第80話 竜王布石

 フォーンを飛来する破片と爆風から庇いつつ、敵方の動きに細心の注意を払う。

 この爆発はどうみても、ただの目眩ましだ。この隙に、あの竜人たちが攻撃を仕掛けてくるのが予想できる。その場合でも、即時応戦できるよう、心と体の準備をする。あの竜人五体とまともに相対できるのは、恐らくは私とエルナトとフロックスだけだろう。

 数的不利を、どう持ち堪えるかが肝要。まずは、この隙を突かれない事だ。

――そう思っていた。


「なッ!? バカなッ!?」


 地を蹴る音が聞こえ、竜人の気配が近付く。きた――と思った瞬間、敵の取った行動はこちらの予想外のものだった。気配が我々を無視し、後方に飛び去ったのだ。

 思わず驚愕の声がでる。よもや、この状況でズメウたちが私たちを無視し、ダンジョンのアルタン側に攻め込んでくるとは、思ってもみなかったのだ。

 気配を追って向けた視線の先には、赤黒い飛膜の翼と尾があった。


「セイブン! これ以上後ろに行かせるわけにはいかないよ!!」


 フォーンの声にハッとして意識を前方に戻す。その通りだ。我々の後ろには、中級冒険者たちがいる。彼らに、ズメウの相手は荷が重すぎる。

 他の四体の気配も、高速で迫ってきている。まさかこの四体も、我々を無視してアルタン側に攻め込ませるつもりか!?

 私は踏み込み、盾で牛頭の突進を受け止める。


「――ぅぐッ!?」


 刺さりこそしなかったが、鋭い角が鎧に食い込む。鎧には、大きな穴が空いていた。やはり、コバルトスケイルなどとは比べ物にもならない膂力だ。

 真正面からの力比べに興味がないといえば嘘になる。だが、この場には他にもズメウが残っているのだ。この牛頭だけに構っていられる余裕はない。

 私は牛頭のズメウ――アゲマントの額に盾を押し付けながらその首元を抱え込み、思いっきり重心を滑り込ませるようにして、金剛石の竜人を持ち上げる。

 これには、他の竜人たちは勿論、フォーン以外の仲間も驚いたのか、一瞬で私に視線が集中した。たしかに少し派手な見た目にはなるが、力任せではなくれっきとした投げ技だ。


「――らぁああッ!!」


 こちらの挙動に驚いて動きを止めていた、金の鮫頭――アウラールに向けて、アゲマントを投げつける。双方体を覆う鱗が硬すぎるせいか、ガラスを砕く音を一〇〇倍けたたましくしたような騒音が響く。


「くそっ!? 抜けられた!!」


 だが、残念ながら二体目の突破を許してしまったらしい。悔しそうなエルナトの声にそちらを見れば、【幻の青金剛ホープ】面々が後方に視線を送りつつ、銅の獅子頭――アラムと対峙しているところだった。という事は、後逸したのは銀の鳥頭――アルジンツァンだろう。

 状況を俯瞰してみれば、これは【幻の青金剛ホープ】を責められない。なにせ、アラムの背後には【アントス】がおり、アラムに追いすがるようにして猛攻をかけていたのだ。恐らくは、初めアラムに接敵したのは【アントス】だったのだろう。だが、アラムは彼らを無視し、アルジンツァンと相対した【幻の青金剛ホープ】に攻撃を仕掛けた。虚を突かれてしまった【幻の青金剛ホープ】が、そちらに気を取られている隙に、アルジンツァンを逃してしまったという構図だろう。

 どちらかといえば、【アントス】の失態だ。だが、だからと【アントス】を責めるのも、また酷な話だ。まさか、そこまでの捨て身になってまで、階層ボスが我々の戦線の後ろに刺客を放つのを優先するなどと、誰が予想し得ただろう。

 これで、後ろに逃したズメウは赤の虫頭――サルコテアとアルジンツァンという事になる。あのレベルのモンスターが、中級冒険者に対処できるとは思えない。だが、当然ながらここを放棄するわけにもいかない。アゲマント、アウラール、アラムの三体も、放置はできない。


「私とフォーンで、アゲマントとアウラール!! あなたたちはアラムの討伐優先!! 討伐後、逃したズメウを追ってください!!」


 ここでウダウダと考えている余裕はない。できるだけ早くこの場を片付けて、後方の支援に向かう他ない。中級冒険者たちの戦力では、ズメウが相手ともなれば防御が精一杯だ。早急に応援を送らねばならない。


「ククク……――ホ、……トに、そ……な暇……ある……な――?」


 先程まで鈍色のゴーレムがいた辺りに転がっていた円筒から、ノイズ混じりに途切れ途切れの言葉が聞こえる。やはり、あの爆発はゴーレムの自爆だったようだ。その爆風で目眩ましをしつつ、戦闘を放棄してでもズメウを我々の後方に送るという策だったのだ。

 その意味は未だにわからない。なにせ、この無理のせいで、ズメウたちはそれなりのダメージを負っている。私に投げられ、ぶつけられたアゲマントとアウラールは勿論、アルジンツァンを逃す為に【アントス】からの攻撃をすべて受けたアラムとて、損傷は無視し得ないものだ。

 そこまでして、我々の防衛線の向こうに戦力を送る事に固執するというのは、やや不自然だ。


「さ、て……、……みたちの……に、……ゅう一倍の――……英雄……るか――!」


 酷く耳障りな雑音混じりの円筒にピッケルが突き刺さり、今度こそグレイの声は聞こえなくなる。見れば、フォーンが心底悔しそうな顔で円筒の残骸を睨み付けていた。やはり、最後までマウントを取られてしまった事が悔しいのだろう。

 おそらく、あの自爆にはそれなりの準備が必要だったのだ。相手の手の内を明かそうと、その話に耳を傾け、まんまと時間を稼がれてしまった。


「……マウントは、最後に取り返せばそれで勝ちなのさ……」


 まんま、負け惜しみを述べて鈎剣でアウラールに対峙するフォーン。彼女とて、この状況で一本取られたのはわかっている。それでも、次は絶対に負けない、再び相対したときこそ、必ず勝つという意思を込めた言葉だ。

 私も、グレイという名を覚えておこう。あのダンジョンの主は、やはり異質だ。


「では、その為にもまずは、ここを生き延びましょう」

「そうさね。だからさっさと、そいつを倒してあちしに加勢しなさいな。まさか、この金鮫を倒す事まで、求めてはないよね?」

「そうですね。しばらく持ち堪えてください。このダイヤ牛を倒したら、すぐにそちらも潰します」

「うん、よろしく」


 私は愛用のバックラーを取り出すと、両手に装備して打ち鳴らした。それが合図になったのか、三体の竜人たちが襲い掛かってくる。


「――オオッ!!」


 鋭い角の刺突をバックラーで逸らし、その牛の顔を横から殴り飛ばすして雄叫びをあげる。ここが、この攻略戦の正念場だ。渾身の力を込めて、私は拳を繰り出した。



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