第81話 崩落仮説
〈16〉
四角い結界に阻まれたモンスターたち。僕らに噛み付こうと、あるいは引っ搔こうと、もしくはなんらかの【魔法】を使おうと、必死になって攻撃を繰り返している彼らを眺めつつ、僕とグラは少しの間手持無沙汰の時間が取れていた。たまに【誘引】や【睡魔】を使うだけで、結界内から攻撃が仕掛けられない為にする事がないのだ。
「とはいえ、ある意味これを狙ってたんだけどね」
「やはり、他の連中から離れる為に立てた策でしたか」
「あ、やっぱりバレてた?」
ぶっちゃけ、この囮役は頑張れば僕一人でも可能だった。そこに、多少の危険を許容してまでグラを組み込んだのは、こうして姉弟で密談をする為だ。
「なにを話し合いたいのです?」
「その前に、グラはダゴベルダ氏の【崩落仮説】については聞いてる? それは、グラの懸念と同じものだった?」
グラとダゴベルダ氏は、このダンジョンの調査において、同じく懸念を抱いていた。だが、ダンジョン内ではそれを口にしなかった。だからここで、共通認識を確立しておきたかった。
「ええ、あなたが休息をとっている間に聞き及びました。概ね、私も同じ考えでしたね。ダンジョンの形状、侵食領域の不均等拡大、階層……、その辺りが私の懸念材料でした」
「つまり、崩落によって人間の集落を食らう事は可能だと、グラも思うんだね?」
「はい。失敗した際のDPの喪失を思えば、軽々に試せる策ではありませんが、蓋然性はなかなかの高さかと」
「やっぱり……」
ダンジョンコアであるグラから見ても、ダゴベルダ氏の【崩落仮説】には一定の成果が見込めるという事だ。これまでダンジョンがこの方法に思い至らなかったのは、ダンジョンを崩落させるという自傷行為が伴うからだろう。
万が一失敗をすれば、自らの
おまけに、崩落のさせ方によっては、地上に対する開口部が塞がれ、窒息に近い状態に陥る恐れもある。それで死んでは、たとえDPを得られたとしても元も子もない。
これでは、もし仮にこれまでこの方法を思い付いたダンジョンコアがあったとしても、試行するのにも二の足を踏むだろう。
「さて、じゃあ本題だ。相手の手の内が読めるなら、対策も講じられるだろう」
「その通りですね。しかしながら、これ程までにシンプルな方法に対し、対策を講じるという事は可能なのですか? 精々が、上部の町にいる住人を避難させる程度が関の山かと思いますが……」
「そうでもないさ。たとえば、バスガルのダンジョンの本体と、こちらのダンジョンに繋がる道を塞ぐ、とかね?」
「? それになんの意味が?」
僕の献策に、グラは可愛らしく小首を傾げる。こういうところ、狙ってやっているんじゃないから、可愛いんだよなぁこの姉は。
「グラ、僕らには便利な
「……仮にダンジョンの崩落を企図していたとしても、バスガルが直接ダンジョンを操作する為には、こちら側にこなければならない? そこを塞がれれば、策そのものが水泡に帰す?」
その通り。僕らなら、この【崩落仮説】を遠隔的に発動できるが、大抵のダンジョンコアは自らの手で行わねばならない。それはとりもなおさず、グラの開発した至心法のおかげであり、地球でのファンタジー知識というか、ゲームやアニメ、ラノベの知識がある僕が、彼女にあげられた数少ないアドバンテージだろう。元が娯楽であるという点で、あまり褒められた元ネタではないだろうが……。
「そういう事。もしもその道を塞げたら、向こうはだいぶ焦るだろうね。とはいえ、たぶん塞がれたら塞がれたで、対策に動くだろうけど」
たぶん、そこで激しい争いが起こるはずだ。そうなると、自力で負けている僕らがこの策をとるのは、なかなかに悪手だ。数と質の暴力で殴られたら、僕はともかくグラが危ない。なので、これは次善の策としておきたい。
「なるほど」
グラの言った、アルタンの町の住人を避難させるというのも、バスガルというダンジョンコアを討伐するという一点だけに焦点を絞れば、それなりにいい手だ。バスガルがこの【崩落仮説】の為に費やした多くのDPを、ほぼほぼ無意味にしてしまうのだから。
難民になる住民たちの生活を、国なり領主なりが保障するなら、実行も可能になる。中規模ダンジョンを確実に倒せるなら、それなりに実現性のある策だが、まぁ無理だろうな。
不確かな策に費やすには、国や領主の負担がデカすぎる。できて、この【崩落仮説】が世間に公表され、それなりの知識層に膾炙してからだ。それでも、かなり厳しい対抗策だろうが。
それが可能か不可能かという話であれば、バスガルというダンジョンコア側には確実にできた。十分なDPさえあれば、ダンジョンはすぐにでもその領域を広げられる。
僕らは人間たちに察知されたくなかったからそれをしなかったが、人間たちに認知されても構わないバスガルが、わざわざ隠密裏に事を進める意味は本来ない。即座に町の全域をその領域に入れず、慎重に拡張を行ったのは、必要以上に町の住人たちの恐怖を煽らない為だろう。
事実、アルタンの町では一部の人間が逃走を始めているものの、大方の住民は不安を抱えながらも、町にとどまっている。逃げた先で生きていけるだけの保証もなく、難民同然に町を捨てる決断ができないのは、ある意味で当然の事だろう。
だが、そういう住人たちでも、流石に強烈な揺れと騒音が地下から長時間発生していれば、対応も変わっていたはずだ。将来の生死よりも、眼前に迫る危険を回避するのもまた、当然の判断だ。
だからこそ、バスガルはここまで慎重に、少しずつその領域を広げたのだ。
「さて、じゃあ僕なりの【崩落仮説】対策なんだけど……」
「聞きましょう」
さぁ、悪だくみの時間だ。
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