第16話 転ばす先の釘

 少しだけ地下に戻って【恐怖】と【怯懦】の理の解読をしていたら、すぐにセイブンさんやチッチさんたちの来訪が告げられた。いや、時間的には一時間半も経っていた。【魔術】の勉強や研究は、楽しすぎて一瞬で時間が過ぎるから困りものだ。

 客を招いておきながら略装もどうかと思ったので、きちんと着替えて上へとあがる。勿論、グラも一緒だ。


「セイブンさん、チッチさん、ラダさん、いらっしゃい」

「ショーンさん、本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「あ、ありがとうございやす……」

「どうもです……」


 セイブンさんに続いて、チッチさんとラダさんも挨拶をしてくれる。三人とも普段着のようだが、チッチさんとラダさんはたぶん、いい服を着てきたのだろう。昼間見たものより、かなり上等な身なりだ。

 セイブンさんたちを食堂に案内すると、そこには既にウチのお仕着せではないィエイト君とシッケスさんの二人に加え、ラベージさんも席に着いていた。

 本日は僕、グラ、セイブンさん、ィエイト君、シッケスさん、ラベージさん、チッチさん、ラダさんの八人での晩餐だ。まぁ、服装もカジュアルだし、晩餐会という言葉より、夕食会という表現がピッタリのフランクな会食だ。

 全員が席に着いたのを見届けてから、僕とグラもまた着席する。なぜかお誕生日席に二脚並べられた椅子だ。まぁ、テーブルはそれなりに大きいので、別に狭くはないんだけど……。でも、お客さんを呼んだ立場で上座に座る事には、少し気が引ける……。


「本日は、急な招待に応じていただき、誠にありがとうございます。チッチさんやラダさん、それにラベージさんもまだ慣れない環境かとは思いますが、楽しい食事会になればいいと考えております。まぁ、堅苦しい挨拶に長々と時間を割いて、せっかくの料理を冷めさせたくはありません。まずは、ウチの料理人が作った料理を、皆さんお楽しみください。それぞれ話したい事もおありでしょうが、堅苦しい話題は食後に回し、食事中は楽しい話をお願いしますね?」


 僕のセリフに、微かに笑い声が漏れる。セイブンさんやシッケスさんが、こちらを見ながら唇をたわめていた。


「それではひとまず、乾杯と参りましょう。皆さん、お手元のグラスを手に取ってください」


 それぞれのテーブルに用意された食前酒のグラスを掲げる面々を見回してから、僕は一つ頷き、乾杯の音頭を取った。といっても、ウィットに富んだ口上を述べられる程、ユーモアのある方じゃない。乾杯の定番の文句を、ただ諳んじただけである。


「今日という日に、皆さんと一緒に食事を囲める幸運に感謝し、この絆がいつまでも続きますように。乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 ●○●


 この町では割と希少価値が高いらしい、肉中心の料理を楽しんだ面々は、食後のデザート代わりの焼き菓子や酒肴を口にしながら、各々お茶や酒を楽しんでいた。酔っぱらう程呑んでいる人はいないものの、食堂には全体的に和やかな雰囲気が漂っている。


「さて、それではそろそろ、本日皆さんに集まってもらった理由について、話し合っておきたいと思います」


 僕がそう前置きすると、食堂は静まり返り、ピンと張りつめたような空気が漂う。でもまぁ、そこまで緊張するような話題でもない。


「えー……、どうやらいま現在、この町には僕の杖を狙っている輩が、複数いるとの情報が入ってきました。より正確を期すなら、僕の杖に使われているブルーダイヤが狙われているようですね」

「どういう事ですか?」


 真っ先に問い返してきたのはグラだった。まぁ、それも当然だろう。あの杖は彼女が丹精込めて、僕の為に作ってくれたものだ。ダイヤに関しても、彼女が一から作ってくれたものである。それを狙われていると聞いて、心穏やかでいられる程、彼女は穏健な性格ではない。むしろ、かなり苛烈な方だ。

 僕はグラに、昼間チッチさんから聞いた話を伝える。もしこの場に、知らない人がいてもいいように、全員に聞こえるように。


「なるほど……。つまり、そのような不埒者は皆殺しにすればいいのですね?」

「ストップストップ。無闇に事を荒立てる必要はないさ」

「ですが、私があなたの為に――」

「――はぁいストップ! ここはまず、状況の確認をしておこう。グラの気持ちについては、あとでゆっくり聞くから。ね?」


 憤りに任せて「あなたの為に作ったダイヤ」とか口にしかねないグラを制し、僕は全員に向き直って話し続ける。


「とまぁ、ウチとしては積極的に攻撃を仕掛けるつもりはありません。が、当然攻撃を仕掛けられた場合には、応戦しますし、手加減もしません。セイブンさん、問題ありませんよね?」

