第20話 無用な努力?

 雨の中、草原に出た僕らは、しかしなにもする事がない。

 元々依頼を受けて外にでたわけではない。本来であれば、ウサギ系やネズミ系のモンスター、あるいは鬼系や虫系のモンスターを狩る為に動くのだが、こんな天気では動物もモンスターも、あまり活発に動かない。


「――……ただ、鬼系のモンスターは雨天でも活動に支障はありません。獲物となる獣やモンスターがあまり活動をしてないんで、この辺りでは鬼系でも雨の間は大人しいです」

「なるほど。ではなぜ、鬼系は雨天も行動可能だと言われているんです?」

「町から離れた場所で活動していると、商人や冒険者なんかが、雨天であっても鬼系にのモンスターに襲われる場合があるんです。ヤツらは夜目も利きますし、雨中の夜間戦闘とかだと、本当に厄介な敵になります」

「なるほど。火を焚くわけにもいきませんし、難儀しそうですね」


 だったら、緊急事態用に広範囲を照らせるマジックアイテムなんか作ったら、多少割高でも売れるんじゃないだろうか。使い捨てにしておけば、それなりに安くもできるし、商人たちにもかなり売れるはず。いや、このくらいのものは、既に売っているのかも知れない。あとで調べよう。


「では、僕らはこれから、なにをすればいいのでしょう?」


 町から離れた場所ならともかく、いまはろくに獲物すらいないこの野原で、ただ無為に時間を浪費するなどナンセンスだ。冒険者としての技能を身に付ける為にも、ここからはラベージさんの一挙手一投足に注目し、そこから冒険者としての動きを学んでいこう。グラにも、その点は言い含めてあるので、反発の心配はない。

 彼女もまた、冒険者というダンジョンの天敵の情報を得られるからか、それ程難色は示さなかった。


「まずはなにをおいても、雨をしのげる場所を確保するのが最優先です。体を冷やすと、体調を崩しかねません。風邪などひけば、最悪そのままあの世行きですからね。依頼があっても、まずはそっち優先です」

「なるほど、たしかに。夏場でも、体を冷やすと低体温症の危険があるそうですからね」

「しかし、雨がしのげる場所といっても……」


 グラが困ったように見回すも、見える限りには雨宿りができそうなものがない。平坦ではない、所々丘陵となっている草原には、背の高い木すらほとんどない。雨のせいで、さらに見晴らしが悪い。


「こういうときは、さっき買った天幕を用いて雨をしのぎます。ただ、できる事なら洞窟や洞穴なんかの方が、風もしのげていいですね。天幕は、風で飛ばされる恐れもありますし、作業の間に体が冷える惧れもあります。でもまぁ、今回はこの近くに、俺がいつも使っている野営場所があるんで、そこで雨宿りをしましょう」

「こんな町の近くに、野宿する事もあるんですか?」

「ありますね。ギリギリで町に戻れなかったときとか、逆に次の日の未明に近くの森に出向きたいときなんかは、ちょくちょく使う場所です。まぁ、他の冒険者も良く使っていますがね」


 なるほど。町に戻れなかったとしても、できるだけ町の近くにいた方が、いろいろと安全なのだろう。ラベージさんに案内された先では、丘に隠れたところに、背の低い木が一本立っていた。

 ラベージさんは、使い慣れた自分の天幕を張っていく。木の梢も使って十分なスペースを確保し、雨もしのげるようになっている。見様見真似で天幕を張ろうとしたら、背の低い僕らでは同じように枝を使うのは難しかった。

 なるほど。一から十まで真似するのは、流石に無理があるようだ。

 とはいえ、天幕は別に木の枝を使うのが前提のものではない。本来の使い方通り、支柱をたてて、それを中心に小さなテントを張る事に成功した僕らは、そこでようやく雨宿りのできる場所を確保できたのだった。

