第82話 ヘイト管理
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「すっげ……」
我知らず漏れた俺っちの声には、一種の嫌悪感が含まれていた。勿論、視線の先にいるであろう、ハリュー姉弟に向けられたものではない。まるで砂糖に群がる蟻のように、結界にたかっているモンスターに対する、生理的な忌避感だ。
「たしかにアレはすげーね。外から見てるだけでもトラウマもんだってのに、内部から見たらどんなだろ……」
同じく嫌悪感を露にして、モンスターだかりを眺めるシッケスちゃんに、俺っちも肩をすくめて同意する。もしも俺っちがショーンさんの役目を担えと言われて、確実に安全が保証されていても、あんなところには行きたくない。
「無駄口を叩いている暇があったら、僕らもモンスターの数を減らすぞ。あいつらが囮役になってくれているおかげで、こちらにはまったくモンスターがこなくなった」
ィエイトが意気揚々と攻撃を仕掛けようとするのを、俺っちは慌てて止める。
「万が一に備えて、ィエイトとダゴベルダ博士は、魔力にある程度余裕を残して欲しいっす! もしも作戦の途中で、なんらかのトラブルが発生し、中断する事態に陥った場合でも、対処する余力を残しておきたいっす!」
俺っちはこの策が失敗したときに、パーティが全滅しないよう考慮しないといけない。考えたくはないが、ハリュー姉弟が失敗した際にも、最低でも俺っちたちが生き残れるようにしておかねばならない。
こういう事はシッケスちゃんは勿論、ィエイトにだって考えられない。ダゴベルダ博士は俺っちなんかよりも頭のいい御仁ではあるが、探索や戦闘には素人も同然の人だ。
つまり、俺っちが考えなければならないというわけだ。師匠か、せめてサリーさんがいれば、頭の悪い俺っちが、こんな重責をしょい込むような事態に陥らずに済んだってのに。それが、誰にとっても幸いだったはずだ。
ともあれ、愚痴っていても始まらない。俺っちたちは、ハリュー姉弟にたかろうとするモンスターたちを、背後から仕留めるだけの単純作業を開始した。
「いや、にしてもホント凄いね、この幻術……」
「そうっすね……」
正直この状況は、否応なくあのときを思い出すので、複雑な心境でシッケスちゃんの感嘆に同意する。
なにせ、こちらが攻撃を仕掛けても、モンスターたちは一切こちらに注意を払おうとしないのだ。真横にいるロックスケイルヴァイパーを俺っちが仕留めても、一瞥すらくれずに、モンスターだかりへと突進していくダブルヘッダー。
本当に、ショーンさんをダンジョンに置き去りにしたあのときを思い出す光景だ……。
「幻術って、こんな便利な使い方できんの? だったらさ、セイブンに【誘引】のマジックアイテム持たせたらいいんじゃね?」
次々と、隙だらけのモンスターたちの脳天を突き刺していくシッケスちゃんが、手持無沙汰とばかりに提言する言葉に、俺っちはなるほどと頷く。
セイブンのような盾役が、多くの敵を惹き付けるマジックアイテムを持つのは有用だ。あのおっさんなら、結界ナシであのモンスターだかりのど真ん中に放り込まれたところで、かすり傷一つ負うまい。それこそ竜クラスでもいなければ、あのおっさんを傷付けられるモンスターなんてのは、そうそういないのである。
それでも、中級レベルだとかすり傷程度が関の山だろうが。
「いや、流石にただのマジックアイテムに、これだけの効果を期待するのは無謀であろう。吾輩も、幻術に関しては門外漢ではあるが、これ程まで効果が高いのであれば、これまでのダンジョン攻略において幻術が軽視されてきた事の方が不自然よ」
「たしかに」
シッケスちゃんの言葉を、神妙な面持ちでダゴベルダ博士が否定する。その言葉に、ィエイトも頷いていた。
「普通、幻術ってモンスターに効きづらいって聞いたんすけど、なんでショーンさんの幻術はあんなにモンスターにも刺さるんすか?」
俺っちは、前々から思っていた疑問を、ダゴベルダ博士に投げかける。なお、さぼっているように見えて、全員がモンスターに攻撃を仕掛けながら雑談を交わしている。緊張感に欠けると注意したいのだが、それも仕方がないくらいにモンスターの注意がこちらに向かないのだから仕方がない。
「ふむ。吾輩が修めているのは属性術であり、それも研究の一環に過ぎぬ。魔力の理というのは、分野が違えばその理もまるで違う。通り一遍の事はわかろうが、詳しいところは吾輩にもわからぬ」
「そ、そうっすか……」
正直、ダゴベルダ博士がなにを言っているのか、半分も理解できなかった。こういう頭のいい人って、どうして難しい言い回しをしたがるのだろう。それでもやはり、どうしてショーンさんの幻術がモンスターにも良く効くのかは、ダゴベルダ博士にもわからない、という事はわかった。
「しかしまぁ、そうであるな……。恐らくではあるが、推測は可能だ」
だがどうやら、そんな俺っちの推理も外れているようだ。本当に、頭のいいひとの言葉ってのはわけがわからない。
「幻術がモンスターや動物に効きにくい理由の一端は、彼らの思考能力が我々人類に比べて、低いからだといわれておる。高度な情報を叩き込んでも、それを演算する機能が脳に備わっていなければ、当然デコーディングなどはできぬ」
「…………」
「恐らくではあるが、ショーン君はそういった知能の低いモンスターや動物にも、通底する思考――例えばそう、食欲や警戒心などの、いわば本能を刺激する事で、彼らにも幻術をかけているのではないか、というのが吾輩の見立てだ」
「そういう本能に働きかける幻術なら、モンスターにも効きやすいって事っすか?」
「そう簡単な話ではあるまい。獣には獣の、魚には魚の、鳥には鳥の本能があるように、一概にどのようなものにも効く幻術など、やはり作れぬだろうよ。あとはやはり、眼前のモンスターに対して臨機応変に煽る感情や本能の選別を行っておるのであろうな。モンスターが怯えているのであれば、恐怖にまつわる幻術。牙を剝き出しにしているのであれば、敵意に起因する幻術、といったようにな」
「な、なるほど……」
聞くだに面倒そうな話だ。だがそういえば、戦闘訓練をしている際に、ィエイトが似たような事言っていた気がする。もしかして、魔術師といった連中は、誰しもこんな面倒な事をしながら戦っているのだろうか? だとすれば、驚愕を禁じ得ない。
しかしなるほど。たしかに、それであれば、どのようなモンスターにも使えるマジックアイテムにする、というのは無理な話だろう。
俺っちたちは、そんな雑談をしながら、流れ作業のようにモンスターを掃討し続けた。約三時間で、モンスターを十分の一以下にまで減らす事に成功した。この作戦は、見事に上首尾に終わったのである。
なお、その間一度も、俺っちたちにモンスターの
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