第79話 五体の竜王と機械仕掛けの悪意
「それで、悪手とは?」
「うん?」
左側の足を曲げ、テーブルの上の筒を傾けるように、ゴーレムが傾ぐ。どうやら、首を傾げるジェスチャーらしい。だが、即座にその姿勢を戻すと、なにかを納得した仕草なのか、ぴょんと飛びあがった。
「ああ、そうだそうだ。そんな話だった」
ケラケラと笑い声を発するゴーレム。なんというか、私がこれまで対峙してきたダンジョンの主とは、あきらかに雰囲気が違う。
「いやはや、話が右往左往するのは私の悪い癖だ。失礼。それではその点について、君たち下等なる地上生命どもに、私から優しいアドバイスをくれてやろう」
だが、やはりその根底にある、我々人類に対する敵愾心は変わらない。否。むしろ、他のダンジョンの主よりも、このグレイと名乗ったダンジョンの主は、我々に対する敵意が強いように思える。
これはもはや、敵意というよりも憎悪だ。自らを害する敵だから殺すのではない。憎いから殺すのだと。
我々が、ただ死ぬのなどつまらない。もっと七転八倒し、苦悩と苦渋にまみれ、すべてに絶望して死んでいくのを楽しみたいのだ。ただの害獣駆除に対して、そんな感慨は抱かないだろう。
「君たちは、我々がここで戦線を畳み、状況を整理する事が賢いやり方だという。だがしかし、そんな事はない。君たちは、少々上手くやり過ぎた」
どういう事だ? ダンジョンが発見されてからこっち、我々は後手に回り続け、悪手を打ち続けてきた。それを、上手くやり過ぎた?
私は眼前のゴーレムがなにを言っているのかわからず、沈黙でしか答えられなかった。それは、他の面々も同じだったようで、全体的に釈然としない雰囲気があった。
「勿論、今回の話じゃないさ。バスガルに対する攻略の話だよ。つまり、彼にはもう後がないんだ。この策に、興亡のすべてを賭けている。そうしなければならなかった。手を控えるような余裕が、彼にはない」
「…………」
なるほど。そういう視点はなかった。しかし、長年攻略を試みられてきたバスガルのダンジョンは、幾度もその計画を挫いてきた。それをして、上手くやったと評されても、いまいちピンとこない。
「バスガルのダンジョンは、このままではジリ貧だ。徐々に削られ、最後は干からびるようにして殺されるしかない。その未来を変えるには、動かなければならなかった。だが当然、それには代償が必要だ」
代償……。おそらくその代償というのは、人間を捕食して得られるエネルギーの事だろう。そこに思い至ると、やはりそのまま滅びてしまえという思いが沸く。
だが、それがどうしてバスガルの危機につながるのかが、よくわからない。バスガルのエネルギーが足りなくなる。だからその状況を打開する必要がある。だが、その為にもやはりエネルギーが必要になる、という事でいいのだろうか?
たしかに、それならばダンジョンの主が尻込みするという考えは、少々甘かったのかも知れない。
「バスガルにはもう、後がない。なにがなんでも、アルタンの町を食らい、大規模ダンジョンに成らねばならない。でなければ、彼に待つのは死だけだ。戦線を畳む? 日和るのが利口? 君たちは、彼がどれだけ必死なのか、わかっていない」
「では、どうするのですか? ここに、ズメウを連れてくると?」
「ズメウ? ああ、バスガルの主力モンスターの事を、人間はそう名付けていたのか。まぁ、少々癪だが、その通りさ。ガガ、ゴゴ、ドド、ザザ、ギギ!」
ゴーレムの掛け声で、五体分の影がその場に現れる。三体は、獅子の頭を持つ銅色の鱗の竜人、鳥頭の銀鱗の竜人、鮫のような魚類の頭を有する金鱗の竜人だ。頭部の形状こそ違うものの、皮膜の翼、長い尾、鉤爪のある手足は、彼らが同種であるという事を教えてくれる。
この三体は、まだわかりやすい部類のモンスターだ。
だが、もう二体の威容はどうにも筆舌に尽くし難い。片方は派手だ。巨大な角を有する牛頭の竜人だが、それを牛頭と判断したのは、あくまでも他の竜人の頭部から、大まかなシルエットで類推したに過ぎない。なにせ、その屈強な体躯のすべてが、透明ななにかの鉱物で形成され、生物らしさというものが一切感じられない。むしろ、ゴーレムと評する方がしっくりくるのかも知れないが、こんなゴーレムは筒頭テーブルのゴーレムと同じく、異質の代物だろう。
シルエットこそ、他の竜人に近いが、彼らの持っていた生物感が、この竜人からはあまり感じられない。唯一、その赤い瞳だけが、こちらに対する殺意をありありと滾らせており、そこだけがそいつに残された生物的な部分だった。
もう片方は、やや地味だ。赤黒い角鱗に、虫頭の竜人。一見すると一番地味な姿ではある。だが、そんな姿だからこそ、より一層不気味なのだ。
――なにせ、この五体の中でその一番地味な竜人が、最も厄介な敵であると、私の勘が言っているのだから。
私が調べた限り、銀の鳥頭と赤の虫頭の情報はなかったはずだ。チラリとフォーンを見れば、それだけで彼女はこちらの意図を察してくれたらしい。
「獅子の銅竜人がアラム、鮫頭の金竜人がアウラール、牛頭の金剛竜人がアゲマントだね。その他の二体は未確認の階層ボスだよ」
フォーンが声を潜めつつ教えてくれるが、やはり銀と赤は未発見だったようだ。できれば、赤の竜人についての情報が欲しかったところだが、未発見だというのなら仕方がない……。
「そうだね、君たち風に名付けるなら、ドドはアルジンツァン、ギギはサルコテアといったところか」
鈍色のゴーレムは、銀の竜人をアルジンツァン、赤の竜人をサルコテアと紹介した。どうやら、ダンジョンの主の間では、別の呼び方がされていたようである。
私たち風というのはきっと、ズメウという名付けの元となった英雄譚に由来して、という意味だろう。私も詳しくは知らないが、ズメウという竜人の国の竜王の名が、たしかそうだった気がする。
「つまり、ここで総力戦、という事ですか……」
ダンジョンの主の最高戦力が、ここにきて一気に投入されたという状況を鑑み、私はそう口にした。フォーンや他の面々も、ここが正念場だと気合を入れ直したのだろう。
仮にも上級冒険者である。眼前の五体の竜人が、コバルトスケイルドラゴンなど及びもつかない相手であると、感覚で理解しているのだ。
だが、にわかに殺気立った我々に対し、ゴーレムの反応は予想外なものだった。地面をコロコロと転がり始め、哄笑をあげたのだ。薄暗い洞窟には、ゴーレムから聞こえる女性の声が、わんわんと反響してやかましい。
「本当に呑気なんだよなぁ、人間! いま言ったばかりだろう? バスガルには
心底こちらに馬鹿にするような、嘲弄する声。エルナトあたりは既に我慢の限界のようだが、彼の仲間がなんとか抑えている。フォーンは、こういうときはむしろ静かだ。
相手がベラベラと手の内を語ってくれるというのなら、調べる手間が省けたとすら思っているのかも知れない。その通り。マウントは、最後の瞬間に取り返せばそれでいいのだ。
「ああ、それと……――」
そして、容易にニヤニヤと笑っている口元が想像できる声音で、ゴーレムは続けた。
「――時間稼ぎにお付き合いいただき、ありがとう、下等生物諸君」
閃光と爆音。一瞬遅れて、破片と爆風が届いた。
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