第17話 つまらない話題と楽しい話題
「そうか……。ああ、そうか……! あそこのパーティ名は【
失念していたと歯噛みするセイブンさん。
まぁ、冒険者がパーティ名に伝説のアイテムの名を付けるのは、そう珍しくない。【
そういえば、僕らのパーティ名も決めておけと言われていたな。ギルド側が、冒険者を管理する為に必要なんだとか。まぁ、しばらくはラベージさんも加わるだろうけど、基本は僕とグラしか使わないのだから、そんな凝った名にする必要はないだろう。なんなら、別にただの番号だっていいし、そのまま【ハリュー姉弟】でもいい。
「……はぁ……。まずいですね。流石に、四級冒険者の損失は大きすぎます……」
「であれば、攻めてこないように、ギルド側で徹底して抑えてください。攻めてきたら、こちらはその他の泥棒と同様に対処しますよ?」
というか、個別の対応とか無理だ。ダンジョンの防衛機構は、基本的に侵入者を頓着せず、誰に対しても同じ機能を発揮してしまう。その対象には、僕ら姉弟まで含まれるのだ。顔も知らない四級冒険者さんだけ、手心を加える意義などないし、あったところでその為の労力を思えば、やりたくはない。
なんだって、そんなヤツの為に僕らが苦労せねばならないのか……。
「それは仕方がないでしょうが……、大丈夫ですか? エルナトは天才とまで称される程の腕前で、十代で上級冒険者にまで上り詰めた猛者です。戦闘力においては、間違いなく上級冒険者相当の実力がありますよ? やはりここは、ィエイトやシッケスを使って欲しいのですが……」
それは恐らく、冒険者ギルドとしての損害よりも、こちらに被害をださない為の提案だったのだろう。だがしかし、だからこそ僕としてもここは引けない。
「お二人には、万が一にも使用人に被害が生じないよう、そちらのガードに当たってもらいたいと思っています」
「そうですか……」
これ以上他家の防衛行動に拘泥するのは、流石に深入りしすぎだと判断したのか、セイブンさんはあっさりと引き下がった。しかし、その眉間には深く皺が刻まれており、これからどうするかを思案するように腕を組み、瞑目していた。
「ギルドの注意を聞いて、手を引く可能性は、そんなに低いんですか?」
「エルナトはその……、才に恵まれた為か、己の欲求を優先しがちな性格なのです。それで軋轢を生む事も多く、実際、私やフォーンとの関係は、あまり良くありません。いえ、ここでは言葉を飾らず、ハッキリと険悪と明言しておいた方がいいでしょうね」
「一級冒険者パーティと揉めるのも厭わないんですか……」
それはすごいな。蟷螂が斧を地でいくタイプか。向う見ずにも程や限度はあるだろうに……。
「チッチさんから見てもそうですか?」
ここで僕は、ゲストのチッチさんに話を振る。情報屋の彼ならば、件のエルナトとやらを思いとどめられるだけの情報がないかと期待したのだが、その表情は芳しくなかった。
「そ、そうでやすねぇ……。あっしの情報でも、【
「なるほど……」
要は、腫れもの扱いなのか。ただのチンピラが、才能だけはあったから上級冒険者にまでなってしまった、という事なのだろう。
こういうの、六級くらいで消えるんじゃなかった?
