第78話 グレイ
「まぁ、そういう事さね。所謂、
小規模ダンジョンの階層ボスですら、下級竜の可能性があるのだ。浅層ならともかく、長命な中規模ダンジョンの深部にいる階層ボスが、ビッグヘッドやシザーマウス程度であるはずがない。コバルトスケイルですら、やや拍子抜けの感があるだろう。
「事実、バスガルのダンジョンでは、アラム、アウラール、アゲマントと呼ばれる、強力な階層ボスが確認されています。私は資料でしか知りませんが、たしかズメウという種の竜人だとか」
「それなら私が知ってるわ。以前、バスガルの攻略に駆り出されたときに、アラムと戦わされたから。私の仲間はなんとか無事だったけど、他のパーティには死者もでるような激戦を強いられたってのに、次の日には同じアラムが階層のボス部屋に待ってた事で、攻略が断念されたのよ」
フロックスの話す、以前のバスガル攻略戦について考える。たしかに、階層ボスとの戦いで、主力となるようなパーティに欠落がでるような作戦では、どだいダンジョンの主にまでその刃は届かないだろう。
「ズメウはバスガルのダンジョンにおける、最大の難関らしいね。この階層ボスを、いかに被害を最小限に抑えてダンジョンの主にたどり着くかが、攻略の鍵だって話さね」
フロックスの体験談に、フォーンが訳知り顔で相槌を打つ。このダンジョンの攻略にあたり、それなりにバスガルのダンジョンについても調べてはいたのだが、そのような情報は知らなかった。恐らくは、冒険者間で流れていた、噂話のようなものなのだろう。
フェイヴはそういう話を集めてくるのが上手かった。フォーンは……まぁ、あの性格だ。語るまでもない。
私はフォーンに、考えを確認するように問いかけた。
「ここまで追い詰められた以上、ダンジョンの主がその虎の子を投入してくる可能性が高いと、あなたは考えるのですね?」
「ああ。まぁ、日和って戦線を畳むのが一番得策だとは思うけどね」
「いいや、ここで日和るのはむしろ悪手だね」
唐突に響いた、私でもフォーンでも、【
全員が即座に得物を構え、声の主を探す。そして、その主はすぐに見付かった。
「誰ですか?」
「名前なんてないよ。個として生きる我々に、名前などというものは必ずしも必要ではない。でもまぁ、あえて君たちにはグレイと名乗っておこうか」
「グレイ……」
よくある名前だ。だが、そう名乗った者の姿は、普通じゃない。あえて言葉で表現するなら、金属の板や棒で作ったゴーレムだろうか。だが大方が『ゴーレム』という言葉でイメージする、モンスターとしての岩塊が人の形をしているものとは明らかに違う。どちらかといえば、魔導術で作られる遠隔操作が可能な人形に近いだろう。
ただし、人形というにはその構造は複雑で、なにより人に近くはなかった。自在に動く四本の足と、それに支えられる天板のような箱、そしてその上に円筒状のなにか。あえて雑に例えるなら、テーブルの上に筒が乗っているような姿のゴーレムだった。
そして、そんな一種コミカルな姿ではあるが、そこに詰め込まれている技術は、明らかに現状の魔導術の最高水準を凌駕するであろう事が窺える。
「そうですか。私の名前はセイブン。このダンジョンの攻略を指揮しております。繰り返しますが、あなたは誰ですか?」
私は同じ問いを繰り返す。そこに、十分に警戒心と、敵意も込めて。このゴーレムは、あるいはこれを操っている者が、我々の味方である可能性は残っている。だが、未熟ながらも長い冒険者としての勘が、この者を敵だと言っている。
「私は、君たち地上生命がいうところの、ダンジョンの主というヤツさ。まぁ、君たちの眼前にいるのは、私の操る人形でしかないがね」
「ほう。つまりあなたが、このダンジョンの主ですか?」
当然の疑問を述べた私に、そのゴーレムは呆れたように、箱の上の円筒を左右にくるくる回す。どうやら、首を振っているという表現のようだ。
「そうではない。ダンジョンは、その主の姿に近い怪物を生みだす傾向がある。君は『ダンジョン説』も知らないのかね?」
よもや、ダンジョン側から現在のダンジョン学の礎になったといわれる、イーネス・ヘルベ・アカツェリアの学説が語られるとは思わなかった。だがまぁ、それがダンジョンに対する研究のスタンダードであり、提唱されたのも百年単位の昔の話だ。
ダンジョンの主が知っていても、おかしくはない。
「いえ、知ってはいます。ですが、それは必ずしも絶対ではありません」
「なるほど、至言ではある。だが、もし私がこのダンジョンの主であるなら、このダンジョンのモンスターが爬虫類及び竜種である理由が変わってくるだろう? 君たちは、それを根拠にこのダンジョンがバスガルのダンジョンと同一であると、推論を立てたのではないのかね?」
「根拠はそれだけではなりません。が、たしかに我々がこのダンジョンをバスガルのダンジョンであると仮定した切っ掛けは、ビッグヘッドドレイクの存在でしたね」
ゴーレムは頷くように、足を屈伸させて円筒を上下させる。
「そうだ。このダンジョンの主は、君たちの察しの通り、竜の姿をしている。私の姿は……、まぁ、秘密という事にしておこうか。あまり褒められた容姿ではないのでね」
「つまり、あなたは別のダンジョンの主であると?」
「その通り。不思議そうな顔だな。なにか疑問があるのかね?」
「いえ……」
正直なところをいえば、ダンジョンの中に別のダンジョンの主がいるという事実には吃驚を禁じ得ない。私の知る限り、そのような記録はなかったはずだ。
ダンジョンは、基本的には独立独歩。積極的に、他のダンジョンと連携を取る事はない。このゴーレムが言ったように、個として生きる。それがダンジョンの生態だったはずだ。
眼前のゴーレムの存在に不穏なものを感じ、我知らず喉がなる。冷たい汗が背筋を伝うのが、漠然と感じている危機感のような気がして、気持ちが悪かった……。
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