第21話 夜間の闖入者
すっかり夜も更けて、いまは夜番。時間はだいたい、八時から九時くらいだろうか。
いまはラベージさんが休んでいるタイミングで、僕とグラが起きている。夜番は二人が基本らしい。まぁ、それは以前から知ってはいたが。
この時間を利用して、僕はグラから属性術の手ほどきを受けていた。
火種を確保するなら、そちらの方が手軽だという論でゴリ押された。僕的には、あの攻略戦のような切羽詰まった事情がない限りは、勉強は静かな自室で行いたいのだが……。集中力的に、そっちの方が何倍も成果が高いという自覚がある。
そう思って隣のグラの顔を盗み見るが、ふんすとばかりに鼻息が荒い。
どうやらグラは、ラベージさんに張り合っているようだ。なんか、僕がラベージさんにばかり教えを乞う姿が、彼女の姉としての矜持を傷付けたらしい。
「ですから、ここの理が熱の上昇を意味し、こちらの理で座標を指定します」
「ちょっと待って。座標の指定が三次元に発火時間も含めた四次元指定なんだけど、ちょっと複雑すぎない? これ、本当に初級レベルの属性術?」
「属性術はその現象を発現する為の空間と時間の指定が必須です。【石雨】もそうだったでしょう?」
たしかにそうだった。だが、アレは上級レベルの属性術だからだと思っていたよ。下手な場所に発現すれば、味方を撃ちかねない【魔術】だったしね。
「属性術の、己を起点とした空間時間指定に慣れていると、魔導術や転移術の理解に役立ちます。もしかしたら、幻術にも応用できるかも知れませんよ?」
「分野が違い過ぎて、理を見ただけじゃ、あまりピンとこないなぁ……」
属性術と幻術では、理が根本から違う。数学の式と化学式くらいかけ離れていて、共通点なんて同じ【魔術】という、大きなカテゴリに入っているくらいのものだ。つまり理数系の、理と数くらい違う。なお、この表現をすると生命力の理は完全に文系だ。
とはいえ、愚痴を言っていても修得は早まらない。グラが示す理を倣って、自分の魔力に理を刻んでいく。まぁ、すぐに上手く使えるわけもないので、何度も何度も失敗する。やはり、座標と時間の指定がネックだ。少しでもズレると、魔力を流すタイミングもズレて、現象が発現しなくなる。
「じゃあ、ここの酸素の選別の理を応用すれば、毒ガスができる?」
「可能ですね。それは風の属性ですが、気体の選別はその同定がなかなか難しいでしょう。しかもそちらは土の属性です」
あまりに成功しないからか、ついつい脱線気味に属性術について聞いてしまう。この、属性という考え方が、僕はあまりピンときていない。どうして気体の選別が、土の属性なのだろう?
「温度は上昇ができるなら、下降もできる?」
「可能ですが、それは水の属性の理ですね」
まただ。それが水である意味が分からん。いや、でもまぁ、イメージとしてはわかりやすい、のか? 水をお湯にしたり、氷にしたりという……。でもなぁ、僕の中ではそれは風か火のイメージなのだ。
ヤバい。本格的に頭がこんがらがってきた。僕は疲れから大きくため息を吐き、一旦属性術の模倣を中断しながら、愚痴るように呟いた。
「一つの属性術に、いくつの属性を詰め込むのさ?」
「属性術というのはそういうものです。一つの属性術を発現する為に、様々な属性を掛け合わせる必要があるのです。それらの掛け合わせ方次第で、実に応用性の高い柔軟な使い方ができるのが、属性術の強味です」
属性術に対する僕のイメージは、よくある創作物でお馴染みの魔法や魔術だ。それは単純に炎をだしたり水をだしたり、風で攻撃したり、岩の巨人を作ったりといったものだ。
だが、本当の属性術は、複数の属性を組み合わせてようやく火種一つを作るような、複雑な工程が必要になる。【魔術】で火を灯すというと、ライターで火を付けるくらい気軽なイメージがあるのだが、テスト問題を一つ解くくらい面倒なんだよね。難易度は、使おうとする術式の複雑さによる。
「たしかに、属性術って幻術よりもはるかに応用範囲は広いよね」
火熾しだけじゃない。飲み水の確保や、空気の淀んだ場所では換気に、今日みたいな雨の日には壁を作って雨宿りまで。他にも、単純な攻撃や防御は勿論、支援も妨害も自由自在。日常生活から戦闘まで、その応用性はあまりにも多岐に渡る。
光の属性を応用すれば、幻影を作る事すら不可能ではないだろう。幻術よりも使い勝手がいいのは、間違いない。
むしろ、属性術にできない分野を、他の【魔術】が担っているようですらある。転移術や結界術、幻術もそうだし、死霊術なんかもそうなのだろう。
「とはいえ、流石に精神に作用するような理は、幻術にしかありません。ショーンがこれまで勉強してきた事は、確実にあなたの武器になりますし、糧にもなっていますよ」
「それもそうだね。別にない物ねだりをするつもりはないよ。ちょっと、隣の芝が青く見えただけさ」
まぁ、使い勝手がいいのはたしかに属性術だろうが、なんだかんだ個人的には幻術の方が性に合っている。万人受けする剣や双剣なんかよりも、斧やハンマーを使う主人公の方が好きなんだよね。僕にとっての幻術は、そういうニッチな武器って感じで、是非とも使いこなしてみたいという思い入れがある。
とはいえ、だからといって属性術の勉強を疎かにするつもりはない。休憩は終わりとばかりに、僕は再び魔力に理を刻もうとした――のだが……——
「嘘でしょ!? 先客がいるじゃん」
「チッ、仕方がない。少し木の下から外れた場所に天幕を張るぞ」
もう夜も遅いというのに、冒険者が現れた。勝気そうな少女と、同じく生意気そうな少年。さらにその後ろから、小狡そうな少年と気弱そうな女の子まで現れた。四人とも雨具を身に付けてはいるが、長時間雨中を行軍してきたのか、疲労と冷えで顔色が悪い。
「ねぇ、ちょっと」
四人の内の一人、勝気そうな少女がこちらに声をかけてきた。
見る限り、彼らがいまなによりも優先すべきは、冷えた体を温める事だ。温まってから野営の準備をしたいというのなら、少しくらい火にあたっていくくらい問題ない。お湯を作らせて欲しいとかでも、まぁ、別に僕らは困らないし、やぶさかではない。
だが、次に少女が口にしたのは、僕の予想外の頼みだった。
「なんですか?」
「アンタら、アタシたちにその場所譲りなさいよ」
――などと、実に頭のおかしな事を言い始めた。寒さで錯乱でもしたのだろうか?
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