「勿論、自衛を咎める理など、こちらにはありません。ただ、大量に冒険者が減少するような事態は、できれば避けたいですね……」


 肩をすくめてため息を吐いたセイブンさんだったが、最後に付け加えられた言葉が本音だろう。とはいえ、こちらがそんな話に忖度してやる道理もない。


「であれば、ギルド側で注意喚起を徹底してください。襲撃があったのちに、生きて返してくれと頼まれても困ります。恐らくは、その頃には頼まれても不可能でしょうから」

「了解です。もしも荒事になるようでしたら、ィエイトとシッケスを使ってください」


 セイブンさんからの提案に、僕は首を左右に振る。


「いえ、一応二人は客人ですので、他の使用人たちと一緒に避難してもらいたく思います。迎撃に関しましては、僕らが全面的に担いますよ」

「客人待遇ではなく、できれば行儀見習いの使用人として扱って欲しいのですが……」


 二人を預かった理由は、シャッターを壊されたせいで、この家のセキュリティが弱まったからだった。だが、もう既にシャッターは修理を終え、再び二階に取り付けられている。つまり、二人を預かる理由は、もう特になくなっているはずなのだ。

 だというのに、セイブンさんには一向に引き取ろうという気配がない。どうするつもりなのだろう……。

 そもそも、シャッターもこの二人も、襲撃者を迎撃する事よりも、使用人を守るという意味で設置している。地上で迎撃されると、それはそれで困ってしまうという裏の事情もある。


「普段はそのようにお願いしています。ですがこればかりは、家の守りに関する事ですから、他人任せにはできません。そちらに被害が生じても、こちらに被害が生じても、我々の関係に罅が入る惧れがあります。できれば、それは避けたいと思っています」

「そうですか……。ええ、まぁ、そうでしょうね。そこらのゴロツキにどうこうされるような鍛え方はしていませんが、下手を打って家や使用人の方々に被害を及ぼす可能性までは、否定できません」


 少しだけ疲れたような声音で、セイブンさんは肩を落とした。ィエイト君やシッケスさんも、前科があるからかバツが悪そうにしている。

 セイブンさん的には、たぶん二人に任せた方が死傷者が減ると思っての提案だったのだろう。それはそうかも知れないが、それでは生かしたところで、冒険者としての再起など不可能になるのではないか? 二人に任せて、侵入者が五体満足で生き残れるとも思えないし、捕まれば結局死刑か犯罪奴隷かといった境遇だ。

 セイブンさんも、あまり期待していたわけではないのだろう。多少は残念そうではあったものの、仕方がないとばかりにため息を吐いてから、きっぱりと言い捨てた。


「ひとまずは了解です。ギルドからは、おかしな噂に踊らされないよう、注意を徹底する事をお約束いたします。それでもなお警告を無視するような輩には、どのような対応をしていただいても問題はありません。ギルドは、犯罪を犯す冒険者までもを庇護するつもりは、毛頭ありませんから」


 それを聞けて安心した。言質を取りつつ、釘も刺せたのだから、万々歳。証人に、ラベージさん、チッチさん、ラダさんまでいる。

 これで、心置きなく侵入者を迎撃できるというものだ。


「それは良かった。襲撃者の候補の中には、上級冒険者も含まれていますので、ギルドの了解を得られたのは、ありがたいです」

「ちょっと待ってください! なんですって!?」


 それまでは落ち着きを保っていたセイブンさんの声にも、流石に焦燥が混じる。まぁ、当然だろう。とはいえ、こちらは手加減なんぞするつもりはない。


「なにやら、エルナトさんとやらが率いる【幻の青金剛ホープ】という、四級冒険者パーティがあるようで……。まぁ、パーティ名からして、僕のダイヤを狙ってくるのではないか、と……」


 僕の言葉を聞いて、たっぷり五秒は考えたセイブンさんが、己の顔を両手で覆い「あぁぁぁあああ……」と、致命的な失態を思い出したかのように呻吟した。

 その姿に、彼を三級冒険者【壁】のセイブンと尊敬の眼差しを向けていた、ラベージさん、チッチさん、ラダさんの三人が、随分と驚いていた。

 ダンジョンでは、めちゃくちゃ頼りになる壁役タンクだもんね。地上だと、中間管理職の悲哀を体現しているが……。



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