ。まぁ、今後も冒険者として仕事をするつもりがあまりない僕らは、こんな時間から動く事などそうそうない。今日だけの事と思って、使用人たちは諦めてもらおう。
いま、町を駆け回っているのは、野営用具や雨対策に必要なものを買い揃えるついでに、それらを用意する為の店をラベージさんに紹介してもらっている。グラなんかは「作った方が早い……」と言っていて、実際その通りなのだが、そういう店や旅人用の商品を知っておくのは、今後の為に悪くはない。
前日に用意しておけば良かったと思ったが、僕が今日の予定をラベージさんに伝えたのは、晩餐の席だった。しかもその予定は晴れを想定したもの。
だがしかし、本日は前日からの曇天が悪化し、雨。雨対策なんて欠片も考えてなかった僕らは、当然雨天時用の道具なんて用意していなかった。なんなら、天気が悪ければ予定をキャンセルして、家に籠って勉強や研究をすればいいとすら考えていたくらいだ。
あまりに甘い見通しのせいで、僕らは早朝から奔走し、いろいろと買いそろえる羽目に陥ったのである。
「さて、それでは行きましょうか」
「はい。よろしくお願いします、ラベージさん」
「…………」
ラベージさんの指示通りにそろえた物を入れた背嚢を背負い、彼の掛け声に合わせて、僕らはようやく出発した。相変わらず、人見知りの酷いグラだったが、ラベージさんはそんな彼女の態度にも気分を害した様子はない。
昨日、晩餐のあとにこっそりと耳打ちをされた。どうやら、バスガルの攻略戦において、彼はグラに命を救われた冒険者の一人らしい。その事で、お礼を伝えて欲しいと頼まれた。
あの攻略戦以来、グラは冒険者の間ではかなり人気が高いらしい。元々美人なのは知られていたのだが、そんな彼女が我が身を挺して彼ら冒険者の事を守り、僕にも【
そのおかげで、人気が爆発的に高まったのだとか。そうなってくると、愛想が悪いのも一種そういうキャラとして親しまれているようだ。
ラベージさんは随分と義理堅い性格なのか、あるいはそういうキャラがツボだったのか、いまもグラの失礼な態度に嫌な顔一つせず、最大限彼女を尊重してくれている。
そんな事を考えていたら、この町の出入りに使われる門が見えてくる。町の門は、石積みの壁の間に作られた、どこか東洋ちっくな趣を漂わせる、木製の代物だった。いまは開け放たれているが、夜になれば閉じられるし、異常事態を察知した際にも閉ざされる。
門の横には衛兵がおり、町に出入りする人間を見張っているようだ。格好は、僕らが初めて町に出た際に見かけた衛兵と同じ。別人のようだから、どうやら統一された装備らしい。
今日は雨だからか、町から出て行こうとする影は少ない。僕らと同じような、冒険者と思しき数人がいるだけだ。
「普段なら、この時間帯は町に出入りしようとする商人の列で、かなり待たされます。今日は、入ってくる連中はいても、出て行く商人連中はいないんで、楽に門を抜けられそうですね」
「普段はそれなりに時間を要するんですか?」
「まぁ、ショーン様たちは上級冒険者なんで、それを門衛に知らせれば、優先して通してもらえます。中級や下級は、まぁ、並ばされますね。下級に至っては、ちょくちょく所持品検査までされます。町に良からぬ物を持ち込んでいないか、とからしいです」
「なるほど」
下級冒険者は社会的信用が皆無に等しいからなぁ。ほとんど浮浪者やチンピラ、ゴロツキと同じように、町の人からは認識されている。そうなれば当然、抜け荷やご禁制の品の売買に手を染めていないか等、疑われてしまうわけだ。そして、実際にそういう輩が減らないから、いつまで経っても下級冒険者には胡乱気な眼差しが向けられる、と……。
「――だからまぁ、中級冒険者なんかは前日の内に依頼を受け、門の開く三の鐘の頃には、町を出る者も多いです。逆に、下級冒険者はいつでも受けられるような依頼ばかりなんで、ひと気が減る五の鐘くらいに門を抜ける事が多いです」
「へぇ。中級の方が忙しそうなのは、ちょっと意外ですね」
「中級の依頼は、近場の草原や下水道で済むようなものは稀ですからね。それなりに遠出して、野宿しなければならない依頼も多いです。だから朝早くに出発したいんですよ。朝早くに出ていれば夕方には戻って来られたのに、昼近くに門を抜けたせいで、外でひもじく野宿なんてごめんですからね」
「なるほど」
ちなみに、三の鐘がだいたい六時くらい、五の鐘で十時くらいだ。いまはたぶん、朝九時前後。四の鐘と半分といったところだ。普段なら、交易の盛んなスパイス街道の宿場町として、商人たちの馬車が列をなしている時間帯だそうだ。
だが今日は生憎の雨。相当切羽詰まってもいない限り、泥濘に馬車の車輪を取られたり、緩んだ地盤が崩れるのを警戒して、出発を後らせる天気だ。それでも出発するような、余裕のない商人たちも、とっくに出払っているからいまは空いている。
ただ、こんな時間になったのは、いろいろと買い込む物が多かったからで、別に狙っての事ではない。
「次!」
