第84話 ダークエルフの生態と、性急すぎるお願い
「話になりませんね。ショーンはいま、生殖行為にかまけていられる程、暇ではありません」
私たち姉弟には、やるべき事が山積している。バスガル攻略、冒険者の情報収集、カベラ商業ギルド乗っ取り計画、ダンジョンの拡大とその計画、そしてなによりも魔力と生命力の理の研究。ただでさえ時間のない我々に、人間の子供を育成している時間など、取れようはずもない。
ショーンから聞いた話では、人間の幼児の育成には時間がかかり、自律行動が可能になるのは十数年が必要になるという。どう考えても、ダンジョンコアにとっていま以上にこの連中と親密になるのは、悪影響だ。
だというのに、メス豚はへらへらと笑いながら手を振る。
「ああ、その点は大丈夫。こっちの生む子はダークエルフだし、育てる為には里に帰らないとならないから、ショーン君の手を煩わせる事はないよ。その子の成長も早いし、問題ないっしょ」
「……どういう事です?」
残念ながら、いかに膨大な情報リソースを誇る基礎知識といえど、人間やダークエルフが地上でどのような繁殖を行うのかという情報は、かなり断片的なものしかない。個別の例についての情報は存在するのだが、それがどの地域、どの人種、どの宗教、どの時代のものなのか、その情報が現在でも通用するものなのか、という部分に大きな瑕疵が存在する。
ショーンから聞いただけでも、人間の結婚という生態は、様々な条件で形態が変わる、わけのわからないものだった。
故に、私がダークエルフの風俗に疎いのは、なんら不自然な事ではない。ここで疑問を抱いても、おかしくはないはずだ。だというのに、メス豚は少し意外そうにこちらを見て、口を開いた。
「あれ、もしかしてグラちゃん知らない?」
「なにをです?」
「ダークエルフは、身体能力や魔力の生成効率がいい種なんだけど、その分短命なんだよね。寿命は三十半ばくらいかな。だからその分、成長も早いんだよ」
「ほぉ。それは知りませんでした」
「ハハハハハ! グラちゃんって物知りそうなのに、これは知らないんだね。結構有名だと思ってたから、意外」
「私たち姉弟は、人里離れた山奥の研究所で、師匠に育てられましたから。研究以外のところは、むしろ一般人よりも知識がないかも知れません」
私は、ショーンが考えてくれたカバーストーリーを嘯き、自らの言動が浮世離れしている事に対する予防線を張る。それなりに作り込んだ設定を覚えさせられたので、いろいろ質問されても問題なく答えられるだろう。
「子を育てる為に、里に帰るという話は?」
「ああ、それね。ダークエルフって、定期的にとあるサボテンの果肉を食べないといけないんだけど、子供の間はその間隔が短いんだ。だから、里がある荒野で育てないといけない。こっちくらい成長すれば、年に二、三度でいいし、保存も利くからあまり里に帰らなくてもいいんだけどね」
「なるほど。それも初耳です」
「まぁ、あんまし吹聴するもんでもないしね!」
あっけらかんと笑っているダークエルフを眺めつつ、これは時代によって変わるものでもないであろうから、基礎知識に加えてもいい情報かも知れないと考える。それ程有用であるとも思えないが、ないよりはあった方がいい。それが情報というものだ。
「ふふふ♪」
「なんですか、気持ち悪い……」
「いやぁ、嬉しいなって」
「なにがです?」
「いやね、寿命が三〇年しかないって聞くと、大抵の人間ってこっちに同情してくんのよ。同情じゃなきゃ、憐れんでくるのさ。たった三〇年しか生きられないなんて、可哀想ってね」
「意味がわかりませんね」
突き放すようにそう言う私に、いっそうの笑みを湛えるメス豚。いよいよもって、気持ち悪い。私は本当に、意味がわからないからそう言っただけだ。
「まぁ、こっちからしたら、うるせえ馬鹿ってなだけなんだけどさ。むしろ、一〇〇年近くも生きる方が不便に見えるけどね」
「そうなのですか?」
ダンジョンコアからみれば、そもそも寿命などというものがある地上生命どもの感覚が、よくわからない。その分、繁殖という方法でその勢力圏を伸ばせるという点は、たしかに種として魅力的ではあるが、代償として個としての能力を失ってしまった。
ダンジョンコアはその逆だ。寿命もなく、繁殖もせず、ただただ個として至上を目指す。その果てが、この惑星のコアであり、神なのだ。
どちらがいいかと聞かれれば、やはり私はダンジョンコアの方がいい。
「うん。やる事多すぎでしょ。いろいろできるから、いろいろやらないといけない気になって、時間があるのにむしろ窮屈そう」
つらつらと考え事をしながら、メス豚の話を聞く。正直、その辺りはあまり重要でもなさそうな情報なので、どうでもいい。
「ダークエルフは違うと?」
「そらそうよ! こっちらは時間がないからね。だからこそ、たった一つに集中できる」
「それが戦闘であると?」
冒険者ギルドにおいて、上級冒険者と呼ばれる地位を得て、一級冒険者パーティに所属する。それはたしかに、並大抵の努力では成し得ない所業だろう。この探索で、何度も彼女の戦闘技術を間近で確認した。そのうえで、実に厄介な人間であるという私の評価は、人類にとっては翻って高評価になるだろう。
だが、そんな私の考えを、メス豚はからからと笑い飛ばす。
「戦闘? そんなもんに命賭けるわけないっしょ? ダークエルフがその一生を賭けるのは、恋に決まってんじゃん!!」
ああ……、話が元に戻った……。
「冒険者なんて、里の外で生きてく為の手段だよ。それ以上でもそれ以下でもない、ってヤツ。こっちはさ、いい男捕まえて、子を産む為に生きてんの! それ以外にあんま時間使いたくないし、余計な回り道や過程を踏んでる暇とかないの! だからさ、お願い? ショーン君の子種、こっちにちょうだい?」
そのメス豚は、悍ましいまでに愛らしく小首を傾げて、姉の私にショーンの貞操を明け渡せと要求してきた。いよいよ、このメス豚は一線を越えた。
よろしい。その言葉を宣戦布告と受け止める。私はこれより、貴様を敵と断定する。
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