 時間はかなり経過しており、昼か夕方どちらが近いかと聞かれたら夕方の方が近い有り様だった。すっかり昼ご飯を食べ損ねてしまったが、火元を確保できていない、しかも雨のこの状況では、暖かいご飯にありつくのも難しい。


「今日は携行食で我慢しましょう。ただ、火は用意します。体を冷やしたくないのと、モンスターではない獣除けになりますから」

「燃料はどうします? この辺りの枯れ枝や枯れ葉なんかは濡れて使い物になりませんよ?」

「木の下に集めているものがあるでしょう? 晴れている日にここを使うときは、そうやって集めてるんです。次ここを使うときは、ショーンさんたちも薪なんかを、そこに集めといてください。今日は雨なんで、やめてくださいね」

「なるほど。了解です」


 見れば、たしかに木の根元には乾燥している枯れ木が積まれていた。ここを使うたびに、冒険者たちが集めておいてくれたものだろう。それは他の冒険者たちが、雨天時やここまで辿り着くのが遅かった同業の為に、平時に集めておいてくれたものなのだろう。

 なるほど、相互扶助……なんていうと味気ないか。助け合いの精神の賜物だ。今日はありがたく使わせてもらうが、いずれ晴れた日には、僕もここに薪を補充しよう。

 僕は新品の火口箱ほくちばこから、ボロ布を炭化させた火口と、火種を移す為のささがき状に削った附木を用意する。ここでいよいよ、よくある火打石と火打ち金の出番である。

 失敗してもいい状況なので、ラベージさんではなく僕にやらせてもらった。実際、ここで失敗しても、グラの属性術を使えば火種の確保に問題はないからね。

 カチンカチンという音が何度も響き、チャークロスに火種を作ろうと悪戦苦闘する事三〇分。ようやく黒い布に小さな赤が灯り、それを慌てて附木に挟み、ふーふーと息を吹きかける。一気に白煙が増したと思ったら、ボッという音と共に火がついた。


「よしッ!!」


 その事に僕は、会心の笑みを浮かべて喝采をあげた。言葉にするとあっさりしているが、火打ち石で火を熾すというのは、なかなか大変だった。なにせ、火を付けるというだけの、石をカンカンしているだけで三〇分である。


「ショーンさん! 早く薪に火を移して! 附木が燃え尽きる前に!」

「あ、は、はい!」


 火が付いた事に安堵してしまったが、附木はものすごい勢いで燃えており、このままではすぐに燃え尽きてしまうだろう。僕は慌てて、ラベージさんの用意してくれた薪に火を移す。

 なんとか薪に火がついた頃には、すっかり疲労困憊していた。いや、体はそこまで疲れていないのだが、精神が疲れた……。だがまぁ、充実感のある疲労だ。


「よくわかりません。属性術を使えば一瞬で火がつけられたでしょうし、その為の装具――マジックアイテムも渡していたでしょうに……。なぜわざわざ、非効率な方法を選んだのですか?」


 そんな僕に、グラが心底不思議そうな顔で問いかけてきた。いやまぁ、たしかにその通りなんだよね。でも、もしかしたらグラがいない状況で、装具も使えない場合というものが、今後訪れないとは言い切れない。そんなときに、火熾しもできないでは格好悪すぎる。

 なにより、誰でもできる事ができないというのは、社会ではどうしたって浮いてしまう。人間という敵性生物の群れに紛れ込んでいる、ダンジョン側の僕らにとって、些細な不審であろうと、払拭しておくに如くはない。


「まぁ、これも経験さ。できる事が増えるのは悪い事じゃない。できないよりはずっといいさ」


 などと、ラベージさんの前で宣うわけにもいかず、グラには適当に説明する。ラベージさんはラベージさんで、地面に二本の支柱を差すと、そのうえにあった軸受けのようなところに枝を乗せ、薬缶のようなものを火にかけていた。

 温かい白湯で、体を温める腹のようだ。依代とはいえ、流石に寒さも感じていたので、僕もご相伴に預かりたいところだ。



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