衛兵に呼ばれて、まずラベージさんが首に提げていた己のプレートを提示する。だが衛兵は、どうやらラベージさんの知り合いだったようだ。プレートなんか見ずとも、彼に気さくに声をかけてきた。
「ラベージじゃないか。ラスタたちはもう行っちまったぞ? うん? 後ろのちっこいのはどうした?」
「あ、ああ。ラスタたちとは、その、な……。こっちは少しの間パーティを組む事になったお二人だ」
「うん? あ、ま、まぁ……、そうだな。冒険者もいろいろあるわな。んじゃ、そっちの二人、冒険者証と顔を見せろ。ついでに、名前も述べろ」
ラベージさんに対するものとは違う高圧的な物言いに、にわかにグラの方から殺気が吹きあがった。まぁ、たぶん、僕らの事を十級か九級の駆け出し冒険者だと思ったのだろう。状況的にそう思うのは普通だし、高圧的な態度も下級冒険者相手なら仕方がない。
「はい。僕の名前は、ショーン・ハリューです」
だからグラがなにかを言い出す前に、首元から冒険者証と呼ばれる金製のプレートを取り出して名乗る。ついでに、雨合羽のフードも下ろした。僕が率先してそうすれば、グラも渋々といった態でプレートを取り出して、一言「グラ・ハリュー」とぶっきらぼうに名乗ったあとにフードを脱ぐ。
並ぶのはほぼ同じ顔。双子だと一目瞭然の姿に、衛兵の動きがピタリと止まった。僕らの後ろにゴルゴーンでもいたのかと錯覚してしまう程の、見事なパントマイムである。是非ともおひねりを投げたいところなのだが、手持ちには必需品を買いそろえたあとの銀貨や銅貨しかない。これでいいかな?
「アンプト。もう通ってもいいか?」
「…………」
ラベージさんが問いかけても、彼は頑なに石像パントマイムを続けた。ユー○ューブで見た、どんなスタチューパフォーマーよりも見事なこの演技には、是非とも相応のオベーションを送るべきだろう。少々気恥ずかしいが、グラが持っている金貨を借りよう。
などと思っていたら、慌てたラベージさんが衛兵たちの詰め所になにか合図をしはじめ、ぞろぞろと他の衛兵たちもが現れた。
「…………」
「…………」
現れた衛兵たちにラベージさんが耳打ちすると、彼らは青い顔になってスタチューパフォーマーと僕らを交互に見やる。そして二人の衛兵が、本当に石像でも運ぶようにして、パフォーマーの上半身と下半身を手分けして、この場から運びだそうとし始めた。
その間も、石像の人は微動だにしない。いや、瞬き一つせず、視線すらもまったく動かない。どころか、もしかしたら呼吸すらしてないんじゃないかと思わせる程に、まったく動かないのだ。
いや、すごい。大人数で行うパフォーマンスだったようだ。もしかしたら、アルタンの町では、初めて訪れた人にはこうやって歓迎をするのかも知れない。あるいはVIP限定かな。
僕らも、この町ではそこそこ名前が知れているし、領主ともそれなりの繋がりがある。町から初めてでるときには、このパフォーマンスを見せようと、待ち構えられていたのだろう。もしかしたら、領主からは最大限の歓迎をするよう、言い含められていたのかも知れない。聖杯の件で、だいぶ感謝されていたようだからね。
「あの、是非ともこのお金を……」
「いいですって! もう行っていいそうなんで、袖の下なんて!」
職務に忠実なのか、それともラベージさんの言うように賄賂と勘違いしたのか、衛兵は直立不動で目も合わせようとしない。そんな頑なな衛兵と、ぐいぐいと背を押してくるラベージさんのせいで、無地の
「だったらせめて、あの彼の名前を――」
「もう勘弁してやってください! あとであいつには言い聞かせとくんで! もう二度と、失礼な態度はとらせないんで!」
「いや、あの、おひねり……」
「ひねり潰すとか、マジで許してやってください! ちょっとした勘違いなんで! お二人を、駆け出しの小僧と勘違いしただけなんで! ホント、勘弁してやってください!」
なぜか僕らは、ラベージさんに引きずられるようにして、早々に門を抜ける事になった。その他の衛兵たちも、丁寧に、謹厳実直に僕らが町の外にでるよう、誘導してくれる。
仕方がない……。あのまままごついていたら、戻ってきた彼と鉢合わせしてしまいかねない。それでは、せっかくのパフォーマンスが台無しだ。パントマイマーの彼も仕事中だったわけだし、本業の門衛を疎かにするわけにもいくまい。石像として退場した彼と、そんな対面を果たしたらかなり気まずいだろう。
ここはさっさと退散して、彼の働きは領主に伝えて、報酬も領主を通じて渡してもらおう。
なお、このあとしばらくして、領主からも好評を得た彼のスタチューパントマイムは人気になり、門の脇には衛兵からパフォーマーになった彼が、銅像のフリをして町を訪れる者を歓迎するようになった。一週間に三日程現れる彼を一目見ようと、アルタンの町を訪れる人が現れる程の名物となったのだが、それはまた別のお話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます