第18話 巻き込まれ体質と、巻き込むダンジョンマスター

 ダンジョンを探知するマジックアイテムに興味があるというのは、前々からセイブンさんに伝えていたので、積極的に関心を向けても怪しまれはしないだろう。実際、いまの彼は、これまでの話題に比べれば、随分と気楽そうだ。


「そのマジックアイテムって、正式名称はないんですか?」

「ダンジョンを探知する用途のマジックアイテムには、いくつか種類があるのですが、アルタンの町の領主様が所有しているものの正式名はたしか、ウルベキア大聖堂第二八研究室作【ダンジョン性エネルギーの広範囲探知機構一〇七二号・改】だったと思います」

「なっが!」


 そして、もしかして『ウルベキア大聖堂第二八研究室作』の部分まで含めて、正式名称なのか? いやまぁ、社会における重要度を思えば、開発元を名前に組み込んでおく事によって知名度を得られるというメリットはあるのかも知れない。ちょっと違うが、スポーツ選手のユニフォームに企業のロゴを入れるようなものだろう。

 だが、そのせいで誰も正式名を覚えないというデメリットに繋がり、メリットが完全に死んでいるような気もする。別々に番号を使っているのも、記憶がこんがらがりそうだ。

 実際、セイブンさんですらうろ覚えな感じだし、その他の面々に至っては、端から知らなそうですらある。


「普段であれば専門家などは来ないのですが、今回は事情が特殊ですからね。もしかしたら、国の方から誰かが派遣されてくるかも知れません。場合によっては、こちらで会談の場などを設ける事はあるかも知れませんが、流石に依頼をだして講義を聞くというのは、難しいでしょうね。相手は冒険者ではありませんし」

「まぁ、国所属の研究者ともなれば、そうでしょうね……」


 軍事力にも直結する魔力の理の研究にまつわる話を、軽々に吹聴するとは思えない。どうやってダンジョンを探知するのかには興味はあるが、流石に法や倫理を犯してまで探りを入れるのは危険だ。

 ここは、これ以上食い下がるべきではない。


「では、半年後くらいにその依頼、是非とも受けさせてくださいね。ダンジョン性エネルギーっていう名称も、少し気になるな……。バスガルのダンジョン跡で、しばらく調べてみようかな……」


 まぁ、たぶんDPの事だろうから、本腰入れて調べるまでもないだろうけど。ただ、もしかしたら生命力そのままの形じゃなくなっているのかも知れない。一度、バスガルや自分たちのダンジョンを調べてみるのも面白そうだ。

 と、思ったのだが……。


「ショーン、新たな幻術の開発を始めたのでしょう? あなたは既存の研究や属性術、魔導術の勉強も抱えており、他にも養鶏だの商売だのにも手をだしています。ここにさらにタスクを詰め込むのは、かなり難しくありませんか?」


 グラの冷え冷えとした忠告に、僕の盛り上がっていた気持ちは、シューと音をたてて立ち消えた。たしかに、いまのスケジュールで新たに、生命力とDPの違いを検証できるだけの時間を捻出するのは無理だ。


「あー……。でもホラ、【恐怖】と【怯懦】の統合術式の開発はそんなに難しくないと思うし、そっちが終わってから新しい研究を始めたらいいんじゃない?」

「それ以外にも、そこの冒険者から基礎技能だかなんだかを学ばねばならなくなったのでしょう? 時間が足りなすぎます」

「…………」


 ぐうの音もでない。付け加えていうなら、その研究そのものは面白そうなテーマではあるものの、現状混同していてもあまり困らないのである。半年後までに余裕ができていれば、調べてみるのもいいだろうが、いま無理をしてまで手をださなければいけないものでもない。

 ここは諦めた方が良さそうだ……。


「わかったよ。ダンジョン性エネルギーに関する研究は、後回しにする。その代わり、冒険者としての基礎技能はさっさと学んでしまおう。いつまでも、ラベージさんを僕たちの予定で振り回すのも迷惑だろうし」

「い、いえ。俺は別に……」


 不意に名前をだされたせいか、ラベージさんは気まずそうに口籠る。だけど彼も、僕らに付き合う為に、本来の冒険者としての仕事ができずにいるのだ。できるだけ早く、こんな面倒そうな任務からは解放してあげるのが彼の為だろう。

 ラベージさんの立場になって良く考えたら、なにが悲しくて、僕らのような明らかに腰掛け程度の意識で冒険者をしている輩に、自分の半生をかけて培ってきた技術を伝授しなければならないのか。そう思っていても仕方がない立場だ。


「明日、一度町の外にでてみようと思います。一応、野営の準備もして。それで問題がなさそうであれば、明後日を目処に少し遠出してみようと思います」


 予定を伝えると、ラベージさんは神妙に頷いた。僕らにとっては、初めての町の外だ。ラベージさんのような引率がついて来てくれるのなら、これ以上に心強い事はない。

 今日一日一緒に行動してみてわかったけど、この人、かなりいい人だ。僕に対する偏見のようなものはあるようだが、それで忠告を怠るという事はなかった。町の人や冒険者仲間との関係も良好そうだし、仕事も真面目にこなす。そんな人を、いつまでもウチで囲い続けるのも、気が引ける。

 ギルド側はどうやら、この人をセイブンさんとは別口の繋ぎにしようとしているようだ。家に滞在しているだけで、報酬を払っているのも、長期間こちらに潜り込ませる事で、信頼関係を築きつつ、自分で言うのもなんだが謎に包まれた存在である【ハリュー家】の情報を少しでも得ようとしての事だ。

 だがそれは、ラベージさんの本業である冒険者としての仕事ではない。二〇年もの間従事し、磨きあげた技術など一切必要としない、接待係のような役目だ。こんな仕事からは、さっさと解放してあげたい。

 僕らにできるのは、精々彼の指導能力をギルドに絶賛し、少しでも彼の評価を高めてあげる事くらいだろう。ギルドの思惑に乗るようで癪だが、ラベージさんとの繋がりは、依頼後も続けるつもりだしね。こういう篤実な人とは、良好な関係を保ちたい。

……そうだな。今後の計画において、中心はこの人に担って貰おうかな。本当は僕らが自分でやるつもりだったのだが、面倒が増えそうでちょっと悩んでたんだよね。


「それでは、よろしくお願いします。ラベージさん!」

「は、はは……。まぁ、頑張ります……」


 歯切れの悪いラベージさんだが、もしかしてなにか勘付かれたかな? 冒険者としての経験則か?

 大丈夫。たぶん冒険者としての実績になるし、お金もかなり儲かるはずだから。危険なんてちょっとしかないし、その危険も僕らと一緒にいれば、本当に問題ないはずだ。


 その後は普通に談笑し、チッチさんとラダさんたちもセイブンさんたちと打ち解け、存分に親交を深めたところで解散となった。セイブンさんと、チッチさんラダさんの三人は、帰りは馬車だ。

 チッチさんは情報料も手渡したあとだったので、セイブンさんとの帰路は嬉しいだろう。あの【壁】のセイブンが、自動的に護衛についてくれたようなものだからな。

 そんな三人を見送るラベージさんの顔が、どこか捨て犬のような哀愁を帯びていたのは、僕の気のせいだったのだろう。



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