「六級からうえに行けるだけの戦闘能力と、依頼人に対して外面を取り繕えるだけのスキルがあれば、そういう者が残る事も、稀にはあり得ます。ギルドとしても、彼の昇級に関しては、それなりに揉めたそうですよ。ですがやはり、戦闘能力のみを考慮して、四級にしたとか。当時の話は、私も伝聞ですが」
僕が視線を向けた意図を察したのだろう、セイブンさんがグラスに口を付けながら目を逸らしつつ、そう言った。まぁ、仕方がない。単純なチンピラ、ゴロツキは中級冒険者の段階で篩にかけられるものの、それでも網の目をくぐってしまう不良品がでてしまう事は、往々にしてあるだろう。
「ギルドからの忠告であっても、エルナトであれば無視する可能性はあります。彼の仲間が、彼を止められるかにかかっていますね……」
苦々しい口調でセイブンさんがこぼす。内容的には、他の【
「難しいんですか?」
「彼らのパーティ、【
「なるほど……」
普通に考えれば一級冒険者パーティと揉めるだなんて、デメリットでしかない。ダンジョンを攻略する際には、指揮能力に優れた特級冒険者とかがいない限りは、階級が上の冒険者が指揮を執るのが基本だ。だというのに、最上級パーティの副リーダーと揉めるだなんて、捨て駒にされてもおかしくはないだろう。
生きるのが不器用すぎる。本来の意味でのコミュ障じゃないかな、その人。
「ギルドから強く要請する事はできないんですか? 資格剝奪とか罰金とかの警告を発すれば、流石に従うのでは?」
「資格剥奪はできるでしょうが……、アルタンから離れれば一からやり直すのは難しくありません。エルナトの実力であれば、他所でもすぐに上級冒険者に返り咲けるでしょう。ショーンさんもご存知の通り、冒険者になる際に身元の照会などはされませんから……」
「そうでしたね」
それ故に突然町に現れた、なんの後ろ盾もない僕にも、あっさりと冒険者の資格が得られたのだ。エルナトとやらが他の町に行って、本名のままに冒険者登録をしても、それを咎められる可能性は低い。エルナト側がそう考え、ギルドからの枷をリスクと感じないかも知れない。
「罰金を科すというのは、ギルドの領分を超えています。領主や執政官に頼めば、そちらから警告を発する事も可能かも知れませんが……」
「流石に、ここでコネを使うのもなぁ……」
たぶん領主に頼めば、それなりに力にはなってくれるだろう。だが、それでは聖杯の件で作った貸しを、こんなつまらない事で返されてしまう。それは、あまりに惜しい。それくらいなら、自分で対処した方がマシだ。
「衛兵に捕えられたあとであれば、法的に処罰もできるでしょうが……」
「ウチに対して、襲撃をかけてこないよう対策を立てるというのならともかく、攻めてきててからの事は考えなくていいです。【地獄門】を通った段階で、彼らの生存は諦めてください」
襲撃後に他所の冒険者資格をどうこうというのは、あくまでもエルナトとやらがそう考えるというだけだ。実際にウチを襲撃したのちに行えるかどうかは、生き残れればという注釈が付く。そして僕とグラは、そんなヤツを生きて返すつもりがない。せっかくだ。上級冒険者に僕らのダンジョンが、どれだけ通用するのか、確認してみようじゃないか。
グラスを掲げて、そこに注がれている真っ赤な酒を揺らしてみせる。それだけで、その場にいた全員が押し黙る。ここはハッキリと明言し、脅しをかけておいた方がいいだろう。
ラベージさんやチッチさんを通じて、冒険者たちにもこちらのスタンスが伝わるならそれでいい。我が家としては、侵入者には一切の手心を加えない。敵対するなら、こちらはどこまでも苛烈にやる、と。
「さて、こちらから報告しておきたかったのは、そのくらいです。あとは、そうですね……。今後この町では、ダンジョン発見用のマジックアイテムを使う必要があると思うのですが、それはいつ頃になりそうですか? 僕、一応上級冒険者なんで、その警護依頼とか、格安で請け負いますよ? あ、なんならタダでいいです。その代わり、いろいろとマジックアイテムについて聞きたいんですが、質問できる専門家とかも来られるんでしょうか?」
ぶっちゃけ、侵入者なんぞの話よりも、こっちの話題の方が百倍楽しい。
なんなら、いまからでも予約したいくらいだ。専門家がいるなら、その人に質問する機会も欲しい。その為になら、報酬を支払うのすらやぶさかではない。
話題が急展開過ぎたのだろう。食卓を囲んでいた面々は、グラ以外はきょとんとした顔をしていた。
「バスガルのダンジョン跡から魔力が抜けきらないうちは、マジックアイテムは使えません。普通なら、魔力が抜けきって脆くなったダンジョン跡地が崩落するのですが、今回の状況ではそれを待つわけにもいきませんからね」
僕の質問に、引き続きセイブンさんが答えてくれた。少しだけ表情も柔らかくなっている。
すっかりギルドの代表のような立ち位置だが、アルタン支部の代表は別にいるらしい。僕はその人に会った事がない。いつもセイブンさんを介して、ギルドとコンタクトしているせいだろう。
そのアルタンの実情を鑑みて、ダンジョンを探知するマジックアイテムの使用は、これまでの例から最長のものを参考に、半年後に行う予定のようだ。三ヶ月も経てば、大抵のダンジョン跡からは魔力――というかDPが抜けるらしいのだが、アルタンでは全力で崩落を阻止している為、いつそれが抜けきったかわからない。
エネルギーが残っていると、そちらにマジックアイテムが反応してしまい、それをダンジョンだと認識してしまうらしい。だから、大事をとって半年後に使うとの事だ。
まぁ、そうそう頻繁に使えるものじゃないらしいからね。
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