第83話 防衛成功と恋心?
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僕らが囮役を務めている間に働いてもらった面々のおかげで、モンスターはほぼ壊滅した。真っ赤な生姜のような魔石が所せましと転がる地面を、えっちらおっちら進みながら、僕ら姉弟はパーティの元へと戻る。
この魔石を全部持って帰れたら、流石にかなりの稼ぎにはなるだろう。まぁ、どう考えても運搬費用で足がでるだろうし、安く運ぶ方法もない。
こういうときは、ダンジョンの保管庫がこちらでも使えたらいいのに、と思ってしまう。まぁ、当然ながらアレは、自分たちのダンジョンでしか使えない。
「おかえりなさいっす! いやぁ、やっぱすごいっすね、ショーンさんの幻術は!」
「流石に疲れましたがね……。このあとは、しばらく休まないと動けなくなりそうです」
「当然っすね。俺っちたちも休憩が必要っす。各々休息をとったら、味方との合流に動きましょうっす」
モンスターはその数が一定以下になった段階で、ダンジョンコアの命令よりも生存本能が勝ったらしく、逃走を開始した。頑なに残ったものは既に魔石になり、生き残りは周囲に散らばっているだろう。
モンスターはダンジョンにとって非常に便利な駒ではあるが、やはりダンジョンコアに絶対服従とはいかない存在のようだ。知識としてはわかっていたが、こうして目にするとそれが諸刃の剣なのだと実感する。
なにはともあれ、僕らは随分と久しぶりに、モンスターの唸り声が聞こえない環境で眠れるだろう。他の面々も、心なしか表情が柔らかい。あの絶望的な敵の群れを退けられたのだから、多少気が緩むのも当然だろう。
勿論、顔の見えないダゴベルダ氏と、常と変わらぬ無表情なグラは除く。
「いまの内にゆっくりと休むっすよ。休憩後もまた、強行軍っすからね」
フェイヴの言葉に、それもそうだと思い至る。僕らは調査と逃走で、拠点にしていた場所からかなり離れてしまっている。急いで戻ったとしても、あそこまでどれくらいかかるのか……。たぶん、丸一日は歩き続ける事になるだろう。
そう思えば、本当にいまは休憩に全力を傾けないといけない。
「ショーン、これを」
「うん? あ、これ……」
グラが差しだしてきたのは、高カロリーの携帯食料だ。どうやら、彼女は休憩時に口にしなかったらしい。まぁ、それからエネルギーを摂取できないのだから、ある意味当然か。彼女が食料や水を口にするのは、周囲にダンジョンコアとバレない為のカモフラージュでしかない。
だからきっと、冒険者の義務として持ってきたこのカロリーバーも食べなかったのだろう。
「ありがとう」
僕はお礼を言ってそれを受け取る。味を思い出すと、笑顔が引き攣るのは仕方がない。まぁ、グラは食べた事もないだろうし、そもそも食べ物が美味しいという感覚すら、よくわかっていないのだろう。
むしゃむしゃと甘ったるく油っぽいカロリーバーを咀嚼し、ぬるい水で流し込む。うう、口の中がネバネバする……。
「ショーン君、ショーン君! 休むならこっちの膝枕が空いてるよ~」
「どうやらメス豚はもう寝てしまったようですね。うるさい寝言です。さ、ショーン。あなたは私の膝で眠りなさい。以前のように、メス豚に睡眠を阻害される事がないよう、あなたは私が守ります」
うわぁ……、なんかまた面倒臭い事が……。だいたい、なんだってシッケスさんは僕に絡もうとするんだ? それが好意に由来するというのはなんとなくわかるが、きっかけが良くわからない。
そもそも、知り合ってから然して時間も経っていないし、出会いそのものは最悪だった。好感度が変動するようなイベントは、特に起こっていないはずだ。
どうしてかわからないから、その性急なアプローチが不安になる。まるで結婚詐欺しか、美人局にでも騙されているんじゃないかという恐怖が先立って、あまりシッケスさんに近付きたくない……。
僕は当然のように、グラの膝を選択した。まぁ、そもそもダンジョンコアである僕らは、不用意に人間と親密になるわけにはいかない。ダンジョン探索に同行するという、ビジネスライクな付き合いならともかく、友人や恋人などという、親密な間柄はノーサンキューだ。
「うん、硬い……」
正直な感想を言ったら、グラにデコピンされた。
元々肉付きのいい方ではないグラだが、そこに防御の為に分厚く縫製されたスカートまで履いていては、ゴワゴワしていてとても寝心地がいいとは言えない。それに加えて、普段はそうでもないのだが、いまはグラの人間らしい肉の奥に、ダンジョンコアとしての硬度を感じる。
ぶっちゃけ、石の床に腕枕の方が寝心地が良さそうだ。まぁ、言わんけど。
そんな枕であっても、肉体の疲労と生命力の消費からか、睡魔はすぐに襲い掛かってきた。僕はそれに抗う事なく、さっさと眠りにつく。
●○●
ショーンの規則正しい寝息を聞きながら、私はサラサラとしたその黒髪を梳く。こうしていると、いつも暴走して手を焼かされる弟だというのに、このうえない愛おしさが胸に込み上げてくるのだから、姉というのは損な役回りだ。
「あー、いいなぁ。こっちもショーン君の頭撫でてみたい」
「はぁ……。寝言はもう聞き飽きました。そこのエルフや人間で代用しなさい。もしくは、ダゴベルダでも可です」
「こっちはショーン君がいいんだって!」
ちょうどいい。どうしてこの女が、急にショーンにちょっかいをかけ始めたのか、ここで聞きだそう。
「そもそも、どうして私の弟に構うのです?」
「そらもう、普通にこっちの婿にする為だし。つか、ショーン君の子供がめっちゃ欲しい!」
……どうやらこの黒豚は、本当に本能だけで発情したメス豚だったようだ。
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